第2話 床下

 床下と呼ばれる空間の存在をユウタが知ったのは、つい最近のことだった。

 ガス管の増設工事をするために、家にガス会社の作業員がやってきたのだ。工事のために洗面所の収納を開き、更にその下に続く『床下』を見た時、ユウタの胸は高鳴った。


 暗くて、狭くて、奥が見えない。


――何だ? このワクワクする空間は!


 作業員のおじさんは、少し太っていた。そして頭がハゲ散らかしている。正直その辺で見かけても、「カッコイイ」とは思わない部類のおじさんだろう。

しかし、おじさんはライト付きのヘルメットを被り、暗くて狭くて奥が見えない未知の『床下』へと、躊躇せず降りていくではないか。

 

――あれ? かっこいい……


 ヘルメットでハゲ頭が隠れたせいだけではないと思う。ユウタは、物怖じせずにスルリと床下へ降りたおじさんを、素直にかっこいいと思ったのだ。くたびれた水色の作業着が、ヒーロースーツのように見えたのは目の錯覚か。


『そんなに覗き込んでたら、落ちちゃうわよ』


 四つん這いで作業場所まで進んだおじさんを、ユウタは入り口から頭を突っ込んでひたすら目で追った。そんなユウタを母が可笑しそうに笑ったが、「からかわないで」と言い返すこともしなかった。おじさんの動向と床下の空間が、気になって仕方なかったのだ。


 太い角材が、何本も地面から生えていた。その根本にはコンクリートらしき灰色が見えて、ひんやりとした独特の空気が鼻をくすぐる。


 おじさんのいる場所だけがぼんやりと明るく、おじさんから遠い場所は真っ暗で何も見えない。


――こんな場所が、家のすぐ下に広がっていたなんて


 知らなかった。

ユウタは今まで、こんなにワクワクしたことがあっただろうかと、過去十年分くらいの記憶を遡ってみた。


――ここを秘密基地にしよう


 汗だくのおじさんが洗面所に生還した姿を目撃しながら、ユウタは心に決めたのだった。

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