第7話 秘密兵器

 僕たちは屋敷の塀をこっそりと越えて、敷地内へ侵入した。そして見張りに見つからないように草むらに身を隠す。


 ハルさんだけは建物の所まで素早く走って行くと、その壁に沿って這うように成長したつる草を足場に見る見るうちに登って行き、屋根裏の隙間を見つけると建物内へと入って行った。少しの隙間にもスルッと入って行く、さすがネズミだと感心してしまう。


『どう? ハルさん、屋敷の中には何人くらいの人がいそう?』

『ちょっと待ってね。人の気配がする方に行ってみるから』


 ハルさんは天井裏を走り回って偵察しているようだ。


『アキト。鉄格子がはまった床下の穴に子供達が縛られて閉じ込められてるよ』

『何人ほどいるの? その中に獣人の女の子はいるかな?」

『えっと五人だね。一人は獣人の女の子だから、あの子かな? うさぎのような人形を抱いてるね。それとね、見張りは二人だけだね。その部屋で酒を飲んでるよ。で、これからどうする?』


 なんて事だ。ここは、どう見ても犯罪組織の拠点じゃないか。この家を根城にして、営利目的での人身売買が行われていると言う事なんだろう。


 だが二人だけなら何とかなりそうか。そこでハルさんに渡してあったあの薬を使えるかもしれない。


『なぁ、ハルさん。その酒に眠り薬を入れる事はできるかい?』

『ジョッキには無理そうだけど、酒樽があるから、それにだと何とかなると思うぞ』

『そっか、じゃーよろしくハルさん』

『よっしゃ、任せておけ!』


 僕は獣人の少年、名をカイと言うらしい。妹さんを確認する為にカイ少年に小声で話しかけた。やはり、人形を抱いた獣人の女の子はカイ少年の妹、リンカちゃんで間違いないようだ。


「リンカちゃんは無事なようだ。今この家には見張りとして二人しかいないみたい。今がチャンスかもしれない。ハルさんに眠り薬をお酒に混入してもらうようお願いしたから、奴らが眠ったら助けに行こう」


 カイ少年は真剣な顔でコクリと頷くも、ふいに何かが気になったようで、「ちょっと待って」と僕を手で制して、耳をそばだてた。獣人の耳が何かの気配を察したらしい。


「外の方から人が近づいてくる気配がする。誰かがこっちに向かっているようだ。それも複数の足音が聞こえる」


 獣人の優れた聴覚はこの家への道をこちらに向かって来る複数の者達の気配を察したようだ。僕もそちらへと神経を集中させた。


 そして、しばらくすると、門が開く音がしたので、草むらからそっと覗き見る。入って来たのは、この家の住人である前村長の息子とその仲間たちだった。


「ち、面倒な事になったな」


 僕は思わず舌打ちをしてしまった。だが、奴らが近づくにつれて、そいつらだけでなく一人の少女が連れられていたのだ。その少女は、連中に無理やり引きづられ恐怖に引きつった顔をしている。


「あ、あの……」


 カイ少年は連れられた少女を知っているようで、思わず大きな声を上げかけ、慌てて口を手で覆った。


「知ってるの?」

「うん、あのはローマンさんの娘さんだ。ほら、村長選に立候補している人だよ」


 ええええ!ローマンさんの娘さんなの? そう言えば奴ら市場でローマンさんを脅してたよね。その時に娘さんの事を言ってた事を思い出した。


「ローマンさんに知らせなきゃ!どうしよう……」


 あの野郎、人身売買を目的とした誘拐だけじゃなく、村長選挙妨害目的での誘拐までするとか。奴はこの村の繁栄とか端から考えてないんだ。ただただ、この村を己の利益の為だけに支配し、犯罪の隠れ蓑に利用したいってだけなんだろう。これでよーく分かった。


 これを見過ごす事は出来ないけど、僕たち子供がおいそれと関わって無事に済むほど安易な問題じゃないと思った。


「ねえ、カイ君。頼みがある。急を要するんだ。君のその足が必要なんだよ」

「足?」


 緊急の重大事態である事、彼の俊足は大いに役に立つ事を伝える。


「ああ、そう君の誰にも負けないであろう最速の足だよ。大至急この事を≪正直亭≫の亭主に知らせてくれないかな?」


 そこで彼も事の重大さに気付いいたようで、真剣な顔で頷いた。


「うん、分かった。大至急行ってくるよ」


 そう言うとすぐ、カイ少年はすごい勢いで飛ぶように走って行った。


 その、あっという間に小さくなる後ろ姿を眺めながら「さぁ、どうするかな……」と僕は小さく呟く。そして「はぁーーー!」と一つ大きく深呼吸をすると、自身に気合を入れた。


『ハルさん、仲間が帰ってきたようだよ。くれぐれも見つからないように頼む』

『ラジャ!こっちは酒樽に薬を入れたよ。で、これからどうする?』


 奴らが宴会でもして、その酒を一斉に飲んでくれたら助かるんだけどな。と、考えていたら、運がいい事に連中が酒盛りを始めたとの知らせが入った。


『充分に警戒しながら、奴らの様子を観察していてくれ。眠ったら知らせてくれないか?』


 しばらく待っているとハルさんから知らせが入った。


『アキト、奴らようやく眠ったよ。だけどさ……あの息子が……』


 全員酒盛りを始めたようで、しばらくすると、連中はふらつきだし次々に倒れて行ったようだ。ただ、息子だけは早々に宴会を抜け、少女を引き連れて、どこかへ行ってしまったのだそうだ。


 やばいな。嫌な予感がする。市場で見たあの気味の悪い不敵でぞっとするゲスな笑みが頭をよぎる。どうか無事でいてくれと願いつつ僕は家の中へと足を踏み入れた。


『ハルさん、息子が少女に危害を及ぼそうとするかもしれない。大至急、奴がいる場所を探してくれないか? 万が一だが、最悪、何をしても問題ないから』

『了解!』


 斑ネズミは身体は小さいが魔物なのだ。その歯やツメは鋭く、一噛みで人を殺傷するほどの威力はある。それにハルさんの頬袋は最強で、そこに毒を仕込んで置くことだってできるのだ。


「どうか無事でいてくれ……」

 彼女の無事を願いつつ、僕は足を早めた。


 ◇◇◇


『アキト!大変だよ。二階に上がって突き当りの部屋まで大至急来てくれないか』

『どうした?』

『いや、ちょっと……』ハルさんはすごく言い難そうだ。


 僕は急いで指定された部屋へと向かいハルさんと合流した。


「ハルさん、どうしたの?」

「うん、この部屋なんだけど」

 ハルさんは気まずそうに一つの扉を指差す。僕はその扉をそっと開けて中へ入った。


 部屋に入ると、眼前には大きな窓があり、その向こうはベランダになっているようだ。大きく開かれた窓にはカーテンが風で揺れていた。


 広々とした部屋を見渡すと壁際にゆったりとした豪華なベッドが置かれており、そのベッドの脇には先ほど連れて来られたローマンさんの娘さんが倒れ込んでいるではないか。僕は慌てて彼女の元に向かって脈を確かめる。見た所、怪我もしていないようだ。


「命には別状ないかな。どうも気を失っているだけみたいだね」


 僕はホッとしてハルさんにその事を伝えたのだが、ハルさんは気まずい顔で僕を見つめると、窓の方を指差した。


 開かれた窓から恐る恐るベランダへ出て、その手すりから身を乗り出して下を確認した。


「あちゃー。あれはハルさんがやったの?」


 ベランダの下、植え込みに男が胸をかきむしった様な状態で仰向けに倒れているではないか。男の顔は白目を向き苦痛に歪んでいて、嘔吐したのだろうか口元に白く泡を吹いたように見える。どう見ても、すでに息絶えているようだ。


 その光景をじっと観察して、ハルさんにそう問いかけたのだが……。


「俺じゃないよ。ここに来た時にはもうこの状態だったんだから。こんなかわいい生き物の俺があんなデカイ男をベランダから突き落とすなんて、そんな芸当が出来るわけないじゃん」


 ハルさんはプリプリしながら、そんな事を宣っている。


 それをしれっとスルーしながら、一体この部屋で何があったのだろうか? と部屋を見渡すも、部屋が荒らされた様子はなく、ここで何かの争いごとがあったとはどうも思えない。そんな事を考えていた時、ふと、倒れている少女の足元、そこに転がっていた小さな”ある物”が目に入ってしまった。僕はそれを拾い上げると、慎重にバッグへとしまう。そして、テーブルの上に置いてあったジョッキをベランダの床に転がしておく。


「アキト、何してるの? 何か見つけた?」


「いや、何でもないよ。それよりも、まずは下の奴らが眠っている内に拘束しておこうか」


 捕まってるあの子達はすごく怖い思いをしているだろうから、一刻も早く助け出して安心させてあげたいと思うから。後はここの村の人たちに任せるとして、今出来る事はやっておこう。


 ハルさんを掌ですくい自分の肩に乗せると、階下へと下りて行った。

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