第23話


 学校が終わったその日の夕方、俺は洞窟にいる本物の名取慎吾と入れ替わる格好で、異世界の冒険の旅へと出ることになった。


 外はまだまだ眩しいくらい明るい。今度は逆に、雨が降り出した現実世界と違ってこっちの天気は良かった。【七大魔境】の一つと呼ばれる『深淵の森』を駆け抜けたのち、しばらくして例の村をちらっと見ると、晴れていることもあって印象が微妙に違った。


 なんていうか、雨が降ってたときは異世界っぽくて面白いと感じる一方で『深淵の森』に近いこともあって余所者を寄せ付けない感じの雰囲気も少し漂ってたが、打って変わって虫も殺せないような優しい顔を見せていたんだ。いかにも辺鄙で長閑な村といったところか。まあこっちが見慣れたってのもあるのかもしれないが。


 そういや、一応あのとき泊まった宿を探ってみたが完全に無人で、エシカテーゼとかいうワンピースの少女とジャフっていう蛇男は近くにいないのがわかった。どっちも迷惑系マジカルユーチューバーってことで、あそこを拠点にして宿泊客や通行人なんかをカモにしてたんだろうな。


 冒険者ギルドみたいのものがあるかと思って一応探してみたが、それらしきものはまったく見当たらなかった。


 そういうわけで、この辺にいたらまたあいつらにいつ遭遇するかもわからないと考え、俺は先を急いだ。次はもっと大きな町へ行くつもりだし、そこへの道筋は【地図】スキルの効果で輝いて見えるので、ただひたすら走るだけでいいんだ。


 ……とはいえ、いくらスピードに自信があるといっても、遠くまで行ってからまた例の洞窟へと戻るっていうのもしんどい気がするな。スキル枠はあるわけだし、瞬時に戻れるようなスキルがあればなぁ。ん、半透明の窓が久々に出てきた。


『【テレポート】スキルを獲得しました』


 おっ、いいねえ。痒いところにも余裕で手が届くこの感じ。大体想像通りだとは思うが、【鑑定】スキルで一応効果を調べてみっか。


【テレポート】:半径10メートル以内、または一度行ったことのある場所であれば、どこへでも一瞬で飛ぶことができる。ただし、再使用には三秒ほど時間を有する上、次元を超えることはできない。


 なるほどなあ。ほぼ俺の思った通りだが、三秒間のクールタイムみたいなのがあるのは意外だった。場合によっちゃ韋駄天の靴+高い俊敏値を生かして走ったほうが速いってわけだな。


 そういうことを考えてる間にも、俺は尋常じゃない速度で走っていて、まるで自分の実体がなくなって風にでもなったかのような気分を味わっていた。それくらい体が軽くて足が渦巻状になって飛べるんじゃないかって錯覚を起こしてしまうんだ。しかも、技術値もあるから障害物等でバランスを崩すことなく走り抜けてしまうので、走っている間はより何も考えなくていいという状況になる。


「――あっ……」


 あれからどれくらい経ったんだろうか。眠るようにスイスイと走っていた俺の眼前に、茜色に染まった四角い建物群が顔を覗かせてきた。


 いつの間にか周囲がここまで暗くなってて、それに自分が今まで気付かなかったことにも驚きだが、町のスケールのでかさがあの村とあまりにも違うので、まずその部分で面食らう格好になった。まさに都といったところか。


 あれほどの規模の町なら、冒険者ギルドってのもちゃんとあって、俺もマジカルユーチューバーっていうものになれるのかもしれない。というか、こんだけ速く走ってるってのに全然着く気配がないとか……どんだけ遠いんだか。


 こうなったらちっとは本気を出して走ろうかなってことで、ステータスポイントも1300あるから結構余ってるのでそのうちの300ポイントを俊敏値に振って901とした。これならすぐ到着するはず。


「――ふう……」


 走るというより、もう空間を突き抜けるようにして町の入り口へ到着する頃には、周囲はすっかり暗くなってしまっていた。さあて、こんな時間帯になってしまったが、気を取り直して念願のギルドへ向かうとしよう。


「すみませんが、この時間帯はギルドの受付はやっておりませんので……」

「そ、そうなんですか」

「はい、申し訳ありません……」


【地図】スキルを頼りにギルドへ行くも、受付には男が立っていて困惑した顔でそんなことを言われた。場所はここで合ってるはずだがと再度訊ねると、そこは夜になると酒場になり、冒険者の登録等は受け付けてないんだとか。なんでも、酒に酔った勢いで受付嬢に絡む冒険者もいるとかで。まあよく考えりゃ、そりゃそうだよな。


 しょうがない。匂いにつられたのもあるが、俺も一杯やるか。銅貨1枚で酒をいただくことにした。


 それにしても、こうして飲みながら周囲をちらちらと見やると、馬頭の獣人だの猫耳の亜人だの、色んな種族がいるのがわかる。初めて蛇男のジャフを見たときはびっくりしたが、あれ以上の衝撃はそうはないだろうってことで落ち着いて見られた。


「ちょっと、いいかい」

「…………」

「あんた、別世界から来たんだろ」

「えっ、俺?」

「そうそう、そこのあんただよ、あんた」


 ほろ酔い気分に浸ってると、鳥頭の獣人から話しかけられた。何気にほっぺたが赤いからこの獣人も酔ってるのかと思ったが、おかめインコみたいな模様になってるんだな。冠羽もあるし、まさにそれっぽい。


「よくわかったな。俺が別世界から来たって」

「すぐわかる。匂いがするからな」

「そうなのか、さすが獣人さんだ……って、なんでそんな面倒くさそうな俺に話しかけてきたんだ?」

「それなら、ちょっとした世話焼きみたいなもんさ。もしかしたら、この世界に来たばかりかもしれんと思ってな。キョロキョロしてただろう。違ったらスマン」

「さすが、鳥の獣人さんなだけあって目もいいんだな」

「ハハッ。あまり褒めんでくれ。貶されるのには慣れてるが、褒められるのはどうも痒い」


 ぽりぽりと冠羽の辺りや首を掻き毟る鳥頭。あまりにも毛深いだけに本当に痒そうだ。


「貶されてるのに慣れてるって?」

「亜人や獣人は差別されるのが当たり前だからな。臭い、怖い、汚い、まずこのワードが飛んでくる。それに一般人は銅貨1枚で酒をのめるが、こっちは銅貨2枚だ」

「へえ、悪口も嫌だが、二倍の価格なのか。酷いな」

「うむ。むしろそれが普通だが、そう言ってもらえるとありがたい。砂糖菓子を齧っているようで悪くない」

「ははっ……」


 俺はこの鳥頭がなんで俺に話しかけてきたのか、なんとなくわかった気がした。もちろん親切心もあると思うが、俺がこの世界に馴染んでないんじゃないからと思ったからこそ、露骨な差別を受けずに普通に話せると思ったんだろう。


「あ、自己紹介がまだだったな。おいらの名はピディだ」

「ピディっていうのか。俺は上村友則。トモって呼んでくれ」

「了解。トモ、おいらはチキン屋をやりつつ、逆境からの大逆転を目指してマジカルユーチューバーをやってるのさ。まだ無名だが」

「へえ、マジカルユーチューブか。そんなものがあるんだな」


 それについては知ってるが、俺は流れ的に話を合わせることに。


「そっちの世界の住人がこっちへ来て、それでユーチューブの文化も流れてきたって話さ。そのおかげで自分ら獣人にもチャンスが生まれたから感謝しかないよ」

「そんなにチャンスが?」

「もちろん、有名になれれば、だがね。これには王族もはまってて、気に入られたユーチューバーはお抱えになり、一気に裕福な暮らしができるっていうから、それを目指してるんだ。チキン屋じゃ、一生無理な話だが」

「へえ……」

「ただ、よっぽど強くならないと目立てないってことで、【七大魔境】なんかに手を出して死ぬやつや、迷惑系ユーチューバーになって目立ちたいだけのやつもいる」

「なるほど……」

「自分は純粋に強くなって上を目指したい」

「ピディのレベルは?」

「うっ!? ケホッ、ケホッ……」


 ん、俺がレベルを聞いた途端、ピディがハッとしたかのように眼を見開いたかと思うと、咳き込み始めた。


「……ピディ、何か悪いことを言っちゃったかな?」

「い、いや、おいらは獣人だし、しょうがないさ。レベルなら、まだ56だよ。これでも、頑張ってるほうなんだがね」

「へえ」

「ちょっとだけ注意させてくれ。おいらみたいなやつにならいいが、こっちの世界じゃ、男にそれを聞くのは女の子に年齢を聞くようなものだから気をつけたほうがいい。下手したら喧嘩を売られたと思われる」

「ファックポーズみたいなもんかな?」

「そうそう」


 俺たちはそのあとも酒を飲みながら色んな話で盛り上がった。こういう異世界の夜もたまにはいいもんだなあ。

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