2章 【♣】翠の国とアリス【♣】

第8話

  ―――世の中は記憶ゲーで作られた作業げーによる無理ゲーだ。


 世界には数えきれない文化があって、

それらは覚えきれない言語と数式で出来ている。


人一人の記憶力というは全く持ってそれら全てにかなうことはない。


 

 だから人は方程式や法則をもちい、

生涯にわたってその知を束ね続け、

数多の知を糸のように織り交ぜることでまとくくることで

それを知識と人は自覚なく認識し生活している。



 そうして出来た知識の副産物の一つが【ゲーム】だ。


 今や文明の利器は繁栄の一途を辿り、

電子世界にまで進出したキャラクターでさえ、

知識なくして先に進むことは出来ない。


 使わずとも進もうものなら、

知識のある者より苦渋の道を歩む事を余儀なくされ、

力の差さえ知識には淘汰される。


 

 例えばモンスターを協力して倒すゲームなら、


 モンスターの弱点部位や属性、特性を知識として理解し、

情報を武器として使わなければならない。


 


 モンスターを育て戦わせるゲームなら、


 来るべき場面や敵、状況を把握、

想定し育て上げなければ戦果は挙げられない。


 

 プレイヤー同士で撃ち合うゲームなのであれば、

地形マップを理解し、強い位置取ポジションり、相手の行動パターンを掌握し、

エイムと呼ばれる操作を体に教え、

シュミレーションを重ねることで勝利への方程式を何度も行う。


 つまり、この世すべてにおける勝利の成分とは例外はなく、

挑戦トライアンド失敗エラーなのである。


 その結晶をいくつも持ち合わせた者同士が雌雄を決するとき

結晶は手札へと形を変え、


駆け引きが行われ、戦略へと進化する。


 自分が考え編み出し育てた戦略で相手を負かし、

また負かされることで勝敗が生まれる。


 相手に勝利したとき、他の誰でもない、

自分で自分の集めた結晶達を認め称えることのできる唯一の手段なのだ。


 そしてそれは日常生活において、

誰かに何かを認められたことを自覚したことがない自分にとって

自分自身の存在意義を確認出来る唯一の方法であった。



 当然敗北も数えきれない程あったが、

❝勝利という名の憧れ❞の前では挫折や落胆をしている時間すら惜しく、

❝敗北から学ぶことこそが勝利への近道❞という持論を持っていた。


何より敗北によって粉々に砕かれた努力の結晶さえ、

挑戦トライアンド失敗エラー

から得られる貴重な調合素材となる為、

敗北など苦渋と感じることは一度もなかった。


 その繰り返しこそがゲームの魅力、

勝負の醍醐味だいごみなのだ。



 だが現実社会は違う。


 勝敗もわからず、終わりやゴールが見えない理不尽で退屈な世界。


 自身の努力は他人の気まぐれで評価が常に変わり、

平等に配られた不平等で成り立つ社会。


同じ努力でも、容姿や評価者のご機嫌取りで優劣が大きく変化する。


 自分にとって納得のいく評価でも、常に誰かと比較され、

望んでもいない優劣を他人から勝手に押し付けられる。


 社会では好きでもないことを強要され、

やめれば「逃げた」と揶揄やゆされる。


現実という人生ゲームはとどのつまりクソゲーなのだ。



 その為、現実クソゲーを捨て、

持てる人生を全てゲームに費やしていた。


 現実とは違い、生き方、進み方が出来る自由で

どこまでの自己満足の世界が何より楽しかった。


そして気付いた時には、

あらゆるゲームで上位ランカーに首位していた。


 『勝負の世界は情報戦、≪戦い≫とは戦う前から8割は決まり。

残りは技量、運、そんなところだろう』


 よくやっていたRPGオンラインゲームの仲間の一人、

『かのちょろまつり』という名のつけられた彼が

よく言っていた言葉を思い出した。


 そのゲームでは自らの理想に似せたキャラクターを育て、

モンスターを倒すのは勿論、

プレイヤー同士で戦うことも出来る本格協力アクション系RPG。


 ゲームというジャンルに始めて触れた作品だ。


 右も左も分からない初心者で、

協力ゲームで一人仲間も作れず高難易度ダンジョンに挑み、

【装備破損】【武器大破】【アイテムポーチ】もロスト寸前の瀕死の弱小プレイヤーの自分を助けてくれたのが彼だった。


 それ以来、彼の率いるギルドに所属し、

何か役に立てないかとゲームの腕前の無さを情報収集部隊として動くことで一躍。


 そのギルドを名の知らないものはいない強豪ギルドに仕立て、

諜報員の地位を確立していった。


 もともと、敵のデータや最短ダンジョン攻略ルート、マップ解体といった情報集めが好きだった自分としては地位はゲーム内に置ける天職とも言っていいだろう。


 それからというもの、そのゲームにのめり込み、


 五年がたった頃には、

強豪ギルドの副リーダーを任される程にまで上り詰めていた。

(それでもエイムや操作性といった技能は全く身に付かなかった)


 持ち前の情報収集は他のゲームでもめざましい成果を上げ、

メモ用に取っておいたブログの書き込みはたちまち攻略サイトになる程となり


 おかげで夜はゲーム昼は学業そっちのけで睡眠。


 昼夜の逆転生活が出来上がる為体となった。


 そんな自分に両親の関心は日に日に冷め、

気付いた時には口出しはおろか挨拶一つしなくなっていた。


 今更そんな前の世界を思い出して、どうなのだろう。


よく異世界に飛ばされた勇者や主人公は元のいた世界に帰る為に奮起する物語を耳にするが、

今の自分がもしその立場にあるなら自分の世界に帰って誰かが心底喜んでくれるだろうか・・・


 まあ、そんな悲しいことは無しとして、


 やり残したゲームの攻略や敵モンスターの能力値グラフの制作が半端なままなのは名残惜しいところではある。


 退屈と窮屈だらけの毎日とは決別し、


 今までの常識が通らないこの情報未開拓の地を、

見て回るのはちょと面白いかもしれない。―――


 


 そう思ったのはここ、リーフリリア森王国、

第七階層応接室西の大部屋と呼ばれる白を基調とした大部屋に招かれてからのことである。


 ここへ帰る道中、平坦で何も面白みのない小道を風景に、

 リーフリリアの女王様が寄越してくれた迎えの馬車の中で、

アリスから森と共に繁栄を気付いてきた国に向かうと聞いていた。


 その為、小さくこじんまりとした国だとばかり思っていたが、

その想像の遥か上をいっていた。


 馬車を降りれば平原から一変、

黄土で練り建てられた沢山の建造物や市場が立ち並び、

外国の中世を思わせるような光景だった。


 当然中世はおろか外国など行ったことはない。


 冒険ゲームかなんかで中盤でよくある栄町、

そんなイメージぴったりの賑わいに溢れる城著漂う町。


 白い巨城への通りは長く広く、

横に構える建造物は同じ黄土色のブロックで整えられている。


 それはこの世界の治安の良さを示していた。

人も多い、右往左往、沢山の人が忙しく動き威勢を挙げている。


 町を歩いてそんな繁華街が広がった王国だと思った。


 しかしこの城の従者(メイド服万歳)が案内してくれたこの城の応接室と呼ばれた部屋の大窓から見える景色は少し違っていた。


 太陽はすでに眠りに就こうと沈みかけてはいるが、


 町を囲み何者も通さんとする城壁が囲っているのは町だけではないことが確認できる。


 歩いてきた城下町以外は一面木々に埋め尽くされた森だったのだ。


 木の葉たちは西日を受け群青を捨て赤く燃えている。


 そんな防壁に沈む夕日を見送っているとこの部屋の扉が開いた




 「どう?素敵な町でしょう?」



 窓からの黄昏をそのまま映したような瞳、アリスだ。


彼女は丁寧に扉閉めると傍らで同じ景色に身置く。


 ミレディとの一戦以降この世界について色々聞いてみたが、



「人の話聞かないから嫌よ」



 と一蹴され、目的地であったこの国の話しかしてくれなかった不機嫌な彼女。

夕日に照らされる彼女はやはり美しいとユウマは少しだけ惚けてしまった。


 同時にこの女の子が命を賭して守ったネフェニルという者にちょっとした苛立ちもがあったことを思い出す。


 せっかく死の淵から救ったにも関わらず、

自分は勝負が決してすぐに迎えが来たらしく、

顔を見せるどころか礼も無く自国に先に帰ったというのだから。


 その話を赤い兵に聞いてから顔色一つ変えず適当に相槌を打って帰ることを決めたアリスにも納得できていないところもある。


 この世界はお礼という常識概念がないのだろうか。




 再び扉が開く、メイド達が何名も入ってくると、客間の中央に設けられた部屋いっぱいに陣取る長机に収められていていた椅子を引き、座るように促してきた。


 二人は席に着くと、メイド達に紛れて一人見覚えのある姿。




 「ただ今参上つかまつりましたぁ!」




 明るい声、語尾に垂れる甘い変声。リーファだ。


 この静粛な場でも身振りそぶりは控えることを知らない。


 敬礼の手振りでアリスに一礼をすると従者が引いた椅子に宙返りでぽふんと座って見せる。彼女からは笑顔が零れていた。


 アリスは彼女の一連の動きを毎度のようにという口調で止めるよう説得。


 その後。




一室の隅に並んだメイド達の一斉の平伏を合図に、三人の招待者が入場してきた。


 アリスと同じくらいの年齢だろうか、髪もアリスと同じくらい長い。

髪色は秋穂のような柔らかい芒色すすきいろ


こめかみから降りた毛先はゆるくカールし、


 それを模するように髪全体がゆったりとした巻き髪に彼女を包んでいた。


 銀にも見える白いドレスはさながら一国の主、


 そうでなければ絵に描いたような御姫様、その形そのものだった。


 それを証拠に頭にはシルバーの小さなティアラが夕日を受け金色に輝きを放つ。




 メイドの達の制令とその風貌にユウマはすぐさまリーフリリアの国王と解した。

しかし一国の王として少し頼りない小さな体躯だった。


体に合った小さなドレスのショールでも華奢な肩を晒しても。


 上品な純白のセデュースはまず他の女性では入らないであろう、細い腕と小さな手が前で組まれている。


 

「この度は、リーフリリアの危機を救ってくださりありがとうございます。」



 何処かで聞いたことのあるような感謝の定型文。


 しかしその声は澄み切った涼風のように静かさと気品に満ちた、

先例のない鮮麗な声だった。


 音も立てず頭をさげる彼女におずおずとユウマも頭を下げる。


 引かれた椅子にメイド微笑みかけながらゆったりと座ると彼女は続けた。



 「まずは自己紹介が遅れてしまったこと、お詫びいたします・・・

 わたくしはルルティア・アークダイト・ネフェニル。

リーフリリアの現国王であり《ラプソルティズン》の所有者を務めさせて頂いています。

 名前も覚えづらいですし皆様からはルルと呼んで頂いていますのでユーマ様も気軽にルルと御呼びくださいませ。」




 彼女―――ルルティアは親しげなニュアンスで微笑みかけてきた。


 自らを王と名乗っていながらも威厳や厳格なもの言いは一切なく、

ただ年頃の女の子が上品な姿で親しげに話しかけてくる。


 そんな緊張感のない雰囲気にユウマは少し戸惑う。


 しかし戸惑いもつかの間、閃きが脳裏に繋がった。



 「ネフェニル・・・え?

ネフェニルってあのミレディって人に捕まってたあのネフェニル?」



 「はい!この度はアリスの命、国の存亡、

そして私の命まで御救い頂き、

勇者様には感謝の気持ちでなんと御礼をもうしあげたらよいか!」



 一輪の花のような少女は、

花束ブーケのような惜しみない笑顔をユウマに向けた。

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