第17話


「…………」


 なんか、やけに周囲がどんよりと暗くなったと思ったら……雨足が凄いことになってきたな。ただでさえ薄暗い森の中にいるっていうのに、はっきりと目視できるくらいの激しさだった。


 このままだとびしょ濡れになるし、そういうのを弾くスキルを得るのも勿体ないってことで、俺は森の入り口へと向かって急いだ。


 ――お、【地図】スキルと深淵の耳当てを使ったら、ここから1キロメートルほど先に民家のようなものが並んでるのが見えたので、俺は大きな葉っぱがついた枝を傘替わりにして、そこを目指してひとっ走りすることに。


 これだけ遠いものが対象だとさすがにぼやけて見えるものの、目的地までの道筋は【地図】スキルの効果で輝いて見えるので問題ない。


 天候については残念っちゃ残念だが、異世界に来て初めての村ってことで、俺は遠足に行く子供のような浮かれた気分になっていた。こんなに足の速いガキがいてたまるかとは思うが。


『深淵の森』を抜けてからほどなくして、建物群の明かりとともに入り口とアーチ状の門が見えてきた。おー、これが異世界の村か。


 雑草が所々に伸びた青白い石畳や、ひょうたんのような面白い形をした街路樹、軒先にぶら下げてある炎の形状のランタンなんかがいかにも異世界っぽい。雨が止んだらまた印象もガラッと変わるんだろうか。


 その中で『憩いの場』と看板に書かれた店もあって、俺はそこへ雨宿りがてら入ってみることに。異世界版の簡易ホテルみたいなもんだろうか? 気に入った場合はここで泊まってもいいし、休憩所も兼ねてるのなら入りやすい。金ならそこそこあるし足りると思うから大丈夫だろう。


 店内はガランとしていて自分のほかに客の姿は見当たらなかったが、小奇麗でエントランスに置かれた鉢植えの観葉植物からはブルーベリーのような甘酸っぱい香りがして好印象だった。


 ロビーの脇にはソファが、奥のカウンターに店主らしき恰幅のいい髭面のおっさんとワンピース姿の少女が立っている。どういう関係性かはもちろん俺にはわからない。15歳くらいの娘が甲斐甲斐しく親父の手伝いをやってるようにも見えるが。


「あの、ちょっといいかな。この宿の代金はおいくら?」

「……え、あ、は、はい、いらっしゃいませ、お客様……。休憩であれば、一時間銅貨10枚か銀貨1枚で、一泊するのであれば、銅貨50枚か銀貨5枚でございまして……お、お酒は、一杯につき銅貨1枚いただきますが、こ、紅茶や水については、の、飲み放題となっております……」

「そうか。それなら、ここで一泊させてもらおうかな。これ、代金ね」

「ど、どどっ、どうも」


 俺は【換金】スキルで金貨1枚を崩せるかと思ったら、ちゃんとできたので銀貨10枚分にしてその半分を支払うことにした。金貨1枚渡して、釣りはいらねえから取っときなって格好よく言えるほど金が余ってるわけじゃないしな。


 この宿の値段が適正かどうかはわからないが、雨の中でほかのを探すのも億劫だし、雨が止んだらここを拠点にして村の中を色々と見て回るのも悪くなさそうだ。


「……そ、それでは、お客様。へ、部屋にご案内いたしますゆえ、ど、どうぞこちらへ……」

「あ、あぁ……」


 なんか、怖いくらい病的な感じの店主だな。顔も青白いしどこか具合でも悪いんだろうか? ビクビクしてて声まで震えてるもんだから、こっちまで不安になってくる感じだ。


 それと、店主の隣にいる女の子が微笑んでくるとともにウィンクしてきて驚く。俺はそういう経験がほとんどなかっただけに、余計に。この店の看板娘だろうか? 店主は異様にオドオドしているっていうのに、やたらと人懐っこい子なのが対照的で、そこがまた不気味だった。


「……お、お客様? どうか、いたしましたでしょうか……? まさか、あの子をお気に召した、とか……」

「あ、いや、別にそういうわけじゃない」

「……そ、その……む、娘だけは、その勘弁してほしいのですが……」

「ん? それはどういうことだ?」

「……い、いえ、なんでもありませんっ……」


 店主が妙なことを言ってきてちょっとイラっとしたが、まあ極端に心配性なだけかもしれないしな。


「――お客様の泊まる部屋は、ここでよろしいでしょうか……」


 案内された場所は、ベッドやテーブル、タンス、スタンド照明等以外は余計なものがないが、多分15畳くらいのかなり広い一室だった。なんか一部の壁や床が微妙に凹んでて人が暴れたような痕跡もあるが、ゆっくり休むには充分そうなところだ。


 何より窓の外から見える景色がまたいい。今は雨で視界が悪いが、俺には【暗視】スキルがあるから、晴れたときにどんな光景を見られるのか容易に想像できるんだ。


「あ、あの、ほかに何か、お客様が望むようなことは……?」

「ん? 望むことって?」

「……そ、そのっ……娘だけは、勘弁してほしいのですが、それ以外であればなんでも……」

「……おい、まさか俺がその娘を望んでるって言いたいのか?」

「ひっ!? い、いえっ、決してそういうわけでは……。た、ただ、大事な娘ですので、どうしても差し出すわけにはいかないのです。お、お許しください!」

「お、おいおい、それじゃまるで俺が娘を差し出せって言ってるみたい――」

「――そっ、それだけは……どうか、それだけはお許しください!」


 な、なんだこいつ? まるで、俺がその娘を連れてこいって言わせようと誘導してるみたいだな。


「いや、ふざけるな! 俺はそんなことは望んで――」

「――い、いくら望まれましても、難しいです! お、お願いです、娘だけは勘弁してくださいいぃぃ!」

「はあ。あんまりうるさいもんだから来てやったわよ」

「…………」


 店主と妙なやり取りを繰り返すうち、遂に例の娘らしき少女が姿を現した。


「……なるほど。茶番だな。こうやって客に対して娘に手を出させるように仕向けて、それから脅して大金をふんだくろうってわけか」

「うるさいわね! それだけ察しがいいならとっととかかってきなさいよ。どうせ、この体が欲しくてしょうがないロリコンのくせに!」

「あ、あのな……」

「さあ、来るなら来てみなさい! 100%無理だけど、もしあたしに勝てたら宿代をタダにしてこの体もプレゼントしてやるわよ、ドスケベ!」

「言ったな?」

「言ったわよ、変態男!」


 こういう小細工までして、むかついてきたからお仕置きしてやりたくなってきた。


「お望み通り戦ってやるから、表出ろ!」

「へ? 今外に出たら雨で濡れるし、ここで充分よ!」

「そうか。どうなっても知らないからな……」


 さすがに蛇王剣等、伝説の武器を使えば殺してしまうということもあり、俺は素手で叩きのめしてやることに。この宿がボロボロになるかもしれんが知ったことか。店主もグルなのは見え見えだからな。あれだけ怯えてたのが、今じゃ眼光を鋭くして口角を吊り上げてやがるし。


「はあぁっ!」

「くっ!?」


 俺が殴りかかったとき、少女は驚いた顔をしつつも寸前で回避した。へえ、やるじゃないか。全力でいってないとはいえ、こっちには韋駄天の靴もあるわけで、俊敏値は600以上はありそうだな。しかも、後ろ手に隠し持っていた棒で殴ろうとさえしてきたが、驚きのほうが勝ったのか足が動かなかったらしい。


「……ふんっ、まあ、中々やるじゃない。でも、次は本気出してやるんだから……!」

「おっ……」


 少女は棒を構えたかと思うと姿勢を低くしてファイティングポーズを取ってきた。この子も本気を出してなかったのか。【鑑定】スキルでどれくらい強いのかステータスを覗いてやろうかと思ったが、どうせなら肌で味わいたいしやめておこう。こりゃ面白くなってきた。

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