第5話


「う、旨いっ……」


 そのあと、俺は昼食用に【換金】で得た1000円を使ってコンビニで弁当やパンや飲み物、さらにデザートのプリンまで購入し、公園のベンチでひたすら頬張っていた。いやー、美味しいしボリュームもあって最高。久々に贅沢をした気分だ。


「――ふう……」


 ん、弁当を食べ終わってお茶を飲み干したところで、パトカーのサイレンが聞こえてきた。何か事件でも起きたのかと思うも、俺には心当たりがありすぎた。そうだ……俺は見た目が小学生なんだから、家出の可能性を疑われて誰かに通報されたのかもしれない。


 警察に補導されたら面倒なことになりそうなので、俺はまだ食べてないパンやデザートを【倉庫】に仕舞ってベンチの下に隠れるとともに、《リンクする者》の称号を使うことに。お、その途端小さな電流のようなものが体に走るが、もうチクッとする程度だ。完全に慣れたな。


 周囲の景色がまたたく間に歪んでいき、公園が例の洞窟へと変貌を遂げる。そこは昨晩滑り込んだ場所だった。


 さあ、早速探検の続きをするか。【地図】スキルに加えて韋駄天の靴があるのでサクサク進むことができた。行ったことがなくても、一度調べた場所については一切気にする必要もないほどに完璧に記憶できていたんだ。これもこのスキルの効果の一つなんだろう。


 ちなみに俺は今回の探索で、モンスターが出たら戦うつもりで武器に関しては蛇王剣のみを携帯している。前回と違って体はどこも悪くない上、これだけ強い武器だから早く試してみたいし、レベル1でも距離を取れば大丈夫じゃないかと思ったからだ。そう考えると鳳凰弓でもいいが、一発で倒せなかったら反撃を食らいそうなので、すぐに仕留められそうな武器を選んだ格好だった。


 普通なら初戦闘が始まるかもしれないってことで緊張しそうだが、安寧の指輪の平静になれる効果もあってか落ち着くことができていた。見た目も子供から【年齢操作】で元のおっさんに戻り、さらに服装は異世界の冒険者っぽい感じにしてるのでモチベーションもいい具合に上がっている。毛皮のベストみたいなやつで、結構ワイルドな見た目だ。


 洞窟内はかなり広くて、しかも上りの坂道になってるもんだから、韋駄天の靴を履いていなければ息切れするんじゃないかと思えるレベルだった。なんだよ、どこまで続くんだよ、ここ……お、ようやく今進んでる通路の突き当たりが見えてきた。道はそこから左右に分かれていて、俺はまず右のほうを【地図】で調べてみることに。


「……ん?」


 奥になんかいるぞ。椅子に座ってテーブルに突っ伏する白髪の人物がいた。ここだけやたらと明るいと思ったら、テーブル上にはぼんやりと光る石――魔石(微小)が幾つも置かれていた。まさかこんなところで生活してる人がいたとは……。


 微動だにしないが、寝てるんだろうか? もし宝箱の持ち主だったら怒るかもなあってことで、それを後ろに隠しつつそっと近づく。バレても相手はお年寄りだし、土下座しながら譲ってくださいと頼めばなんとかなるような気がする。靴の効果もあってもう目の前まで来た。


「あのー、ちょっといいですかね?」

「…………」


 それからしばらく待っても、白髪頭の人物からの返答はなかった。熟睡してる? いや、これってもしかして……。俺はまさかと思い、そっと回り込んで顔を確認してみた。


「ぬぁっ⁉」


 思わず声が飛び出す。白髪頭の人物はどう見てもミイラそのものであり、開いた本に顔を埋めるような形で息絶えていたんだ。


 これで武器を勝手に持ち出したのを咎められなくて済んでほっとしたような、異世界人と会話できなくてがっかりしたような、なんとも複雑な心境だった。


 てかこの本、なんて書いてあるんだろうと興味が湧いてきて覗いてみたんだが、ミミズが這ったみたいな文字でさっぱり読めない。いわゆる異世界内における古代語ってやつだろうか。どういう内容なのか気になるなと思ってたら、やっぱり窓が出てきた。


『【解読】スキルを獲得できます。枠があと一つしかありませんがどうしますか?』

「……獲得、する……」

『【解読】スキルを獲得しました』


【解読】:どんなに複雑な言語であっても、即座に理解し読み解くことができる。


 どうしても気になったので俺はこのスキルを獲得することにした。効果もついでに調べたが思った通りだ。なあに、レベル100ごとにスキルの枠は一つ増えるんだ。何をしても経験値が増えるっていう効果の【強化】スキルもあるし、きっとなんとかなる。


 ただ、いつモンスターが出るかもわからないこの状況で使うと、体が重くなって逆に戦闘の足枷になる可能性もあるのでまだ使わない。まずは古代語で書かれた本を読んでみよう。どれどれ……。


『日記の冒頭でまず自己紹介をしよう。私は伝説の武器や防具のコレクター、ウォールだ』


 へえ。この人、伝説の武具の収集家だったのか。道理で物凄い効果のものばかり宝箱に入ってるわけだ。時間がかかるし日記を全部読むわけにもいかないので、俺は特に気になる箇所だけ目を通すことに。ん? これは……。


『――私がこれまで集めた収集品の中でも、蛇王剣、鳳凰弓、神獣爪、仙人の平服、戦神の籠手、安寧の指輪、はどれも素晴らしい。いつ見ても飽きずに惚れ惚れするほどに……』


 俺が頂いた豪華な装備の名前が出てるじゃないか。それを身に着けてるだけに、なんとも誇らしい気分だな……。というか、この中に一つだけ持ってないものがある。それはエデンの首輪っていう装備だが、どこにあるんだろう? 日記の続きを読めばわかるかもしれないってことで追うようにページを捲っていく。


『最近、私はびくびくしている。いつ何時、誰にこの財宝を奪われるかと思うと恐ろしいのだ。誰にも渡すものか』

「…………」


 日記の内容が、何かどんどんおかしくなってきているのがわかる。字も乱れ始めていて、執筆者のウォールが興奮しながら勢いで書いてるのが伝わってきた。


『もう誰も信用ならん。恋人も友人も、私の大事なコレクションを狙っている。隙あらば盗もうと企んでいるのだ。これらを集めるのに、私がどれだけ血の滲むような努力をしてきたと思っている⁉ ダメだ、絶対に渡さない。こうなったら、人が誰も立ち入りできないような場所へ行くしかない。 収集した物以外、私は何もいらない……』


 なるほど。どうやらこの日記は洞窟へ来てから書かれたわけじゃなく、以前からしたためてあったものらしい。それにしても、ウォールが疑心暗鬼に陥ったのか次第に精神を蝕んでいるのがよくわかる。


『ここまで命がけの思いで辿り着いたが、この洞窟は本当に素晴らしい。今のところ誰も近づいてこない。ここにいるのは私だけだ。私一人のみの、誰にも邪魔されない偉大なる王国が今、誕生したのだ……』


 ウォールが精神を持ち直したのか、この箇所だけ字が丁寧になっていたものの、あとはまたどんどん汚く乱雑になっていった。


『ここに来て、もう三か月ほどになる。食料についてはまだあるから問題ないが、なんだか心細くなってきた。そろそろ故郷に帰ろうか? いや、奪われたくない。これらは私のものだ……』

「…………」


 長い間孤独だったことで寂しくなり、ウォールの心はこの時点でかなり揺れてるみたいだな。


『大きな音がしたと思ったら、洞窟の入り口が落石によって封鎖されてしまったらしい。神獣爪で破壊しようとしたものの、これは生物にしか効かないようだ。だが、問題ない。酸素を出す魔石も幾つか持ってきていたから、これらの輝きが小さくなるまでには誰かが助けにきてくれるだろう』


 魔石が酸素を出す? そんな効果もあるのか。ってことは、俺が獲得した魔石も元々はもっと値打ちが高いもので、徐々に衰えていって微小な輝きになったのかもしれない。


『あれから一か月ほど経過したが、誰も助けに来ない……。食料もなくならないようにほんの僅かずつ食べているから空腹だし、寂しい。やはり一人は寂しい。私の愛しいマドリーヌ……それに親友のケイン……疑ってごめんよ。欲深い愚かな私を、どうか許してほしい……』

「…………」


 このページの文字は激しく乱れているだけでなく、所々滲んでいた。寂しさのあまり、涙を流しながら書いたんだろう。


『あれから何日経ったのか想像もつかない。孤独で気が狂いそうだ。もう何もいらない。一人でもいい。話し相手さえいれば、それこそが至高のお宝だと私は気付かされた……』


 なんだか考えさせられる内容だ。装備は大事だとは思うが、俺もこんな風にならないようにしなきゃな。


『……もう限界だ。収集品の一つである悪魔の実を食べるとしよう。これを食すれば、悪魔に魂を乗っ取られる代わりに、この上ない幸福感に浸ることができると聞いた。どうせこのままでは気が狂って餓死してしまうだけだから、最後に良い夢を見たいのだ……』


 日記はそこで途絶えていた。ってことはウォールは悪魔の実を食べたことで本当に乗っ取られてしまったんだろうか?


「――うっ⁉」


 その直後だった。ゾワッとした感覚が体中を駆け巡ったので振り返ると、後ろの壁に黒い染みのようなものがあり、それが徐々に広がっていったかと思うと、大きな二本の角と翼を生やした類型的な悪魔の形を作り出したんだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る