第9話


 王と名乗った少女―――ルルティア


その肩書きには不相応でユウマは威厳は微塵も感じられなかった。


 ただ、その自己紹介と向日葵ひまわりのような屈託のない笑顔は、

胸の内にあった無礼なネフェニルという人物像を糸も簡単にかき消した。



 「い、いえ!俺はたまたま居合わせただけでそんな勇者だなんて。」



 つい目をそらしてしまう。


 人に直接面と向かって感謝されることなど

しばらくなかったため、

その不慣れに嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまった。


 可愛らしい少女からのほまれとなれば尚更だった。



 「そうよ姫様、彼はたまたま居合わせただけで勇者でもなんでもないです。

別に私だって一人でもどうにか出来ましたし。

姫様がわざわざ頭を下げるなんてことしなくても。」



 慣れないときめきに、慣れた嫌味を投げるのはアリス。



 「ですが私が彼に命を救っていただけたのは事実です。

お礼もまだでしたので、せめて今晩夕食だけでも御一緒出来きませんか?

召喚される前はどんな武勇を持って生きておられたのか、

食事をしながら御話を聞かせていただけませんか?。」


 

 明るく涼しげな口調から、

興味に色を変えた楽しげな口調に変わっていた。


 ユウマの返事を待たずに両扉からメイド達がサービスワゴンに乗せた色とりどりの料理を運んできては、何処からともなく用意されたテーブルに並べ始めた。


 そしてその場に流されるようにルルティアと共に席に着く。


 料理はどれも手の込んだものばかりで、

野菜料理、肉料理がちょこんと盛られた平皿が所狭しと置かれていった。



 「いや、人様に話せる武勇なんてマジで持ってないです・・・」


 居心地の悪くなった手で頭を先をポリポリとかいて述べるが、

彼女の思考は留まることを知らず、その声は届かず、

細い手を合わせ瞳を閉じると雄弁に思いを馳せ始めてしまった。



 「英雄様といえば、どの書物を読んでも強く勇敢に敵に立ち向かい困難を乗り越える者と書かれております。魔法に宝剣、怪力、仲間を導くカリスマ性、どの主人公も素敵な方々ばかり・・・

 そしてユウマ様も英雄の身でありながら召喚に応えて頂いた。

それを知ってどんな不思議な力を御持ちなのかとお会いするまで気が気じゃありませんでした。

 お会いしたらその武勇を必ずお聞きしたいと思っていたのです。

手から電撃?実は闇の一族?ゴムのように体が伸びたりするのですか!?

まさか!・・・最強の拳術の伝承者!?」



 姫の興味は思想から妄想に進化を遂げ、

解らないことへの探求心で開かれた瞳は朝日のように燦々と輝き早口になっていた。


 

 「いや・・・魔法とかも・・・」



 輝いた真っ直ぐな瞳がこうも心に刺さるものとは思いもよらなかった。


 どうやら彼女は本当にユウマにが特殊な力のあるものだと思っている。


 それも漫画やアニメに出てきそうなチート能力ばかり。

当然ユウマは一般人そんな【俺tueeeeeee】的な能力や異能は持ち合わせていない。


 期待に圧された眼差しに劣等感を感じずにはいられなかった。


 

 「まさか、最後の戦いで己の魔力をすべて使い切り、

今は新たなる旅の途中だったのですか・・・」



 溢れんばかりの妄想の数々を口にしながら、

ときめきと喜びの中で厨二感漂うフレーズに思いを馳せるルルティア。


 当然彼女は悪ふざけではない。本気でそう思い本気で身を案じてくれている。



 『ほんとに何もないの!ごめん!!マジごめん!』

なんて言って楽になりたい喉元には唾を飲んで黙らせた。


 助け舟の視線をアリスに漕いでみたが、彼女ははこちらに目を配ることは無く、

並べられた料理をナイフで小さく切り分け口に運ぶ度に、

嬉しそうな顔を繰り返すだけであり、一向に救難信号に気付いてはくれない。


 するとアリスの向かいに座っていたリーファが両手にフォークとナイフを握り、

何から食べようかと品定めをしながら救難ボートに津波を起こしてきた。



 「あ!姫様!ユーマ様は勇者じゃありませんよ!

私が間違えて連れてきた一般ぴーぷるです」


 


 救難ボート沈没。




 「おい!なんでこのタイミングでそんなばっさり言うんだよ!

純粋な心を踏みにじってるみたいでどうしたらいいか考えてたのに!

もっとこうオブラートにだな・・・」


 

 オブラートを両手で作りながら思考が一停する。



 『今なんと?』



 「もしかして俺を穴の中に蹴り飛ばしたのって!」



 「はい、わたひ、でひゅへど?」



 もぐもぐとおいしそうに野菜を頬張るリーファ。



 「お前か!ウサギを追いかけてただけなのに!!」



 血相を変え席を立つユウマにリーファはぴょこんと耳を立てる。



 「あ、ちなみにそのウサギも私です!」



 ゴクンと大きく飲み込み答える。



「じゃあなにか!

ウサギなのにあの挑発的行動はお前の仕業だったっていうのか!」



 あの日、ウサギをただ追いかけていたのには理由があった。


 目の前にしゃべるウサギが現れてたと思ったら、

いきなりそのウサギに中指を立てられ、

なんともいえない人を小馬鹿にしたような態度をこちらにとってきた。


 それを追いかけたのがことの発端だ。



 「挑発?違いますよ!あれはユウマ様の世界に置いてあった書物

【喧嘩統一・河川敷の男達final】に書いてあった

『相手をこっちに呼ぶ方法』

という挨拶の仕方をしただけです!」



 自分なりに工夫した挨拶を

挑発と言われるのは納得できないリーファは眉をしかめ不満気な表情。


 『相手を呼ぶということに関しては間違えていないが・・・

この場合はなんというかそう。間違えている』


 兎っ子にどう説明したら良いか分からないが、

それよりも少し残念そうに瞳を伏せるルルティアが気になり

それどころではなくなってしまった。



 「そうですか・・・すみません私の早とちりで・・・

で、でも私達の世界を救う勇者様でなくても

こうして私たちはユウマ様に御救い頂けた訳ですし!

私にとっては勇者様は勇者様ですから。

だからあまり気を悪くなさらないでくだいね!」



 時に人の優しさはむなしくも悲しいものだと、

不思議な悟りが心の中で開かれ始める。



いや、しかし


―――世界を救う?


 ゲームでのストーリーモードの最終目標としてよく使われるその言葉にユウマは

興味を惹かれる。



「この世界何かピンチなんですか?」


 

 特に何のためらいもなく聞いてしまったが、

どうやらそれは踏み込んではいけない一線を踏んでしまったようだ。


 一同食事の手が止まる。

ルルティアはそもそも食事に手を付けていなかったが。



 「アリスから御説明はまだだったのですね・・・分かりました。

私がお話いたします。もともと勇者様には御話しをし、御力添えを御願いしようかと思っておりましたから・・・」



 ルルティアはゆっくりと優しげな声でこの世界の成り立ちを語り始めた―――

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