第3話 料理をしよう
亭主の部屋を出た後、厨房まで案内してもらった。
「ここにあるものなら何でも使ってください。お父さんは料理が下手なクセに食材はいっぱい買って来るんで、本当は困ってたんですよ。これ内緒ですよ」
と少年は苦笑する。
周りを見渡すと数々の調理道具が棚に置かれていて、机の上には結構な数の食材が置いてあった。この世界の名前は知らないけど、ネギや玉ねぎ、にんじん、セロリ、パプリカ、トマト、カブなどに似た野菜類とその横に鶏肉が大量に置いてあった。
また天井から多くの乾燥したハーブ類とかソーセージがぶら下がっていて、宿の厨房ってどこもこうなんだろうか? それか、ここの亭主は完璧主義者で、こだわりが強く収集癖があるっぽい人なんだろうか? 何かちょっと違和感を覚えた。
机の下でピチッと音がしたので覗いて見ると、水の入った桶の中に地球でのザリガニに似た沼ハサミエビがウヨウヨしていた。あまりの数に僕は思わず『ゲッ!』という声を発してしまう。ザリガニより一回り大きいこれは、この世界ではわりと一般的に食されているようなのだ。
懐の中にいるハルさんが、ぷるぷるしている。そういえば、ハルさん、沼ハサミエビ好きだったっけ!? 今にも飛び出しそうになっているハルさんをヒッシと抑えた。
「うぎゃ」って声がしたようだが、まぁ、気にしない事にしよう。
そして、その沼ハサミエビの横に、さばいた後なのだろう、鳥のガラが箱に入れて置いてある。丁寧な仕事のようで、綺麗に身が削ぎ落されていた。
「この鳥ガラって、亭主がさばいたやつですか?」
「あ、はい、お父さんは以前、ギルドで解体の仕事をしていたんです。なので動物をさばくのは得意なんですよ」
「これもらっていいですか?」
「え? いいですけど。こんなもの何に使うんですか? 雨が上がったら庭に埋めようって思ってたんですけど」
え? 庭に埋める? なんて勿体ない。
「この鳥ガラでいいダシが出るんですよ。まぁ、見ててください」
僕は少年にそう言うと、鍋に鳥ガラを入れて、ひたひたの水を入れると
再び鍋に入れ、そこに水を入れたら沸騰させ、アクが出だしたら綺麗にアクを取り除く作業を続けた。その工程を少年にいちいち説明しながら作業を続ける。
細かく切った香味野菜類とローリエのようなハーブを鍋の中に入れ、野菜のアクが出たらそれも綺麗に取リ除く。その後、火を落として弱火でじっくり煮込む。
煮込むのに時間がかかるからと言うと、部屋の掃除をしてきますと、少年は厨房から出て行った。
鍋が半分ほどになったら、今度はザルでコシて出来上がりだ。掃除に行ったはずの少年はいつの間にか帰ってきていたようで、僕の作業を興味深々な目でじっと見つめていた。
「はい、鳥ガラスープの出来上がりです。これがあれば、いろんな料理に使えるから便利だよ」
少年はそのスープをキラキラとした目で見つめていたので、出来たスープの味見をしてもらう事にして、小皿に入れて渡すと……。
「え? 何? なんか優しい味で、美味しいんですけど。お父さんの料理は豪快だけど、はっきり言って変な味がするんだ。このスープには臭みも変な味もないんだね」
「たぶんそれは、しっかり下処理をしてないからだよ。だから雑味や臭みで折角の食材を台無しにしちゃってるんだ」
客に出した料理はほとんど残されているんだけど、なのに亭主は料理が好きなようで、作るのを止めないらしい。クソまずいって評判に腹が立ってるようで、それが更に意地になってるとのことだ。
「じゃ、このスープを使って何か作るかな」
何を作ろうかと食材を見回していたら、部屋の隅にずだ袋が無造作においてあった。
「これ、何かな?見ていい」
「あ、どうぞ。それはお父さんが知り合いに頼まれて購入したみたいなんです。なんかラーイースとか言う穀物らしいく、とっても安かったんですけど、なんか固くって、鳥のエサにしかならんってお父さんがぼやいてたやつですよ」
そのズタ袋を開けてみると、そこには少し茶色かかった米が入っていたのだ。
「ええええ!これって米じゃないか!この世界にも米ってあったんだ!!」
思わず僕は絶叫してしまった。なんて事だ、米だよ米。ちょっと長細いからジャポニカ米でなくインディカ米なんだろう。精霊に使ってぬかをとれば立派な白米になりそうだ。それに天井にこれでもかって言うくらいにぶら下がっている乾燥ハーブの中に、例のアヤメ科の物があるじゃないか。
「よ~し、この鳥ガラスープを使って、鶏肉と沼ハサミエビのパエリアを作るぞ」
そう言うと、懐からハルさんが飛び出して来て、『やったー』と言う風に万歳をしている。
僕は鼻歌混じりで作り出した。なんだって、米料理を作れるなんて最高だからね。少年にいちいち要点を説明しながら作って行く。
沼ハサミエビはちゃんと下ごしらえをしておかないと泥臭くって食べられないうえ、寄生虫がいるのでとっても危険なのだと説明をする。一日ほど水につけて何度か水を替え泥抜きをした後、アルコールに浸しておくと臭みが取れる。そして、沸騰したお湯で塩茹でをして、虫を殺しておく事が大事だと念をおした。今回は結構長い間水に浸かっていたとの事なので、泥抜きは短縮できそうだ。
その後、僕はパエリアの作り方を丁寧に教えた。
・鍋にオリーブオイルを広げる。
・潰したにんにくを炒める。
・鍋に鶏肉を入れて塩コショウ、色が付く程度に炒めたら取り出しておく。
・鍋に沼ハサミエビを入れて炒め、白ワインをいれて蒸し焼きにして取り出す。茹でた汁も取っておく。
・玉ねぎやパプリカやにんじん、トマトなどを角切りにしておく。
・鍋にオリーブオイルを入れ、ニンニク、玉ねぎ、お米を炒める。お米が白くなったら鳥ガラスープを入れ沸いてきたら沼ハサミエビのゆで汁を入れる。焦げないようにかき混ぜながら、サフランを入れる。
・お米がふっくらして来たら鶏肉と沼ハサミエビ、角切りにした野菜類を乗せて蓋をして弱火で約20分、五分ほど蒸らして完成だ。
そしてパエリアは完成した。完成したパエリアを食堂へもっていって皆で食べる事にしたのだが、宿泊客が、厨房から漂う匂いに誘われて、食堂に集まって来ていたようだ。
「おい、坊主、なんだそれ? 何か美味そうじゃないか?」
僕はそのパエリアを小皿に分けると、食堂に集まってきていた宿泊客にも振舞う事にした。ハルさんは何だか機嫌が悪そうだが、ハルさんの分の沼ハサミエビは残してるからと言うと、機嫌が直ったようだ。殻を取ってあげると嬉しそうにかぶり付いていた。
「なんだ、これ、むちゃくちゃ美味いじゃないか!」
「おかわりはないのか?!」
「こりゃ美味い!エールだ!エールを持って来い!」
色んな声が聞こえてきて、かなりの反響のようだ。少年を見ると、涙目になって周囲を見ている。
「ほら、ぼさぼさしないで、次、作るぞ。まだ食材はいっぱい残ってるんだから。今度は君が主で作ってくれよ」
僕がそう言うと、少年はハッとして、『はい』と大きくうなずくと、僕の手をひっしと掴むと、僕を引きづるように厨房へと走って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます