第2話 『自殺作家、人類再考に寄与せよ』




 『上位存在 X 』。


 教卓に浮かぶ無形の光はそう名乗る。

 光によると、既に人類は滅亡しているのだという。

 私がいなくなったより先の未来で、人類は世界中を巻き込んだ、あのくだらない戦争を、なんと三度も繰り返したそうだ。

 国はどこもヤケクソになって、後先も考えず利権のために金のために兵器をつかって、遂には自分たちの生きる大地すらも焼いてしまったのだと。

 自国民も守れなくなった指導者たちの自棄に巻き込まれて、火で始まった人類は、火で終わったのだ。




 この学び舎は次の人類を産みだす際に必要なの参考にするために、『上位存在 X 』の独断と偏見のもと、人類史に名を刻んだ著名人たちを集め、交流させる実験フラスコだと説明される。

 有力な参考人となった者は、次の人類に転生させてやると聞いた異邦人たちの多くは、声をあげて協力要請に賛同した。

 

 エックスとやらの話の通りであれば、この学び舎に集められたのは人類史上、著しい発明や発見をした尊敬すべき者たちのはずだ。

 私なんぞに、何があるというのだろう。

 どうして私なんかが選ばれてしまったのだ。

 ここに呼び出された者たちの中に、私のほかにためらい傷を持つ者がいるだろうか?

 きっとこれは、エックスの手違いに他ならない。


 なにより、私は死んでしまいたかったのだ。

 こんな希死念慮まみれに、なんの価値を見出したというのだろうか。






 しかし、拒否の選択肢は最初から用意されていなかった。


 私たちは今日から、強引に学生にされたのだった。

 学び舎というには異様な雰囲気が漂う中、光のトゲが私を指さす。




ずは、自己紹介といこう。 太宰、君からだ。 クラスメイトに自己紹介しなさい」




 光の塊に手招きされるまま、私は教卓まで足を運んだ。




「……私は青森の、太宰治です。 一介の作家をしています。 ああ、今では、していました、という方が正しいのでしたね」




 促されたままに自己紹介をしていると、生徒のうちの一人が口を挟んだ。




「太宰くん、なぜそんなことを言うんだ? 君は生きてるじゃあないか」


「ええ、でも、私はもう……」


「死人が自己紹介などするものか、君は生きている。やつがれも生きている。 そうでもなければ、こんなことはおかしいじゃあないか。 ここはやつがれの願った死後の世界からは程遠いところだ」




 声をあげた彼に、その一人称に、その独特のやつれた雰囲気に、

 途端に私は、涙するほどの感動に見舞われた。




「君はもしかして……、芥川ではないか?」





 男の名は、芥川龍之介。

 私が愛して愛して愛して愛して仕様のないほど愛した作家だった。

 私は死後の学び舎で、あの尊敬する芥川龍之介と出会ったのだ!


 自己紹介に口を挟んだ芥川が、続いて自己紹介をする。




やつがれは、芥川龍之介。 作家です。 宜しく、お願いします」




 彼は、本人だ。

 長年憧れてきた私には分かる!


 彼がどんな想いで死んだのか。

 そして、ここに流れ着いてしまった彼の想いがわかるぞ!


 彼は私と同じことを考えているはずだ!


 「ああ、死に損なった」と!





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