第3話 臨時メンバーへ誘われる

 報奨金が入った巾着を急いでバッグにしまっていると。アランさんはそんな僕の姿をじろじろ見つめてくる。そして、おもむろに話しかけてきた。


「そういやー。お前さん、宿は決まってるか?」


「え? 宿ですか? まだ決めてないです。この都市に来てすぐギルドに来ましたから」


「そうか。じゃあ俺の知り合いの宿屋を紹介するぞ。実は、俺の姉がやってる宿屋なんだ。良けりゃ、そこに泊まってくれ。ぼったくりは……無いとは思うぞ。多分な」


 からかい半分なのだろう、アランさんはニヤリと笑いながら、そんなことを言ってきた。


 その宿の名前を聞いた所、<正直亭>の亭主が幾つか推薦してくれた宿の一つでもあったので、そこに行くことにしよう。


「あ、そうだ。資料室は有りますか?」

「ここの二階が資料室だ。だが、冒険者カードが無いと入れないぞ。調べたかったら明日以降だな」


 僕はアランさんにお礼を言ってギルドを後にした。


 アランさんのお姉さんの宿屋は<小熊の巣穴>という名で、部屋は清潔でサービスも良く、料理も美味いとの事で評判は上々なのだそうだ。ただしそれなりに宿泊料もお高めとの事。


 なので宿泊客と言えば、高位の冒険者や商人が多い。


 そう言うワンランク上の宿の為に、アランさんは駆けだしや粗暴な冒険者へのおすすめ宿にはしないとの事なのだが、僕の態度に悪い印象を持たなかった事でそこを勧めてくれたそうだ。


 まぁ水属性の薬師で見た目弱そうだと見られたのかもだ。荒くれ冒険者に絡まれたりしたら可哀そうだと思われたのだろうか。


 アランさんの紹介で新人冒険者だと言えばそれなりの料金にしてくれるだろうから、心配するなとも言ってくれた。


 ◇◇◇


 アランさんに紹介された宿屋<小熊の巣穴>の女将おかみさんは小熊と言うか大熊と言った方がいいような体つきではあったが、それは絶対に指摘しない事にした。


 だが、穏やかな笑顔がとても優しげで、何だろうか? それは『おふくろ』と言うに相応しい包み込むようで大らかで暖かいぬくもりを感じさせるような人だったのだ。


 あの黄色いハチミツ好きの熊だなんて、決して思ったりはしてないです。はい。



「そうなのね。あなたはアランのお眼鏡に叶ったって事ね」


 アランさんからの紹介で新人だと言うと、女将おかみさんは冒険者ランクがFランクに上がるまでは格安料金で泊まる事が出来る旨を約束してくれた。


 本来、朝食付で銀貨一枚、夕食を付けたらプラス銅貨五枚だそうだ。日本円で言えば、1万と五千円ってところだろうか。


 こちらの世界は日本と比べ物価はかなり安い。ダンジョン都市と言うそれなりに高い地域ですら銀貨十枚ほどあれば一カ月くらいは普通に生活できるからだ。それを考えれば銀貨一枚は相当に高いと言う事になる。


 だが、アランさんの紹介で新人となればその半額でいいと言ってくれた。それにハルさんは可愛いからと言う事で、なんと!ハルさんの分はサービスしてくれると言うのだ。


 おお! それはすごく助かる。


『アキト、晩飯はどうする?』

『うん、この宿の食事の評判は良いようなのでお願いしようかなって思うんだけど。ハルさんはそれでいいかな?』

『もちろんだ!食堂からいい匂いが漂ってくるんだよ。なぁ、アキト、早く行こうよ。腹減ったよー!』

『はいはい、ハルさんは本当に食いしん坊だな』


 僕は女将さんに晩飯もお願いする旨を伝えると、食事は直ぐにでも大丈夫だからと言う事だったので、部屋の鍵を受け取ると早速に食堂に向かう事にした。


 食堂にはすでに大勢の客達で席は埋められている。どこか座れる所がないかとキョロキョロと見回していると、とある冒険者風の装いをしたお姉さんに声をかけられた。


「やぁ、君はギルドの看板を眺めていた新人君じゃなかったか?」


 そう言うと、そのお姉さんは僕に向かって軽くウィンクをした。


 ◇◇◇


 そのお姉さんは名前をアイラさんと言い、職業は剣士だそうだ。彼女が座る六人掛けのテーブルには他に三人がいて、<閃光の銀狼せんこうのぎんろう>という女三人男二人のB級パーティーとの事。良かったら一緒にどうだと同じテーブルに誘ってくれた。


 <閃光の銀狼>の皆さんはとても気さくな方たちで、お互い自己紹介しあった後、僕がはじめて冒険者登録をしたばかりだと知ると、彼らがこれまでに冒険者として経験した色んな出来事を面白おかしく僕に話してくれた。


「アイラ、お前はちょっと慎重さが足りん。猪突猛進すぎるぞ」


 リーダーのタンク役である戦士ハイントマンさんがアイラさんのオデコを軽くデコピンする。


「――――そうなんだよな!アキト、ちょっと聞いて頂戴よ。このアイラがダンジョンで宝箱を見つけると、後先考えずに飛びついちゃうんだよ。もう、欲の皮が突っ張っちゃっててさ」


 魔法使いのリンダさんは「命が幾つあっても足りないっての」と嘆くポーズをする。


「宝箱を開ける時は、俺が罠の有無を調べてからにしろってあれほど言ってるんだけどね。こいつアイラのおつむはマジ鳥頭なんだよ」


 盗賊職で獣人であるジーノさんがヤレヤレという顔で頭を抱えている。


「へへへ、つい、条件反射で」


 アイラさんはテヘペロって感じで舌を出す。


「へへへじゃねえ。剣士としての腕はいいんだがな。お前が飛びついた宝箱はミミックで、危なく食われそうになってたじゃないか。あれは慌てたぞ」


 そう言うと、ハイントマンリーダーさんは自分の腕を突き出した。その腕には痛々し気な傷が残っている。アイラさんを守るために急いで盾でミミックを押し返した時の怪我だそうだ。

「リーダー、怪我してるじゃないですか? 治療しないと」

「大丈夫だ。こんなのかすり傷だ。タンクをしてるとこんなの日常茶飯事だよ。舐めてればそのうちに治るさ」


 いやいやいや、見るからにちょっと化膿してるじゃないですか? ばい菌が入ってますって。治療しないとダメでしょうって思うんですが。


「ちょっと見せてください」


 今は回復役である僧侶のリリさんが、実家からの呼び出しにあって急遽パーティーを離れたため、回復職不在でのダンジョン攻略だったとのことだ。


 ポーションは高額なので、そう簡単に治療などは出来ない。たいそうな傷ではないと判断して放置していたそうだ。いくら戦士の強靭な肉体と言えどあの傷だと痛みがあってもおかしくない。ましてや痛みを誤魔化そうとアルコールを飲みまくってる。   

 それは逆効果だ。


 ショルダーバッグから物を出す振りをして、マジックバックから膿盆のうぼんと聖水を取り出す。


「これはただの水ですから。僕は水属性なので水には困らないんです」


 膿盆の上でリーダーの腕の傷を、少しシミますよと言って聖水で洗った。


「そんなに深い傷ではないので、軟膏で大丈夫だと思います」


 軟膏を出し、それを傷に塗り込む風を装ってヒールをかける。そして軟膏を塗った所にガーゼで覆い包帯で巻いた。そんな手間をかけたのは、新人冒険者の水属性の僕が回復魔法までも使えるなどとは思われたくなかったからだ。


「はい、これで大丈夫。明日には治ってますよ」


「おお、ありがとう。すごいな、もう痛みは全く無くなったよ」


 リーダーは自分の手首を回したり、腕を振ったりと痛みの無くなった腕を確認していた。


「ところで、アキト君は今日、冒険者登録をしたばかりなんだよね。と言うことは、アランの旦那がここに泊まるように勧めたって事でいいかな?」


「あ、はい。そうなんです」


 すると何故か<閃光の銀狼>のメンバー四人でヒソヒソと話し出した。そしてリーダーがおもむろに話し出す。


「なぁ、良かったら臨時メンバーとして俺たちと一緒にダンジョンに行かないか?」

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