第2話 治療する

 この村は宿場村だけあって、多くの宿屋が軒を連ねている。村とはいえ、その規模は町と言っても過言ではないほどであり、通りを歩く人々の往来も多く、かなり繁栄しているのが分かる。


 雨が酷くなった事で、大勢の人たちが服やフードで雨を防ぎつつ足を早めていた。

「大きい所だね。これでも村なの?」

「ああ、アルル村は昔ながらの呼称だからだろう。伝統だし、その名を大事にしてるって事だと思うよ。ってね」

「てね?って他に何かあるってこと?」」

「まぁ、大きな声では言えないけど、ぶっちゃけ、税金逃れだろうさ。本来なら規模的には町税を納めなければならないはずなんだけど、どっかで抜かれてるのかもね」


 ハルさんは、両手でワシャワシャと丹念に顔の毛づくろいをしながら、「け、人間って、きたなーい」と吐き捨てるように言う。


 ハルさんとそんな会話をしつつ、教えられた宿へと向かった。その『正直亭』はメイン通りから少し路地を入った所に、ひっそりと建っていた。


 宿屋の看板がかかったドアは年季が入っているようで、金属が錆びてしまった為に重くなったその扉を押すと、ギギギという軋む音を立てながら開いた。扉の上にカウベルが付いていたのだろう、カランカランというベルの音がなる。


 カウンターの奥から『いらっしゃいませ』と言いながら一人の少年が出てきた。年齢は僕と同じくらいだろうか。


「お泊りのお客様ですか?」

「はい、部屋は空いてますか?門番さんに紹介してもらったんですが」

「空いてますよ。一泊、素泊まりで銅貨五枚です」

「あのー、食事付きはないのですか?」

「すいません。ここの亭主が怪我をしてしまって、今日から食事付きはお休みさせて頂きたいのです。食事は近くにある食事処でお願いできませんでしょうか? 本当に申し訳ありません」

「そうなんですか。じゃ、一応一泊でお願いします。もしかしたら街道の関係で伸びるかもですがいいですか? あと、コイツがいるのですが」


 そう言って、僕の懐に入っていたハルさんを出して見せた。ハルさんは、少年に向かってペコリとお辞儀をする。


「わぁ、かわいい従魔さんですね。はい、大丈夫ですよ。従魔用の小屋もありますがどうされます?」

「ハルさんは賢いですから迷惑はかけないと思うので、一緒の部屋でいいですか?」

「はい、大丈夫ですよ。では従魔さんの保険料として追加で銀貨一枚をお願いしていいですか? チェックアウト時に何ら問題無ければそれはお返しします。獣魔用で何か必要な物が有りましたら言ってください。別途で用意できるかもしれませんから」


 僕は『よろしく』と言って銀貨一枚と銅貨五枚を前金で払い、台帳にサインをした後、部屋に案内してもらった。


 案内された部屋は二階の一番奥、小さな窓がある角部屋だった。ベッドと小さなテーブルが一つ置いてある、こぢんまりとした部屋で掃除は行き届いているようだ。シーツも清潔に保たれている。

「うん、ここはいい宿だよ」僕はそうハルさんに小さく呟いた。

 清掃はこの少年がしてるのだろうか? この宿屋の好感度が少し上がった。


「何かありましたら、下のカウンターまでお願いします。では失礼します」


 少年はそう言うと、軽くお辞儀をして出て行った。


「ところでハルさん。この部屋、匂わないかい?」

「え? 臭いの?」

「いや。良い匂いの方だよ。このベッドからハーブのいい匂いがするだろ?」


 ハルさんはベッドのシーツをクンクンしだした。

「そう言えば、爽やかな香りがするかな」

「だろ? だからいい宿だって言ったんだよ。このハーブの香りを虫が嫌うようで、それで寄って来なくなる効果があるんだ。それだけでなく、この香りは不安やストレスを和らげての、安眠効果もあるそうだよ」

「へえ? だからそのハーブがベッドの藁の中に入ってるんだね。う~ん、気持ちいい」


 ハルさんは、ベッドの上で大の字に寝転んだ。


 ハルさんを簡単に部屋に入れてくれたのはこれがあったからなんだと思った。


「僕やハルさんに伝染病を媒介する虫が付かないように、ちゃんと対策をしてくれてるんだよ」


 ダンジョン都市に近いだけあって、ここの宿は大方が獣魔同伴可なんだろうか? あとで少年に聞いてみようと思った。


「ハルさん、まだ夕飯には早いけど、それまでどうしようか? 外は雨も酷いし、村の散策にはいけないよね」


「情報収集で食堂にでも下りるとか、どう? 食事は出来なさそうだけど、何人かの客がいたみたいだし」


 バギーの旅の間、ずっと寝ていたハルさんはとても元気だ。だけどずっと運転してた僕はちょっとバテ気味なので、気持ちよさそうなベッドで少しの間横になりたいと思ったわけだが。そう言うと、渋々了承してもらった。



 ◇◇◇



「ハルさん、ちょっと早いけど夕食をどうする?」


 少しベッドで横になっていたので疲れがとれたようだ。時間的には早いけど、食べ盛りの僕は少し空腹を感じる。


「そう言えばさ、ここの亭主が怪我したからって食事付きが無くなったって言ってたよね。だったら、厨房を貸してもらえないの?」


「うん、そうだね。今、雨酷いしで、出かけるの億劫おっくうだよね。ここの厨房を貸してくれたら助かるか。よし、聞いてみるか」


 階下に少年を探しに行くと、先ほどの少年は受付カウンターに居た。そこで、厨房を借りれないかの交渉をしてみたのだが、すると……。


「あ、使ってないので構わないと思うのですが、おとうさ…、あ、いや、亭主に確認しないとだけど……だけど、怪我が……」


 少年は暗い顔をしている。僕は、気になったので亭主の怪我の具合を聞いてみる事にした。


 すると、鳥をさばいている時にナイフでかなり深く切ったらしい。薬を買うのが勿体ないって、大丈夫だからと、部屋で休んでいるのだとか。でも、やせ我慢しているようで、真っ青な顔で冷や汗を流していたのが、とても心配なのだそうだ。


「僕が悪いんです。僕が雷に驚いてひっくり返って……それで……ぶつかってしまったんです」


 その時に亭主が手を滑らしたらしい。少年は自分のせいだと半べそになっている。


「あの、良かったら、その怪我見ましょうか?」

「え? お客さん、お医者さんか僧侶さんですか?」

「あ、いえ、薬師です。僕の師匠は薬師もやっていて、そこで修行してたので……」

「あの、とても嬉しいんですが、あまりお金が……」


 少年はすまなさそうに言うが、僕をうるうるした目で見つめる。

 

「まぁ、見ないと解らないけど、厨房を貸してくれるという対価でいいかな?」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 少年は急にパァ~っと明るい顔になる。そこで僕を連れて父親である亭主の部屋へと向かう事となった。


「お父さん、具合はどう?」


 少年は扉をそっと開け、そう問いかけるも返事はない。彼はそ~っと部屋に入っていった。僕もその後について行く。

 そこには、ベッドの上に横になる男性が一人。脂汗を浮かべて苦しそうにしている。

「お父さん、お客さん連れてきたよ。薬師さんだそうだよ。診てくれるって」

 少年は父親に声をかけるが、『ううう』とうめき声を発するだけだ。


「お父さん! お父さん!!」


 少年は父親の様子が先ほどより悪くなっている事でかなり慌てだした。僕は、近づいて男を観察してみる。


 男の顔には苦痛の表情で歪んでいて、額には玉のような汗が吹き出ていた。ベットから落ちた左手を見ると、手に巻いた手ぬぐいが真っ赤に染まっていて、どうも出血はまだ止まっていないようだ。


 ベッドの脇にはビンが転がっている。部屋に充満した匂いから、これはお酒だろう。きっとアルコールが消毒になるとかの昔ながらの慣習から傷にかけて、残りを飲んでしまったのかもしれない。


 (こりゃ、酷いな……)


 まずは慌てている少年に声をかける。


「君、落ち着いて。大丈夫だから」


 少年に声をかけた後、僕は怪我したであろう手を軽く押さえて、身体より少し上に持ち上げた。そして、軽く氷魔法で手を冷やす。


「ハルさん、僕のバッグから痛み止めを出してくれないか?」


 ハルさんはバッグに顔を突っ込むと、そこから小さなビンを一本取り出した。ハルさんは頭がいい。ちゃんと薬の種類を覚えていてくれて、助手のような仕事もしてくれるのだ。


「君、お父さんの身体を少し起こして、このビンの中身を飲ませてあげて。少しは痛みが和らぐと思うから」


 少年はハルさんからビンを受け取ると、男の口に液体を少しずつ流し込んだ。しばらくすると、男の呼吸が安定し、苦痛の表情が徐々に消えて行く。


 男の手に巻いた手ぬぐいを、そっと外して傷口を見る。かなりの深さで切れているようだ。細菌の感染も疑われるけど、怪我してからそう時間もたってない。再度、ハルさんに言って、今度は聖水と下級ポーションを出してもらい、聖水で傷口を洗うと、下級ポーションを少しづつ傷にかけていった。


「よし、これで大丈夫だよ」


 さっきの液体には眠り薬と化膿止めが入ってるから、しばらくは目を覚まさないと思うとも告げた。


 少年は心配そうに父親を見つめる。先ほどまで苦しんでいたのがウソのように、今は静かに寝息を立てていた。父親の様子を見て少年は安心したように笑顔を見せ、僕に深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます。なんとお礼をしたらいいのかと……」


「さっき約束した厨房を貸してくださいね。出来れば食材があったら使っていいですか?」


「どうぞどうぞ、そんな事で良ければどんどん使ってください」

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