第16話


 あのあと、俺はエデンの首輪や仙人の平服を【倉庫】に一時的に仕舞い込み、【年齢操作】も解除して元のみすぼらしいおっさんに戻ると、ホームレス仲間の銀さんと久しぶりに空き缶集めを楽しんだ。


 その途中、『トモがこんなのに楽しそうに缶拾いするなんて珍しい』と、銀さんにびっくりされたくらいだ。いや、最初の頃はお金も貰えるってこともあって割りと楽しかったんだけどな。


 なんせ単調な作業なもんだから毎日やってたら飽きるし、とにかく色々と歩き回る上に袋になるべく詰め込むためにも缶をいちいち潰さなきゃいけないので足が滅茶苦茶きつくなることから、楽しいなんていう感情はいつの間にか消し飛んでいたんだ。


「そういやトモ。おめー、えらくハンサムなモデルさんの知り合いとな、ファンの女の子が来てたぞ!」

「へえ、そんなんですねえ」

「ここにおればまた来るだろ。それにしてもまさか、トモがユーチューバーだったなんてなあ。わしも今から一念発起して目指そうかのお?」

「ユーチューバーの件は前にも話したような? てか銀さんなら配信すればきっとファンができますよ。クロと一緒にどうですか?」

「クロと一緒って……おめー、そりゃただの動物系の癒し動画だろうに!」

「ははっ……!」


 さすが銀さん、昔コメディアンを目指してたっていうだけあってキレッキレの突っ込みをかましてくれた。


 それから銀さんは気をよくしたのか、焼酎をカップに注ぎつつ俺を訪ねてきたっていうモデル(自分)とファンの女の子について嬉しそうに話し始めた。一度話し出すと中々止まらないんだよな、この人……。


「――ふいー……。そいじゃー、わしはそろそろ寝るよ。トモも、夜は冷えるから早いうちに寝て起きたほうがいい」

「はい。銀さん、おやすみなさい」


 銀さんは結構酔ってるせいもあるのか、俺のテント内で横たわったかと思うとすぐにイビキをかきはじめた。ちなみに俺は缶を拾う間、【強化】スキルを使っていたので半透明の窓に何度もレベルアップの表示が出たからうるさく感じたもんだ。つーわけで、自分も寝る前にどれくらい上がったのか見てみるかな。


 名前:上村友則

 レベル:362→401


 腕力値:601

 体力値:301

 俊敏値:601

 技術値:301

 知力値:301

 魔力値:301

 運勢値:301

 SP:910→1300


 スキル:【暗視】【地図】【解錠】【鑑定】【武器術レベル2】【倉庫】【換金】【強化】【年齢操作】【解読】【覇王】【物々交換】【変化】

 称号:《リンクする者》

 武器:蛇王剣 鳳凰弓 神獣爪

 防具:仙人の平服 戦神の籠手 韋駄天の靴 安寧の指輪 エデンの首輪 深淵の耳当て


 おお、ギリギリだけどレベル400台までいったか。これでまたスキル枠が一つ増えたから何か獲得できるな。まだどんなものを取るかは全然決めてないが、獲得したいときに取れるのは大きい。どうせならもっと上げようってことで、俺は【強化】スキルを使ったまま寝ることに。


「――ふあ……」


 まだ夜としか思えないくらいの早朝、俺はすぐにステータスを確認したが、全然変わってなかった。うーむ……一気に500レベルまでいけりゃなあとか期待したがそこまで都合よくはいかないか。目に見えないだけで経験値は少しずつ増えてるのかもしれないが、やはり新しいことをやったほうが経験値が増えやすいようになってるのかもしれないな。


 それなら、ホームレス生活でこれ以上の起伏なんてないわけだし、何か新鮮なことをおっぱじめるのも悪くないんじゃないか。たとえば、【年齢操作】なんていうスキルがあるわけだし、例の女の子が入学するっていう若葉学園へ通うとか……良さそうだ。ただ、若くなるだけでどうやって高校へ通うんだって話だし、やり方を考えておかないとな。


 さて、誰も見てないであろう今のうちに異世界へ渡って冒険しようか。ってことで、俺は自分の格好をいつもの冒険者スタイルに戻すと、ジャンプするとともに《リンクする者》の称号で空間の歪みを作り出した。


 もうその際に起きる電流ショックさえ気持ちよく感じるようになってて、俺は洞窟へ渡るとほぼ一瞬で出入り口まで到達し、いつものように【地図】スキルと深淵の耳当てで周辺の様子をチェックしたあと、問題ないと判断してそこを塞いでいる巨大な岩を軽々と押しのけてやった。


 ……お、今日は珍しく異世界こっちじゃ雨が降ってるんだな。とはいえ、森の中じゃそんなに濡れないので大丈夫ってことで、俺は悠々と『深淵の森』の入り口へと向かって進み始めた。




 ◆◇◆◇◆




「オラアアアアアアァァッ! いいからあの娘を連れてこいっていうんだ! 俺様を一体誰だと思ってやがるっ!?」

「ひいいぃっ! も、申し訳ございません。今すぐ連れてきますので、どうかお怒りをお鎮めください、ジャフ様……!」

「ケッ! 命が惜しいなら、さっさとしやがれってんだ!」


 雨が降りしきる、『深淵の森』の最寄りにある村にて、一人の蛇頭の男が宿主を相手に大暴れしていた。カウンターで手伝いをしていたその美しい娘を差し出せ、と。さもなくば、皆殺しにしてやると。


 このいかにも粗暴な男の名は、ジャフ=ヘグレド。SS級冒険者の一人で、迷惑系のマジカルユーチューバーでもある。


 彼は元々人間だったが、盗賊時代にとあるダンジョンの宝箱を開けたことで、呪いのトラップによって蛇頭になってしまったという経緯を持つ。それを解く鍵が『深淵の森』にあるという噂を知りやってきたのだが、彼はとある出来事をきっかけにすっかり絶望してしまい、自棄酒を呷っていた。


 昨日、イービルアイ越しにとんでもないものを目撃してしまったのだ。おそらく自分と同じ程度の実力であろう、ルディア=エリュダイトという騎士団崩れの女が、『深淵の森』でモンスターを相手にあっけなく敗北したところを。


「ルビエス王国の恥さらしめが……あんな醜態を見せられたら、入りたくても怖くて『深淵の森』に入れねえし、なんのために俺様がここまで来たのかわからねえじゃねーか!」


 酒瓶を壁に投げつけて粉々にし、これでもかと憤りを見せつけるジャフだったが、まもなくニタリと嫌らしい笑みを浮かべてみせた。


 彼が望むものが遂に目の前までやってきたからだ。


「おう、来たか。グヒヒッ、近くに寄れ。俺様がたっぷりと可愛がってやる……」


 どれだけ多く見積もってもまだ15歳くらいだろうか。まだあどけなさを残す白いワンピース姿の美少女が部屋に現れたとき、ジャフはぐるりと喉ぼとけを動かしたのち、細長い舌を覗かせた。


「来るなら来てみなさい。この、ド変態の蛇頭っ!」

「は、はあぁ……? なんだてめえ。SS級冒険者の俺様に向かってそんな口の利き方して、死にてえってのかあっ!?」


 挨拶とばかり殴りかかるジャフだったが、少女にあっさりとかわされた挙句、その後頭部を彼女が隠し持っていた棒で強打される羽目に。


「い、いでえっ……!?」

「何よ、その程度? それでもあんた、SS級なわけ!? よわーっ、やーいやーい、ざーこざーこ! 弱虫パイソンッ!」

「こ、このメスガキめが! マジでぶっ殺すぞ!?」

「ふんっ……あんたなんかぜんっぜん怖くないもん。『深淵の森』の下級モンスターより弱いんだから!」

「こ、こんの……!」


 ジャフは怒り狂った様子で必死に少女を捕まえようとするものの、そのたびにかわされるとともに棒で反撃され、とうとうコブだらけの頭を抱えながら座り込むことになった。


「……はぁ、はぁ……ぢ、ぢくしょう……こ、こんなの……あ、ありえるのかよ……」

「これでわかった? あんたはね、ただの雑魚スネークなの!」

「……な、なんて魔境なんだ、ここは……。天下のジャフ様とまで呼ばれた俺が、こんなガキに負けるなんて……」


 信じられないといった表情で首を横に振るジャフ。


「ふんっ。【七大魔境】の一つ、『深淵の森』に挑戦できるだけ、弱虫のあんたより落ちこぼれのルディアのほうが強いってことね!」

「ま、待て。ルディアを知ってるってことは、お前はただのガキじゃないはずだ。名前はなんて言うんだ……?」

「あたし? エシカテーゼ=ロレイアよ。一応、こう見えてSS級より一つ上の怪物級で、マジカルユーチューバーの一人なんだから、舐めないでよね!」

「……そ、そうだったのかよ……」

「あら、言うことはそれだけ?」

「参りました……」

「ふふっ」


 偉そうに腕組みをして、ひれ伏すジャフを見下ろす少女エシカテーゼ。彼女の脳裏にはとある映像がよぎるとともに、ルディアの敗北は想定通りだったものの、あの人影はなんだったのか、一度でいいから戦ってみたいと思い、頬を紅潮させて舌なめずりをするのだった。

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