第13話 無慈悲な者たち
弱小の魔物である斑ねずみの俺が産まれたばかりの頃のことだ。その時に俺は死にかけたんだと思う。いや、もしかしたら、死んでしまってたかもしれない。
魔物は弱肉強食であり、弱い者は生き残れはしない。ましてや小さく弱い種の魔物はその傾向がより強くでる事で多産となる。そして、産まれてすぐに兄弟姉妹たちとの生存競争に勝ち抜くという試練が待っているのだ。
俺の身体は同時に産まれた兄弟姉妹よりも小さかった。だから周りがすごく大きく見えたんだ。その為、生存競争に負け続け、なかなかエサにありつけない。だから、どんどんと体格に差がついてしまい、とうとう俺は木に開いた穴に作られた巣から突き落とされてしまった。
「クソ! 死んでたまるもんか!!」
それでも本能で生きようとしたのだろう。必死に這い進み、幸運にも他の魔物に見つからずに何とかエサの匂いがする場所までやってくる事ができた。
だが、ここに来て最大の不幸に見舞われてしまった。いい匂いがする所に入ろうとした途端、すごい衝撃に囚われて、すごく痛くて苦しくて、ああ、俺はここで死ぬんだとそう思ってしまった。
だがその時に、自分の身体が大きな何かに包まれる。その大きく暖かいものの中でふと見上げると、俺はそいつと目が合った。そして安堵と共に意識を失くしてしまった。
◇◇◇
けたたましい警報が鳴り響く。それは敷地の周りに張り巡らした結界装置に魔物が引っかかった知らせだったのだが、たまたま近くにいた僕がその光景を目撃する事になる。
そこにはほんとに小さな小さな生き物が結界に捕らわれてピクピクと痙攣している姿があった。
その姿を見たとたん僕は、無性に『助けなきゃ!』って感情が湧き上がったんだ。
僕は躊躇うことなくバチバチと激しい放電を放つ結界の中におもむろに手を差し入れると、その生き物を掴み出し、慌てて家の方へと走って行った。
「し、しそぉ! この子をたしゅけて!!」
僕が生まれ変わってからそんなに年月は経っていない。たぶん二、三歳くらいだろうか。だからまだこの世界の言葉をよく理解はしていなかったし、口が回らず流暢に会話もできない。それでも必死で師匠に懇願した。
「この子がしんじゃうよー」
だが、師匠はもう助からないだろうと申し訳なさそうに首を振るだけだった。
でも諦められなかった僕は、必死で神様に祈ったんだ。前世から神様なんて信じてはいなかったはずなのにだ。
必死で祈っても何も起こらない……。それでも強く心の中で祈る。
「精霊しゃん、どうかこの子をたしゅけて!」
自分の身体に纏わりつく暖かい何かを手に集中し、その小さな身体に注ぎ込んだ。すると、手の中のその小さな身体が光に包まれる。そして、今までピクリとも動かなかった身体は微かに撥ねた。
「おい、子供。お前、何をやった!」
その時の師匠の顔はすごく驚いた風で、呆然とその現象を眺めている。その後に、結界からどうやってその魔物を解放したのか? と問い詰められたのだが、必死だったのでよく覚えてないと言った僕に、師匠は呆れた風に僕を見つめた。
「はぁ? まさか、あの結界の中に手を突っ込んだんじゃないだろうな」
簡単に手を突っ込むとか狂気の沙汰だったらしい。弾かれて命を落としてもおかしくなかったのだそうだ。
「そうか、あいつと同じか。お前はエルフィーナの……(メメント)だったな」
その時に師匠が小さくぼそりと呟いた言葉を僕は理解が出来なかった。
その後に、結界等に対する何らかの抵抗力がある特異体質なのだろうと言われた事は覚えている。
その事があった後、結界装置は安全性を重視した仕様に変える事にしたようだが。多分その時には、犯罪などに悪用されている事の情報も入っており、対応も兼ねての事だったのかもしれない。
◇◇◇
「分ってるわ! だけど、許せないの! だって、奴らは魔物だけでなく、『人狩り』もやっていた最低のクズなんですもの」
「人狩り? なんだそれは」
リンダさんの発した言葉を聞いた皆は、最初はその意味が理解出来なかったようだった。そこで、僕はハルさんが見たものを皆にも伝える事にした。
「アランの旦那から待機していてくれと言われているしな。勝手に判断はできないんだが……だが、それだと、早く助けてやらないとだな。どうしたもんか」
リーダーは<幻光の火竜>のリーダーにも意見を聞いているようだ。
「だけど、アランの旦那がそれまでに来れる確証はないんだろ? 朝になったらエレアナたちが来ると言ってたんだよな。そうなる前に行動した方がいいんじゃないか?」
「そうだな、最悪、下手すりゃ握りつぶされるかもしれん」
「だな。あのならず者たちに全罪を被せて逃げるかもだな。あいつらが来る前に事を終わらせた方が良さそうだ」
そこで彼らは直ぐ行動に移すことに決めたようだ。
「夜明けまであとどれ位だ?」
「あと
「それだと、とりあえず、あそこで見張っている二人を何とかするか」
「そうだな。中にいる奴らには気付かれないようにしないとだな」
奇襲を成功させないと、面倒な事になりかねない。
「リーダー、お願いがあるのですが、フェンリル親子を助けに行っていいですか?」
僕は足手まといになりそうだからと、別行動を提案したのだけど、だがリーダーの返事はあまりいいものではなかった。
「助けられるのか? 暴れられたら大変な事になりそうなんだが、それは大丈夫か?」
「はい。たぶん大丈夫かなと。フェンリルは頭のいい神獣です。人の言葉を理解しているとも言われていますので、なんとか説得してみます」
「そうか、充分に気をつけろよ。俺らが見張りをおとなしくさせたら行動してくれ」
フェンリルが暴れたら、中にいる者に気付かれてしまう。そうなれば、奇襲が失敗してしまうのだ。それは何としても避けたい。
(親フェンリルさんが僕の言葉を素直に聞いてくれたらいいんだけどな……)
まず、<閃光の銀狼>のリーダーとジーノさんが見張りの所まで気配を隠して忍び寄ると、相手はまったく気付いていなかったようで、一体なにが起こったか分らない状態で意識を刈られてしまったようだ。それを確認した僕は子フェンリルの檻まで走って行った。
僕が檻に近づくと、親フェンリルは今まで以上に抵抗しだしたが、親フェンリルにはかまってはいられない。まずは子フェンリルを救う事が先決だからだ。
やはり檻の周りには結界が張られて檻に入れないようになっている。だが、この手の魔道具の構造は嫌と言うほど見たので、解除は簡単に出来た。
僕は檻の中へと入ると、真っ先に子フェンリルの生死を確認した。
たぶん、貴重な種なので殺しはしないだろうとは思っていた。エレアナのスキルで<服従の証>を刻んだ後、自分のコレクションの一つとしてペットにするか、それとも、どこかの金持ちにでも売るか、そうするつもりだろうから。
子フェンリルの身体を確認すると、かなり衰弱はしているようだったが、辛うじて生きてはいる。幸い、まだ<服従の証>は刻まれてはいないようだ。
暴れないように強い薬物を投与されているのだろう、朦朧としているようで、今は苦痛は感じてはいないだろう事だけが唯一の救いだ。
僕が近づくと子フェンリルは悲しそうな目で力なく僕の方を見るとク~ンと鳴いた。その鳴き声がすごく痛々しい。
僕は解析の魔法をかけ、子フェンリルの症状を検査してみた。
身体中が傷だらけで酷いものだった。白い毛は血がこびりついて赤黒く変色している。ムチのようなモノでせっかんされたのかも知れない。それと、歩けないようにだろうか? 固いモノで足を殴られたのだろう、全部の足が折れているようだった。
フェンリルはダンジョン産の魔物ではない。だから怪我をするし血も流れる。もちろんダンジョンで死んだら人と同じように復活もしないのだ。
ましてや人族を襲ったり、危害を加えたりする種族ではないので、討伐対象でもない。そんな生き物によくこれだけ無慈悲な行為が出来るものだと、ぞっとしてしまった。
(痛かっただろうに。辛かっただろうに。許せんな……)
僕は足の骨を元通りに戻した後、ハイヒールをかけた。ハイヒールは欠損の修復は出来ないけど、傷の消毒と治癒、それと骨折は元通りに回復させてくれる魔法だ。
治療後に浄化魔法で身体中の汚れを綺麗にし、モフモフを復活させる事も忘れない。
これで子フェンリルの怪我は回復したとは思うのだが、血を流し過ぎたのか? かなり衰弱していて、まだフラフラでしっかりと立てない状態だった。僕はその身体をそっと抱き上げた。
僕は親フェンリルを安心させる為に、子供は大丈夫だからと両手で掲げて見せた。
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