第14話

 「まずはどうやって生活していくかだよな」



 使い古され木目が滑らかになった木椅子もくいすに腰を落とす。

リーフリリアで一番繁盛している酒場で、

今後の生活をどうしたらいいか考えることにした。


 異世界と言ったらギルドで簡易クエストでもこなしながら、

 魔王なり強大な竜を倒す力をつけていくものだが、

そんな魔王様はここでは農家大好き農夫様。



 奥の席で自分の収穫したトマトを

 「太陽を克服した鮮血と悪魔の果実」

などと配下らしきエプロンを着た、

悪魔達に自慢をしている。


ギルドがないなら酒場で一杯やりながら、

なんて流れが実に冒頭の勇者っぽい。


 そんな安易な気持ちでここに来た。



「なんで付いてきたんだよ。迷子か?」


「はぁ!?馬鹿じゃないの!?

私に勝っておいて、望みの一つも言わないから

待ってるんだけど!?」



 ムスッとした表情のまま、

アリスは向かいの席に座った。



 「それと。今すぐには元の世界には戻れない。

でも安心して。住む場所は確保してあるから、

しばらくはそこを使いなさい。

生活費は、自分で働くなりなんなりして確保しなさいよね」


 「なんかニートの息子を持つお母さんみたいだな」


 「誰が!お母さんよ!」


 

 アリスをからかうとリアクションが速く、

ちょっと面白い。

 


 酒場には、むさくるしくも屈強な農夫や、

薄い単色のブラウスに、

長いスカートを着こなした女性ばかりの為、

アリスの金髪に水色と白を基調とした服装はいつになく浮いて見える。


おそらく自分の黒服も浮いているだろう。


 だが、

周りはこちらを特別見るようなことはなかった。



 「いらっしゃいアリス、ご注文は?。」




 メモ帳を片手に、

黒のエプロンをかけた女性のウェイターが尋ねてくる。


 アリスより1つか2つ上くらいだろうか、

動きやすそうに髪が短く茶髪の癖毛。


 酒場の賑わいに負けない大きくはっきりした声から、仕事が板に付いてることを感じ取れた。



 「私はアップルラテでいいわ。」


 「またまたかわいいのをー

・・・んでアンタは?」


「え?あ、俺は・・・」



 そういえばメニューを知らない。

それ以前にお金がないことに気付いた。


 こういう時は、異世界人が出してくれたり、

ゲームならチュートリアル終了後に、

少しばかりお金がもらえたりするものだ。


 こんな時は少し申し訳ないがアリスに


「彼は文無しだから、何も出さなくていいわ」


「あ・・・そう」



 チュートリアル終了。

男としてのメンツが丸つぶれである。


 初めて入る店とはいえ、

ちょっとした見栄で、あたかも「よく来てます」

と雰囲気を出して店に入ったが、

メニューがわからず、

さらに店員に文無しとバレる始末。


 「こいつなんで店入ってきたんだろ」

と言いたげな、

不思議そうな顔をされてしまっている。


 残念ながら事実の為、何も言い返せなかった。



 「それはそうとアリス、

また姫様助けに行ったんだって?

アンタも大変ねー、それでまた旅先案内人でしょ?ホントよくやるわよ。」


 「別にいいわよ。慣れてるし。

それに今回も楽勝だったし」


 「なーにが楽勝だよ、

あんなに悩んでたくせに!」



 釈然と答えてみせるアリスに横やりを入れるが、彼女の顔色は変わらない。



 「別にいなくても平気だったわよ!

それより、

殺されずに済んだのだから、今生きている自らの運の良さに感謝なさいよね」


「それは俺のセリフだっての!

大体この世界は殺戮禁止なんだろ?

 だったら処刑だのなんだの言われても

俺は死なないワケだし、

アリスもあんな馬鹿げた裁判に出ることもなかったろ!」


 「おっと、それは違うぞ青年!」


 注文を聞いていた茶髪のウエイターが、

テーブルに片腕を叩き出し、

身も乗り出して割り込んできた。


 「アリスはキミの命を、賭け皿に乗せることで殺されることを防いだんだだよ。

 こう見えてアリスは面倒見はいいからね。

ちゃんと御礼をいうんだゾ。」



 「・・・ルミク?余計なこと言わないで」



 アリスの鋭く滑らせた横目に彼女―――ルミクはわざとらしく首を隠し、びっくりしたという身振りを見せる。


「おおっといけない仕事仕事!じゃあ青年ごゆっくり!

あ、でも文無しは歓迎しないよ?

今回はサービスしとくからさ!」



「青年なんて呼び方はよしてくれ、

ユウマでいい」



 後ろ足で下がりながらルミクは答える。



 「オッケー!私はルミク。

この酒場の美少女看板娘!

 仕事でお困りならうちにおいで!

んじゃねユウマ。」



 ルミクは手に持ったメモ帳を、

旗のようにひらひらと振ると人ごみへと消えていった。


 「・・・さっきの話。俺はアリスに何か助けられたのか?・・・御礼した方がいいのか?」


 「急に何よっ!いらないわよ、別に・・・」


 「でも俺の命を賭けたのって、

アリスの俺を庇ってくれた意図があったんだろ?・・・」



ハートレリアの裁判もどきで自分の命がいつの間にかゲームに賭けられていた。


あの時は意味も理由も分からず、怒ったが

賭け主はアリスだったらしい。



 彼女に返事はない。


 テーブルにアップルラテが注がれたマグカップが届き、アリスはようやす口を開いた。



 「まあ、人助けをしておいて悪者扱いされるのも後味悪いから言っておくけど。

 ハートレリアでは人は殺されてるし

殺してるわよ。」




 「それは最初の頃の説明と違うだろ。

だってこの世界は殺戮禁止の平和な―――」


 「殺生与奪せっしょうよだつの権利」



 アリスはカップを手に取りに、

上品に口をつけると変わらぬ態度で話しを続けた。



 「お城で姫様も説明した三つの王政制約権ラプソルティズン。このうちの一つハートレリアの

【キングクラウン】の力でこの世界の殺戮禁止の制約を彼女は・・・

いや、あの国は無視出来るのよ。」


「4大国の王様がそれぞれ持つ、

三つの力のことだよな。

 でもそれじゃあゲームも盟約も決めた意味ないじゃないのか。」



 アリスはわかるように丁寧に説明してくれた。


各国が3つ所有する王政制約権ラプソルティズンは制限がある。


 特に一番力の強い【キングクラウン】は、

世界の制約そのものを捻じ曲げる力を持っているが、効力が発揮されるのは


【所有者が統治するの自国内】と【所有者自身】

のみ。

ハートレリアを例に挙げるなら、


 殺戮行為が出来るのは自国とその国の国民。

殺戮行為は可能だが他国ではそれは出来ない。


 自国を出て他国で殺戮行為をするなら、

それは【キングクラウン】の所有者に当たる

ミレディ一人しか出来ないのだ。


 そして同じように、


 【スペードファルシオン】

 【ダイアモンドダイス】

にもキングクラウンの力が明かされている。




【ハートレリア】


 ・殺生与奪の権利


 ありとあらゆる生命の命を扱う権利は、ハートレリア国民と所有者にある。



【ダイアモンドダイス】


 ・我価値高奉の権利


 ダイアモンドダイスにおける全ての財産は他国より、万物の価値が二倍となる。



【スペードファルシオン】


 ・絶対不変の権利


 どんな力や能力もこの権利の前では、

この権利の所有者も含め、皆対等に与えられる、

もしくは平等に使えなくなる。


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