第4話


 さーて、空間の歪みのある場所まで戻ろうかと思い、俺は【地図】効果で輝く道を引き返し始めたわけだが、あまりに速度が変わってるので韋駄天の靴の性能に驚きつつ、とあることを思いついて立ち止まった。


 それは、《リンクする者》の称号があるならここで歪みを作ればいいだけじゃないかってことだ。ただ、通路の真ん中だと目立ちすぎるのが難点なんだよな。それに、もしここにモンスターがいた場合、歪みを辿って現実世界にやって来るかもしれない。二つ作ればその確率も上がってしまう。


「……いや、それはダメだ」


 化け物が公園で暴れ回る光景を想像してしまい、俺は思わず息を呑む。さすがにそれは怖いというか、公園付近には住宅街もあるし犠牲者が多く出そうだってことで、俺はここで出すのを諦め、来た道を戻り始めた。


 なんか背後から今にもモンスターが出てきそうで恐ろしくなってきたな。いくら強い装備を得たといっても俺はまだレベル1だし……って、そうだ。一瞬で歪みのあるところへ移動できるスキルとかあるならいいなあ?  よし、窓が出てきた。


『【瞬間移動】スキルを獲得できますが、枠があと一つしかありません。それでもよろしいですか?』

「えぇっ……⁉」


 ってことは、今所有しているスキルは確か全部で九個だから、十個までしかスキルは覚えられない?


『現在のところ、あなたが所得できるスキルは十個までです。レベル100ごとに一つ枠が拡大されます』


 なるほど……。それならこの先、どうしても覚えたいものがほかにも出てくるかもしれないし、やめておくかってことで俺はスキル獲得をキャンセルした。今まで都合よくスキルを獲得しまくってたし、そりゃ容量にも限界が出てくるよな。別に凄く困ってるわけでもないし、しばらくこのままでいいや。


「…………」


 ん? 引き返す途中のこと、目印の輝きが妙に薄くなってきたと思ったら……そういうことか。突き当りの壁の下にあった空間の歪みが、目に見えて小さくなっていたんだ。時間制限があるんだな。


 おそらく、偶然発生した歪みに、既にそこに転がっていた魔石が入り、現実世界へ渡っていった格好なんだろう。今から称号の効果で歪みを作るよりは、狭くなってるところに入ったほうが侵入される心配もないし安全だろうってことで、俺は滑り込むようにして足の爪先で歪みに触れた。


「――うっ⁉」


 一瞬だけ、バチッという静電気が走るような衝撃はあったが、それでも気を失うほどじゃなく、無事に現実世界へと帰還できた。


 頭上にあった空間の歪みは、もう今にも消えてなくなろうとしていた。その遥か先にある空が大分明るくなってきているのがわかる。ということで、俺は【年齢操作】スキルを試すべく公衆トイレへ行って鏡の前で使用する。


 半透明の窓に『何歳になりますか?』と表示されたので、10歳と答えて鏡を覗き込み顔を確認した。


 これは……この顔は見覚えがあるぞ。昔の俺だ。本当に若返ったんだな……。ただ、着ているのが仙人の平服だから服装がちょっと仙人に寄りすぎだってことで、見た目を子供っぽいデザインの半袖のTシャツと半ズボンに変えた。これだけ肌が露出しているのに全然寒くならないのはさすが、最高の性能を誇る装備なだけある。


 というか、顔を見るまでもなかったな。身長が大きく縮んだ影響か世界がやたらと広く感じるんだ。夢ならどうか覚めないでくれと願いつつ、俺はいつもの場所へと戻り、寝ることにした。こりゃいい。俺自体が小さくなってるから場所を取らないし、何より不良たちに見つかっても子供だからと見逃される可能性が高い。


 ……そんなことを考えてたら急激に眠くなってきた。寝る子は育つっていうしな。いや、中身は普通のおっさんなわけだが……意識……が……。


「――ねぇねぇ、ちょっと……」

「うっ……⁉」


 誰かに肩を揺り動かされ、まさか不良かと思って飛び起きると、そこには中学生くらいの制服姿の少女がいて、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。な、なんだ……?


「僕? こんなところでどうしたの?」

「あ……」


 俺はなんとなく状況が読めてきた。そうか、そういうことか。まだ空には薄暗さが残ってることから、登校するべく公園を通りがかった女子高生が、寝ている俺を見つけて不審に思って近づいてきたってところか。しかもおっさんならともかく今の見た目は完全に小学生だからな。


 どうしようか。警察沙汰にだけはしたくないので咄嗟に言い訳を考える。よし、これでいこう。


「……え、えっと、公園で遊んでから学校へ行こうと思ってたら、いつの間にか寝ちゃってたみたいで……」

「あー、そうなんだぁ。もしかして、家出した子か、迷子なんじゃないかって心配しちゃった……」


 ほっとしたような笑顔を見せる少女。なんだかおっとりしてて雰囲気のいい子だな。いかにも良い家で育ちましたって感じの。これだけ親切なのは、俺の見た目が子供だからっていうのもあるんだろうけど。


 おっさんって知ったら、こういう感じのいい子でも嫌な顔をするのかって思うと複雑だ。


「僕? なんだか神妙な顔してるけど、本当に大丈夫? どこか怪我とかしてない?」

「あ……だ、大丈夫! ほら、この通りっ!」


 俺はその場でジャンプを繰り返し、子供らしく無事をアピールしてみせたわけだが、本当になんともなかった。これも体力回復機能がある安寧の指輪の影響だな。少しずつではあるとはいえ、しばらく寝てたからその間に治ったんだろう。


「ふふっ、可愛いっ。あ、そうだ。あのね、僕、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど……」

「え……?」


 なんだ? 今度は少女のほうが神妙そうな顔つきに変わった。てか、今俺は子供になってるっていうのに、教えてほしいことって一体なんなのかと。


「……この辺にホームレスの人いなかった……?」

「…………」

「その顔、知ってるんだね」

「あ……」


 俺は思わず表情に出してしまっていたらしい。まさか自分のことを知っていたとは。っていうか、近くの学校に通う子なら目撃されてるか。この子はこの公園を通り過ぎるたびにきっといつも不快な思いをしてたんだろうな。それで、そのホームレスに気をつけるようにと注意するんだろう。それが俺だとも知らずに。


「あの人、ずっとここに寝泊まりしてたみたいだから、注意しなきゃって……」

「……それって怪しい人? これからは気をつけます……」

「僕? 人を見かけで判断したらダメだよ?」

「え?」


 少女は俺に苦い笑みを向けながら意外なことを言ってきた。


「私ね、あの人が偏見を持たれて何をされるかわからないから、注意しないとって思ったんだ。あ、偏見っていうのはね、偏った見方っていう意味で、あの人は見すぼらしい見た目だから悪い人に違いない! とかそういうの」


「な、なるほど……。お姉さん、勉強になった!」

「ふふっ」


 そのとき、俺は単純に嬉しかった。良い意味で期待を裏切られたからだ。偏見に満ち溢れた世の中で、そういうのに染まらないのは偉い。このご時世、ホームレスというだけで忌避されてもおかしくないっていうのに。


「実はね……私この前、クラスで変な噂を聞いちゃって」

「変な噂?」

「うん。学校の不良たちがホームレスを襲ったとかそういうの。だから、あの人もなんかされるんじゃないかって、怖くなって……」

「そ、そうなんだ……」


 話が繋がってきたな。その不良があいつらだったってわけか。そういや、仲間のホームレスの爺さんが最近足を怪我していて、どうしたのかと訊いたら転んじまったって笑いながら返してきたが、その割に包帯グルグルだったからおかしいなと思ってたら、どうやら連中にやられたっぽい。あんなにいい人なのに、ふざけやがって……。


「警察に通報したほうがいいのかなって思ったけど、もしかしたらそれでここを立ち退かされるとか、逆に嫌な思いをさせちゃうかもしれないって……」

「…………」


 最近じゃ珍しいな、こういう思いやりのある子は。なんで彼女がホームレスをここまで心配するのかっていう疑問もあるが、学業に影響が出たら気の毒だしここは安心させてやらねば。


「あ、僕その人知ってるかも!」

「え、ほんと?」

「うん。ここで遊んでたら、元気そうに歩いていったから大丈夫だと思う」

「……はぁ、よかったぁ……」

「でも、お姉さん。なんでその人のことをそんなに心配してるの?」

「……えへへ、気になる?」

「う、うん」


 そりゃ俺のことだから気になるに決まってる。少女は悪戯っぽい笑みを見せたあと、また話し始めた。


「そのホームレスの人、ユーチューバーをやってたことがあって。私、その人のファンだったんだ」

「えぇっ⁉」

「そ、そんなに驚くこと?」

「あ、いや、なんかよくわからないけど、凄いなって……」

「とっても優しい人だから、心配でずっと気になってて……。でも、学生の私が近づいたら、逆に迷惑かけちゃうかもしれないしね」

「なるほど……」


 そういう事情があったのか……。ファンなんか一人もいないって思いこんでいただけに、これには驚いた。登録者が少ないってだけで心が折れちゃってたからなあ。


「って、もうこんな時間! 学校に遅れちゃうからそろそろ行くねっ! 今日、中学校の卒業式なんだ!」

「あっ……」


 少女はスマホを見て、慌てた様子で走り出したかと思うと、近くで停めていた自電車に乗って走り始めた。ヘルメットを被りつつ、こっちに手を振ってきたので俺は同じように返した。自分のファンって言ってくれただけに、なんとも甘酸っぱい気持ちになる。


 はあ、ああいう子と同級生だったらなあ……って、そういや俺はなろうと思えば学生になれるんだよな。

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