第25話 未知


 在変戦争について未知の部分が多すぎた。

 リリーたちがレメラスを訪れるよりも前に、出ている文献や書籍、電子記録を片っ端から調べている。

 レメラスの消失により終戦となった。それが史実であるが、月人は同時に撤退したとされ、その後の活動について記されてはいない。

 だから、月人は居住地に戻ったのとばかり考えていた。


 しかし、戦争の当事者であるベルティが言う。

 月人は廃棄区画に投げ込んだ。

 それが何を意味するのか、完全に理解できたわけではないものの、ひっかかるものがある。


「その、ツーちゃんというのは?」

「ツーちゃんは指揮官サマの弟だよ」


 リリーはひとつひとつ、情報を整理しようと試みる。


「では、廃棄区画というのは何なのでしょう?」

「えっとねぇ……ああ、ここ。ほら、ここに映っているでしょ~。ここがね、廃棄区画に繋がってるの」


 そう言ってベルティが指さしたのは、各場所を映しているモニターだった。

 その中のひとつ、金属板が中央に置かれた部屋の奥。半開きになっている扉を指している。


「捨てられるとき、この上に止められて切られるんだ。それで、バラバラにされるとこの奥に入れられる。奥は火葬炉に繋がっているから、廃棄区画って呼ぶの。ツーちゃんはね、作戦失敗を怒られてバラバラにされそうになったんだけど、怒って逆にみぃーんなをバラバラにしちゃったんだ」


 体が震えた。

 指揮官がセロであり、その弟と言えばジェメトーレを襲ったツヴァイであることがわかる。そんな彼が月人を殺していたというのだから。

 知らなかった話に、リリーは混乱していた。


「どうかしたぁ?」

「い、いえ。あまりにも衝撃的な内容だったので……」

「そぉ?」


 何のことないという反応を示すベルティ。どうやらベイルと人間では、心の作りもどこか違うのかもしれない。共感を持つことをしてこなかったのか、させないようになっていたのか。生い立ちによって心は変わるものではあるが、殺めることに対して平然としている彼女がどれだけ過酷な生活を強いられてきたのかと思うと涙が出そうだった。

 それを堪え、リリーはそっとダーレンの亡骸に触れて瞳を閉じさせる。両手を合わせて黙とうをささげた。


「人間って変わってるね」

「……そんなことないですよ。それよりも、貴方達を生み出した者がいなくなったのなら、ベルティさん。貴方はもう自由だったのではないですか?」

「自由なんて知らないよ。アタシはツーちゃんに従うのが仕事……あ、でも」

「でも?」

「ツーちゃん、悲しそうだったな、って」


 前言撤回。ベルティにも他の者を思う心がある。

 それに安堵し、リリーは立ち上がり、ベルティの目を見つめた。


「どうしてそう思ったのですか?」

「うーん? なんかね、空を見てぼーっとしてたから?」

「ぼーっと?」

「うん。いっつも青空見上げたら、ため息をついてたの。なんでって聞いたけど、教えてくれなかった」


 リリーは頷きながら耳を傾ける。


「ベイルが暮らせる世界にしたいのも、今まで大変だったからだもん。指揮官サマがいなくなって、全部の責任を押し付けられて。処分されそうになったアタシたちを助けてくれたり、大変そうだった。誰かが眠ってしまったら、すごーく悲しそうな目をしてたよ」

「そうなんですね……でしたら、悲しむ人がいれば、手を貸しましょう」

「ええ? でも、お買い物したいし……」

「お買い物はそのあとです。みんなでお買い物をした方が楽しいでしょう?」

「確かに! じゃあ、ツーちゃんと、ザジちゃんも一緒にお買い物連れていってもいい?」

「ええ! 私もアイルと、セロさんも一緒でいいですか?」

「いーよー! みんなで行こ~!」


 女子二人、わいわいと花を咲かせる。

 言い方を変えれば丸め込んだと同じだが、先が見えてきてリリーはほっと一息つくのだった。


「では、一緒に連れていくために皆さんを探しましょう?」

「はぁ~い。アタシ、いる場所わかるから案内するねぇ」


 軽い言葉遣いでリリーはその場から離れる。

 残された亡きダーレンのことを想い、リリーはこの先も生きることを決意するのであった。



 ☆☆☆☆☆



 レメラスに立ち入ることができずに止まっていたアイルは、苦しみもがいていた。

 護衛と言いながら何もできていないことに悔やみ、動くことができない。リリーが生きているかもしれないと言われても、死んでしまったらということを考えたら負の思考に陥ってしまい、身動きできなかったのだ。


 黒煙が上がる場所を見つめ、きっとその場所にセロが向かったのだとは考えた。リリーがそこにいるかもしれないことも。


「俺は……」


 どうするべきか。

 恐怖と勇気では前者の方が勝ってしまう。情けなくて、また絶望に陥るというループだ。

 それを絶ち切ったのは、バチバチと音を立てながら光る閃光だった。

 意識がそれに向けば、すぐさまベイルの気配を感じ取る。ハッとして顔を前を見れば、ゆっくりやって来る男がいた。


「ダサすぎますね。まあ、それが人間というものでしょうが」

「お前は……ツヴァイ、だな」

「よくご存じで。その通りです」


 黒のコートをたなびかせ、幼さの残る顔でアイルに近づく。

 アイルはダガーを取って構えた。


「それで僕を倒せるとでも? ベイルの僕を」

「まさか。でも、ひるませるぐらいならできなくはない」

「結構な自信家ですね。それは、共存するベイルのおかげです?」


 否定しなかった。

 その通りだったのだ。

 驚異的な回復力を持ち合わせているベイルと同じ肉体を使っているために、多少の荒事なら対応できる。加えて、鍛え上げた戦闘技術をもってすれば、肉を切らせて骨を切るように対抗できるはずだ。

 セロほどの腕はないが、逃げ道は作れると考えていた。


「ベイルであれば、生かしておきます。ですが、人間は消します。この術式をもってすればそれが可能ですから」


 そういうと、ツヴァイはアイルに背を向けた。

 どうやら彼は戦う意思はないらしい。あくまでも目的を果たすためにレメラスの都市の前にやってきたようだ。


 戦わなくて済むならそれでいいと、アイルはダガーを降ろす。

 一方でツヴァイは地面に両手をついた。

 そこから黒い光が地面を走る。すると、上空へ昇るように薄い光の壁が現れた。


「うん。中に人間はいるようですね。サイズはやや小さいし、数も多くないようですが、発動には差し支えないでしょう……おや? 兄さんもいる……まあいいか。兄さんはどうにかするでしょうし」


 ツヴァイは集中して気配を辿っていた。ひとつひとつ細かく手に取るようにわかるのか、セロのこともわかったようである。


「うん? 地下に人間……あ、ひとつ消えましたね。誰です、ベルティと仲良くしているのは。人間? まったく、彼女にも呆れたものです」


 ぼやくように言う言葉を、アイルは離れて聞いている。

 聞かれても問題ないからか、ツヴァイは瞳を閉じて気配と声を辿る。彼は地を這う光により、内部にいるベルティとコミュニケーションをとっていた。


「ベルティ。その者は? うん? リリー? 人間じゃないですか。知りませんよ、そんな約束。ふんっ、まあいいでしょう。各自、身を守るようにしてください」

「おい待て、今リリーと言ったな?」


 聞き逃せない名前だった。

 思わず口を挟むと、ツヴァイは面倒くさそうに振り返る。

 そして、小さくため息をつく。

 その態度が、アイルをさらに苛立たせる。


「リリーがいるのか?」

「はぁ、だったら何だというのですか。これから死にゆく者の名前なんて、覚えていられないですよ」


 冷たく言い放つ。

 だが、リリーが地下にいることは間違いなさそうだ。

 それだけで十分だった。

 彼女が無事ならば、あとは自分が頑張ればいいだけなのだから。

 アイルは目に光を取り戻し、彼女を探しに向かおうとした。しかし。


「いっ……これは? 壁?」


 アイルはレメラスを囲う光の壁にぶつかる。

 たかが光のように見えたが、外部からの侵入を阻む障壁となっていた。


 触れれば弾かれるような感覚があり、無理矢理通ろうとしても弾き返されるだろうことは予想できた。これがある限り、外からの助けを呼ぶこともできない。

 また、レメラスに入ろうとすることも不可能だ。


「開けろ」

「無理な話です。もう、発動していますから」


 光は強くなる。

 目をつむるほどのまばゆい光に、アイルは腕で顔を覆いながら叫ぶ。


「やめろ! リリーを出してくれ!」


 アイルの言葉を聞き入れず、レメラスは都市ごと飲み込むほどに輝きを増していく。


「やめろーーーーっ!!」


 声も空しく、眩しさに堪えられずにアイルは目を閉じるしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る