やっと、夫が死んだ。
らいなわき
第1話
やっと夫が死んだ。
私は財産目当てに、ある金持ちの老人の後妻になった。
だが、その老人の家族が私を凄く怪しんだ。
当然と言えば当然だろう。老い先短い金持ちの老人と、30歳の女が結婚。
とてつもなく怪しい匂いしかしない。
だが、どれだけ家族に結婚を反対されても老人は、私と結婚する、と言って聞かなかった。
そのお陰で、私は無事結婚することが出来た。
そして、それからもバレないようにする為、美味しい料理を作り、一緒に旅行も行き、良い奥さんを演じた。
老人は私が財産を狙っている、などと疑っている様子が全くなく、私のすることに一々喜んだ。
料理を食べれば必ず「うわっ美味しいよ!いつもありがとうね」と大袈裟過ぎるぐらいに言ってくるし、旅行に行けば写真を沢山撮り、自分の家族たちに「この間はここに行って、景色も彩子さんも凄い綺麗だった!」と幸せそうに惚気ける。
鬱陶しかった。こっちは金目当てでやってんだよ、そうじゃなきゃあんたなんかと旅行なんか行くかよ、と。
でも、それは最初のうちだけだった。
そんな日々を過ごすにつれ、私は何処か居心地の良さを覚え始めていたのだ。
私は小さい頃、両親に虐待されていた。
寝坊したら殴って起こされ、料理を作れと言われて作っても「まずい」と言われて捨てられた。
口答えをしようものなら首を絞められて殺されかけたし、しまいには気分次第で殴られた。
ある日それをたまたま見た近所の人が通報し、両親とも逮捕された。
私は施設に預けられた。
いつか両親が迎えに来てくれるだろう、と思っていた。
でも結局、施設でそのまま高校を卒業して就職し、一人暮らしする事になった。
私は二人にとっていらない子だったんだ。
卒業式の夜、そう思い知り枕を濡らした。
私は家族の愛情というものを受けられないまま、社会人になった。
それから一人暮らししたはいいものの、日々のストレスからか大量に買い物をするようになってしまった。
服やバッグなど目に付いたものが欲しくなってしまう。買った所で大して使わないのにだ。
そんな生活が続くはずもなく、直ぐにお金は底をついた。
元々余裕のある暮らしでもないのだから、当然の結果だ。
途方に果て悩んでいた時、私の視界に入ってきたのは一軒のキャバクラだった。
幸い容姿には恵まれていて、コミュニケーションを取るのも苦に感じる方では無かったのでやってみようと思い、その世界に飛び込んだ。
すると、向いていたのか直ぐに結果が表れ、お金が面白いように貯まった。
だが、この世界は厄介な事にそんな若い芽を見過ごしはしなかった。
嫉妬からか、ベテランの人達が私に嫌がらせをするようになったのだ。
ただ身の危険を感じたりするレベルの事は無かったので、気にしないようにしていたのだが、そんなある日のこと。
休日の夜にふとコンビニへ行こうとした時、前からガタイのいい男が近付いてきて、私にキャバクラを辞めるように言ってきたのだ。
「はぁ?何故ですか?意味分からないんですが」と反論した私に、男は何の躊躇も無く顔面を殴りつけて来た。
5発、6発殴られたところで男はそそくさとその場を後にした。
久々の痛みに涙が流れる。口の中は血の味がして、鼻の骨が折れていた。
どうして?という疑問と恐怖が脳内を駆け巡ったまま、翌日。
一応仕事場へ向かったが、当然ながら仕事をさせて貰えなく帰るしか無かった。
その時、私に嫌がらせをしていた奴らが笑っていたのが目に入った。
こいつがあの男に指示したんだ──
そう理解した瞬間、私の中の何かが切れ、気付くと殴り掛かっていた。
しかし、その拳は届くこと無く周りのスタッフ達に止められ、即刻クビを宣告された。
何故、私にばかりこんな事が起きるのか。
幸せそうに街を歩いている家族を横目に見ながら、そう嘆く。
私の人生ってなんなんだろう。
産まれてきた意味って、あったのかな。
今まで考えないようにしていた事を深く考えてしまい、涙が止めどなく溢れた。
人目もはばからず泣いて、泣いて、泣いた。
老人との出会いはそんな時だった。
「お嬢さん、どうしたんだい?大丈夫?」
と泣いている私に老人は声を掛けてきたのだ。
顔を上げると老人は私の腫れ上がった顔を見て心配し、知り合いの医者がいる病院に私を連れて行った。
その道すがら、ある大企業の社長だったことや、最近奥さんを亡くしたこと、などを話してくれた。
「話し相手が欲しかったんだ」
「どうして助けてくれたのか」という私の問いに対し微笑みながら、老人はそう答えた。
その時私は思ったのだ。私が生きる方法はこれしかない、と。
私はそこからお礼と称して、何回も食事に行ったり手料理を振る舞ったりと、積極的にアプローチした。
料理は子どもの頃以来だったので、料理教室に通い、雑誌を買って、必死に覚えた。
その努力が実り、何とか結婚まで漕ぎ着ける事が出来た。
だが、ここでバレて離婚なんて事になったら一瞬でパーになってしまう。
その為、バレないように演じた。全ては自分が生きる為に。
どれだけ夫が鬱陶しくてもそう考えれば耐えれるはずだ。
そう思っていたのに。
鬱陶しさどころか、自分の居場所を感じていた。
寝坊をしてもミスをしても殴られない。
自分が作った料理を「まずい」と捨てるどころか、美味しそうに味わってくれる。
私は自分でも気付かぬうちに、どうすれば彼が喜んでくれるか、と考えていた。
そうした日々を過ごしていると、私の心に何か暖かいものが生まれたのが分かった。
それが何なのかは分からない。だが、それに触れると安心して、この人を大切にしよう、と思えるものだった。
夫が死んだのは、その翌日のことだった。
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