魔法聖女は帰りたい
宮杜 有天
パイロット版
不自然なほど人のいないオフィス街をシビルサファイアが駆ける。そのスピードに青色のショートヘアがなびいた。青と白を基調としたワンピース姿が目指すのは漆黒の巨大な存在。
「
シビルサファイアが叫ぶ。
「来るか、
黒魔女王は白目のない黒い
腰まで伸びた黒い髪と黒いドレス。肌だけが雪のように白かった。そして黒魔女王は七メートルはあろうかという巨体だった。
双方の距離が縮まる。シビルサファイアはニーソックスを履いた長い脚でアスファルトを蹴り大きく跳躍すると、刀を上段に振りかぶった。跳躍が頂点に達する。黒魔女王の顔と同じ高さ。互いの視線が交錯した。
「
その言葉と共に、刀身が青い炎で包まれる。シビルサファイアは落下の勢いを利用して刀を振り下ろした。蒼炎の一閃が黒魔女王の正中線をなぞった。
シビルサファイアの後ろから黄色いツインテールの少女――シビルトパーズが現れる。
黄色と白を基調としたワンピース姿。色以外のデザインはシビルサファイアと同じだが、膝下を優美な曲線の
シビルトパーズは素早いステップを踏むと、跳躍しながら派手なターンをする。そして回転の終わりに右脚を伸ばし、黒魔女王に向けて蹴りを放った。
「
足先から黄色い光の虎が生み出される。光る虎は黒魔女王を貫いた。
黒魔女王の体が揺れる。
「
その声と共に、紫色に光る矢が上空に打ち上げられた。
弓を放ったのは紫色のポニーテールの少女――シビルアメジストだ。紫と白を基調としたワンピースのデザインは、色を除けば他の二人と同じだ。
矢は無数の
黒魔女王の動きが完全に止まった。
「ホゥホゥ。みんな、今じゃ!」
叫んだのは小型犬ほどもある、丸っこい体型の
三人の白魔女たちの首もとに飾られたリボン――その真ん中にある楕円形の宝石が光を放つ。サファイアは青く。トパーズは黄色に。そしてアメジストは紫へ。
光は球となり、各々が持つ武器の周りを廻った。
シビルサファイアが刀の切っ先を。シビルトパーズは優雅に蹴り上げたつま先を。シビルアメジストはつがえた光の矢を。そのすべてが一斉に黒魔女王へと向けられる。
「
三人が同時に叫んだ。三色の光は互いに絡み合い一つの光線となって黒魔女王を包む。
黒魔女王の体にいくつも亀裂が走った。それに沿って白い光が溢れ始める。
「素直に浄化などされてやるものか!」
怨嗟の叫びを上げる黒魔女王。亀裂から溢れ出る光の更に奥から、
「ホゥ!? 魔力を暴走させて、結界ごと時空を切り裂きよったぞ!」
梟の言葉を裏付けるかのように、空間全体が割れた鏡のごとくバラバラになっていく。
突如、黒魔女王の背後に黒く丸い穴が現れた。破片となった空間が、そして白魔女たちがその中へ吸い込まれ始める。
「ほれ道連れだ。皆、飲み込まれてしまうがいい」
「イネス!」
「任せるのじゃ!」
シビルサファイアの声に
そして逆再生をかけたように空間の破片が戻っていく中、黒魔女王の破片だけが変わらず穴へと引き込まれていく。
「おのれ!」
黒魔女王の顔が写る破片から、黒い手のようなものが出てくる。それは真っ直ぐにシビルサファイアへ向けて伸びた。
「!」
着地で体勢を整えた分、反応が遅れた。刀で切り落とそうにも間に合わない。
しかし黒い手がシビルサファイアを捕らえようとした瞬間、彼女は何者かに突き飛ばされた。
シビルサファイアを突き飛ばしたのは、白魔女たちと似た、しかし黒魔女王を彷彿とさせるワンピース姿の少女だった。少女は黒い手に掴まれ、穴へと引き込まれていく。
「ヘクスアクアマリン!」
シビルサファイアが手を伸ばし叫ぶ。だがその手はダークブルーの長髪の少女――ヘクスアクアマリンに僅かに届かない。
「なんで――」
「
ヘクスアクアマリンは一旦言葉を止め、淡い笑みを浮かべた。
「同じよ」
ヘクスアクアマリンが次元の穴へと消えようとする。それを見たシビルサファイアが地面を蹴った。
「おい、何を――」
驚きを隠せない
「ごめんみんな。あたしほっとけない。きっと帰ってくるから。ヘクスアクアマリンと――ユーリと二人で!」
「莫迦! カリンの莫迦!」
自分に向けて飛び込んでくるシビルサファイア――カリンを見て、ユーリが叫んだ。
黒魔女王の破片と二人の少女を飲み込むと、黒い穴は消えてしまった。
☆
「カリン! カリン!」
自分の名を呼ぶ声でカリンは我に返る。声をした方を向けば、そこには白い法衣を来た少女が座っていた。
「ボーッとして、どうしたのですか?」
青い瞳がカリンを見つめている。肩までの長さのハニーブロンドの髪。目は大きく、鼻と口は小さい。まるで人形みたいに整った顔。それもとびっきり可愛い人形だ。
対するカリンは典型的な日本人顔だった。黒い髪に黒い瞳。可愛い方だとは自分でも思っている。だが目の前の少女を見ていると、思わずため息が出る。
「ちょっとね。向こうの世界のこと、思い出してたの」
そう言ってカリンは窓の外に目を向けた。二人がいるのは馬車の中。心地よい揺れに誘われてうつらうつらしていたカリンは、この世界に来ることになったきっかけを思い出していた。
「何をですか、カリン。聞かせてください!」
無邪気な様子で目の前の少女――第二十七代聖女ターシャ・ダイアモンドは言う。彼女はカリンの言葉に目を輝かせていた。
「何って、何度も話したやつよ。この世界に来る直前の出来事」
この世界。カリンがいたのとは違う、いわゆる異世界に来る直前の出来事。思い出していたのは黒魔女王との戦いだ。
あの戦いの最後で、黒魔女王は次元に穴を開けてカリンたちを道連れにしようとした。そしてカリンを庇って巻き込まれた仲間――ユーリを取り戻す為に、彼女は次元の穴に飛び込んだのだ。
気づけばカリンは一人でこの世界に来ていた。日本とは違う、ファンタジー映画に出てきそうな世界へと。
「わたし何度もでも聞きたいです。初代聖女様の世界の話を!」
向かいに座るターシャが身を乗り出してくる。カリンはターシャの期待に満ちた顔を見ながらため息をついた。
ターシャの言う初代聖女とは、この国――サーヤ聖王国の礎を作ったという
「初代聖女……かぁ。多分、あたしと同じ日本人なんだろうけど……」
カリンがそう考えるのには
但し、文字の方はクセの強い丸文字でカリンは読むのに少し苦労したが。
初代聖女が使っていた言葉と文字が元になっているということなので、彼女が日本人なのは間違いないだろう。
「そのニホンでは、カリンのような服も流行っているのでしょう?」
「え……流行ってるって言うか、これが普通なんだけど……」
カリンが今着ているのは、ハーフパンツにTシャツ、ショート丈のアウタージャケットだった。この世界の一般的な服装とデザインだけでなく、素材からして違う。
「王都でもそんな服はみたことないもの。それに靴も」
そしてカリンが履いているのは化学繊維で作られたスニーカーだった。
「ああ。うん。多分そうだよね」
カリンは少し困ったように言う。彼女は王都に行ったことはない。だが、ターシャとの旅で普通の街に立ち寄ることはあった。そこで見た人々はみな、カリンのいた日本とはまったく違う服装をしていた。
近いのはヨーロッパの民族衣装。靴も基本は革靴だ。
「聖女様、着きました」
馬車が停まり、扉の向こうから若い男の声がした。台を置く音がした後に扉が開く。
外には若い騎士が一人立っていた。
カリンが先に外に出ようと席を立った。置かれた台に足をかけると同時に手が目の前に差し伸べられる。
カリンの動きが止まった。手を差し伸べた騎士を思わず見る。
「どうしたカリン?」
騎士がカリンを見て不思議そうに言う。
「な、なんでもないっ。ありがと、ルーク!」
カリンは騎士――ルークの手を取ると、馬車の外へと足を降ろした。僅かに彼女の顔を赤い。今回が初めてではないが、TVでしか見たことないようなイケメンに手を取られるのは慣れない。
逆にルークの方は慣れた様子で、今度はターシャが降りてくるのを手伝っている。ターシャの方も言わずもがな、だ。
カリンは辺りを見回した。馬車が停まっているのは小さな村の入り口だ。家の殆どが倒壊していた。村人の姿はどこにもない。今、この村にいるのはカリンとターシャ。そしてルークを含め五人の聖騎士たちのみだ。
「村人の避難は済んでいます。それと――」聖騎士の一人が言う。「魔物は村の中心に居座っているのを確認してます」
「よし。聖女様を中心としたいつもの陣形で行く。あー、カリン殿は……」
「分かってます。ターシャと一緒に中央で待機。でも余裕があれば攻撃には参加します。決してみなさんの邪魔はしませんから」
中年の聖騎士の言葉に、カリンは喰い気味に答えた。中年の騎士が肩を竦める。
「期待してるよ、カリン」
他の聖騎士たちも、みな装備を整え始める。
「任せて」
そう言ってカリンは目を閉じると、首もとに両手を持ってきた。ボールを持つように手のひらを迎え合わせた中心に青い宝石が現れる。
宝石が輝き、帯のような光が溢れる。それはカリンの全身を包み、彼女を
「わたしも頑張ります!」
慌てた調子でターシャが言う。彼女はカリンのように両手を迎え合わせにした。違うのは彼女手の位置が胸のあたりということと、中心に現れたのが三十センチほどのスティックということだ。
スティックの先端には羽根を模した飾りがあり、ダイアモンドが取り付けられている。スティックはすぐに伸びて、ターシャの身長ほどの長さの杖になった。
彼女が持っているのは初代聖女から受け継がれたという〝浄化の杖〟だ。
「わたしもカリンみたいに着替えたいです。この服は可愛くありません」
カリンと自分の法衣を見比べながらターシャは言う。その口調はどこか不満げだ。
「そうだ、今度どこかの街に寄ったら、新しい服を作りましょう! カリンとお揃いの衣装を!」
「何言ってるんですか。無駄遣いするお金はありません」
まるで最高の思いつきだといわんばかりの笑顔を浮かべているターシャを見て、ルークは呆れたように言った。
「ルーくんはわたしに厳し過ぎです。そしてカリンには甘いです」
「は? な、なにを言ってるんですか聖女様。俺がいつカリンを甘やかしましたか!?」慌てたようなルークの声。
「それです。カリンの事はカリンって呼ぶのに、わたしの事は名前で呼んでくれません。昔みたいにターシャって呼んで欲しいです」
「昔とは違います。今の俺は聖騎士で、貴女は聖女様じゃないですか」
「でもカリンもわたしと同じように浄化の力が使えます。ならカリンも聖女ではないのですか?」
「……それは」ルークは言い淀む。「カリンが聖女様と呼ばれたくないって言うから……」
「ルーくんはカリンの言うことは聞くのに、わたしの言うことは聞いてくれません。ルーくんはカリンに甘いです。甘々です!」
「あ、ちょっと! ちゃんと陣形を組まないと!」
ターシャは村の中へと歩いていく。ルークを含め、聖騎士たちが慌てて聖女の後を追いかける。
(初代聖女は多分、魔法少女だ)ターシャの持つ杖を見ながらカリンは心の中で呟く。(それも白魔女とは別の)
ターシャの使う浄化の力とカリンの力は同質だ。別の世界から来たという初代聖女も魔法少女だったのだろう。そして初代聖女はその力で大陸に巣くっていた魔物を退けた後、自分の世界へと帰ったという。〝浄化の杖〟と聖獣を残して。
それはカリンも自分の世界へ帰れる可能性があるということだ。
(ユーリを見つけてあたしは自分の世界へ帰る)
その手がかりを得るためにも、カリンはターシャたちと旅をする。聖獣がいるという塔へ向かって。
「少しずつでもいい。希望がある限り、あたしは進んでいく」
カリンは自らの決意を確かめるように呟くと、ターシャたちの後を追って力強く走り出した。
魔法聖女は帰りたい 宮杜 有天 @kutou10
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