エピローグ

 ようやくダンジョン都市への街道が復旧したようで、この宿場村から多くの冒険者や商人一行も出発の準備を進めているようだ。もちろん僕たちも、なるべく早くにこの村から出て行こうとは思っている。


 村長宅での出来事の後、なんだかんだと大変だったのだ。


 やはり、元村長の息子は死亡していたようだ。僕がハルさんを使って酒樽に眠り薬を入れた事を伝えていたので、怪しい所もあったが、一応、事故による転落死と言う事で片づけられた。


 眠り薬入りエールを飲みながらベランダへ出て、そこで急な眠気に襲われ、手すりを越えて下に落ちたという結論に達したとの事だ。


「ベランダに木樽ジョッキが転がっていた事が決め手になったみたいだよ」


 リックは亭主から聞いた今回の事件の状況を教えてくれた。


「へぇ~、そうなんだ」


 僕が曖昧に返事をするのを、ハルさんは呆れた風に見つめてくる。ただ、僕の思惑に乗っかる形で、出来過ぎた結論付けが少し気になる。何だか、幕引きを早めようとしている感が半端ないからだ。


「それより、ローマンさんの娘さんはもう大丈夫なの?」


 ローマンさんの娘さんはと言えば、息子から、飲めないお酒を、ましてや眠り薬入りを、無理やり飲まされた事で昏睡状態に陥っていた。ショックも重なってか、しばらく目を覚まさなかったようだ。


 未成年への強制飲酒は下手をすれば命を落としかねない。酔いつぶして抵抗出来ないようにしたかったのだろう。未成年であろうが無かろうが、これは絶対にやってはいけない犯罪なのだ。だが、バチが当たったのだろうか? 男が死んだ事で彼女は難を逃れた。


 そして幸いにも、しばらくして彼女は目覚めたとの事だ。


「うん、目覚めたすぐはショック状態で暴れたようだけど、しばらくして落ち着いたんだって。今はあの時の記憶が曖昧ではっきりと思い出せないのだとか」

「そっか、それは良かった!」


 トラウマになるような恐ろしい出来事に遭遇し、心的外傷によっての記憶障害を起こしているのだろう。僕としては彼女がこのまま良い方向に進めばいいと願う事しかできない。


 村長宅で眠り込んでいた連中は、全員が身柄を拘束され、この地方を治める領主へと引き渡される事となった。たぶん、全員が死罪だろうとのことだ。


 奴らは、この辺りの女性や子供たちの誘拐を繰り返していた一味で、最近、かどわかし事件が頻発していた事での陳情、歎願が絶えず、領主の悩みの種だった。連中が捕まった事で、しばらくはこの辺りも落ち着きを取り戻すだろうと胸を撫で下ろしているのだとか。


 ただ、下っ端である連中が捕まったところで、切り捨てられる可能性は大だろうし。ましてや、その一味を従えて、それなりの情報を持っていたであろう男が死んだのだ。人身売買でのルートの解明や、それを仕切っている闇組織の黒幕があぶり出される事も難しくなった事だけは確かだった。


 下っ端と言えど、それなりの懸賞金はついていた。だが、僕と知らせに走ったカイ少年はまだまだ子供だと言う事で、僅かなりの褒賞金がでるだけだとの事。


「ちぇ、しけてんの。やっぱ、人間はきたねぇなぁ」


 と、愚痴っていたハルさんだったが、


「褒賞金が入れば、沼はさみエビをいっぱい買っておいてね」


 などと、嬉しそうに、鼻をひくつかせている。現金なものである。


 ◇◇◇


 宿屋のリックに、今日には旅立つ事を伝えると、少し涙目になってはいたが、宿屋で働く以上は一期一会を大切にし、いつか別れがくる事も肝に銘じているようで、笑顔で『良い旅を!』と言ってくれた。


 村の門の所までリックやカイが見送りにやって来てくれた。孤児院にいたカイ少年は今後は『正直亭』で働く事になったらしい。


 リックが宿の調理を賄う事になって、今まで彼がしていた受付、客室の掃除やら雑用全般の仕事が出来なくなった。そこで、人を雇ってもらうよう亭主にお願いした所、例の事件がきっかけで知り合う事となったカイ少年と妹の二人を住み込みで雇い入れる事になったのだそうだ。


「花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だって、誰か言ってた人がいたな……」


「なんだよそれ?アキトはたまによく訳が分からない事を言ってくるね」


「人生に別れはつきものかな。月に叢雲むらくも花に風って事だね」


「もっと、分からん」


 ハルさんは顔を傾け、プクーっとした顔をする。


 僕はハハっと笑いながら、ハルさんのその可愛いしぐさに、思わず頬がゆるんでしまう。そんな間抜けな僕の顔をそれみよがしに無視し、興味なさげにクシクシと毛づくろいを始めた。


「折角、夜空にきらめく綺麗な月だったとしても、それを雲が隠し、美しく咲いた花も風が散らしちゃうって事だよ。世の中とは、とにかく差し障りが多く、楽しい事はそう長くは続かないって事だね」


「はぁ、今は朝だし、月なんて出てないよね」

「例えだよ例え。ハルさんは現実的だよね。男の子はロマンを求めるものなんだよ」


「ロマンかマロンかしらねぇけど、それで腹は膨れんよ」


「ぐふ、ハルさんの食いしん坊!」


 ハルさんは身体が小さい割には結構食う。その身体のどこに入ってるんだか。


「ところでアキト。あの部屋で何を見つけたんだい? あの後、自警団が来てからも、その事は知らせなかったようだけど」


「うん、あれね」


 僕はバッグから慎重にあの時に見つけた赤い実を取り出した。


「わ、美味そうじゃないか。それ食えるのか?」


 ハルさんは物欲しそうに、手を伸ばそうとプルプルしだしている。


「欲しいの? やっぱ食いしん坊だな。うん、結構、甘いらしいよ。ただし――」


「ただし?」


「うん、食べたら死ぬけどね」


 僕がこれをあの部屋で見つけた時、ハルさんが先にこれを見つけて口にしなくて本当に良かったと、実は冷や汗もんだったんだ。


「え!何それ!死ぬって!?」


 ハルさんは、出そうになっていた手を慌てて引っ込めた。


「ああ、この危険な植物の名前は……。別名を『ネズミゴロシ』って言うんだよ」


「げ!!」


 ハルさんの何とも言えない風の歪んだ顔が可愛いい。その名を聞いて恐怖で丸まってしまった身体を掴んでわしゃわしゃしてしまった。


「や、やめれー!」


 かなり危険な実である事は理解したようだけど、ハルさんは何故か腑に落ちない顔をしている。


「でもさ、それ、どこかで見た気がするんだよな。どこだったっけ? 気のせいかな?」


「そうだね、たぶん、意識しない状態で目に入ってたんだと思うぞ」


 そう、この植物は、あの宿屋の厨房に大量にぶら下がっていたハーブの中にうずもれていたのだから。僕は食いしん坊のハルさんが間違って食べないようにと充分に気を付けていたんだ。だって、本当に美味しそうに見えるんだから。


 ◇◇◇


 僕が引っかかりを覚えたのは、そうあの時だ――――。


 階下へ下りた後、眠り込んでいる連中を縛っているとこで、村の自警団の一行が村長宅へとやって来たのだ。いくらカイの足が速いからと言って、ちょっと早過ぎない? って思ったんだ。


 聞いた所、カイ少年が宿に向かう途中で亭主と偶然に遭遇したのだとか。


 そこからの話は迅速で、亭主は直ぐに自警団詰所へ向かうと、大勢を引き連れてやって来たと言うわけだ。それはそれは用意周到に事が進み、その後、僕のお膳立て通りの結論へと導かれたと言うわけだが……。


 それって、あまりにも安易すぎない? って、ついつい思ってしまったんだ。この村の権力者であった元村長の息子が亡くなったと言う大事件が起こったんだから、よそ者の僕が疑われてもおかしくない。そこで、もっと執拗に事情聴取されるのか? とか、万が一、犯人にされそうだったら、どう逃げようか? とか、身構えていたんだけど、一通りの話をして、なんか簡単にそれも呆気なく解放されてしまった。


 その後、村中が大騒動になった事は言うまでもない。何せ村長候補の一人が事故死をした上、実はその彼は犯罪一味のリーダーだった事が公になったからだ。



 そして、その晩の事、一連の後始末を終え、遅くに宿に帰ってきた亭主に僕は話しかけていた。


「亭主、お疲れ様です」

「おお、まだ起きてたのか? 今日は疲れただろうに。君が居てくれたお陰で本当に助かったよ。一味を一網打尽に出来ただけでなく、ローマンの所のフローレも無事だったんだ。感謝してもしきれんよ」


 亭主は疲れた風ではあったが、嬉しそうに僕の肩をポンポンと叩いてくる。そして、テーブルの椅子に座るように促すと、カウンターに入り、ミルクを温めだした。


 僕はテーブルの上に、例の赤い実を置いて、それをコロコロと転がして遊んでいると、亭主は温まったミルクを僕の前へとコトンと置いた。


「面白いモノで遊んでいるね。でも、それは、あまりお勧めできないけどね」


「いや、ちょっとある所で拾ったんですけど。危険なもののようなので、あまり人前には出さない方がいいですよね。美味しそうに見えるので、間違って口にでもしたら大変ですし。捨てようとは思ってたんですが、どうも忘れていたようです」


 僕はそれとなく伝える事にした。これからはリックだけでなく、カイ兄妹も厨房に出入りする事になるのだから。


「ところで、フローレさんは記憶を失くしているようだと聞いたのですが……」


 そう言いながら、僕は赤い実をポケットにしまう。


「ああ、そうなんだよ。何が起こったかの詮索は禁物で、忘れる方がいい事もあるさ。あの娘にとっても、その方が身の為だからね。君もそう思うだろ?」


「そうですね。僕もつくづくそう思いますよ。お互いの為ですからね」


 そう、あそこで本当は何が起こったのかなんて、僕にとってはどうでもいい事だから。


 明日の朝にはこの村を出る事を亭主に告げると、出されたホットミルクをフーフーしながら飲んだ。



 ◇◇◇


 村の門で皆と別れた後、アルル村を出てからしばらく歩いて進んだ。そして皆が見えなくなったところで、僕は魔法バッグからバギーを取り出す。


「さあ、次の街へと向かおうかな。次はこの先にあるダンジョン都市だよ。ダンジョンって言葉を聞くと、何だかワクワクするね」


 僕はハルさんにそう言いいつつ、風よけの為のゴーグルを付けると、バギーへと魔力を注いだのだった。



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 お読み頂きありがとうございます。

 「アキトが見る景色-空の彼方に続く世界-」は章毎での読み切りです。書きあがった段階で一話づつアップ予定です。


 ゆっくりと更新予定ですので、今後ともよろしくお願いします。

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