第十八話 エレーナ・インザ・ダークネス


 外が怖い。

 誰かがわたしを傷つけてくるとから。

 光が怖い。

 わたしの誇りを消し飛ばしてしまうから。

 人が怖い。

 わたしの全てを否定してくるから。


 だから閉じこもった。

 誰にも関わりたくない。

 もう、怖い思いをしたくないから。


 あの男の子の光が、怖かった。


 怖くて、痛くて、それなのに────凄いと、あのとき思ってしまった。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 メイドの、アデリーナが背中を摩ってくれる。


 落ち着いた。

 さっきまで震えてた身体も少しずつ収まってきて、でも、あの男の子──アッシュくんが触れた場所には熱が残っている様な気がした。


 怖い。

 あの男の子が怖い。

 アッシュ・レオフォードは、わたしのことをぐちゃぐちゃにした。


 光魔法でわたしを照らして、貫いて、殴られて、蹴られて。蹲るわたしに何度も何度も追い打ちをしてきた。

 あの時の傷は消えなかった。


 魔法が怖かった。

 魔法何て、あれ以来一度も使ってなかった。

 それなのにわたしは魔法を使って──そのうえで、彼を傷つけた。


 気持ちは何も変わらない。

 怖いままだ。


 ……でも。

 大事なことを、思い出した気がする。


「…………わたし、光が……怖いんだよね」


 そう。

 あの光の輝きが怖い。

 アッシュ・レオフォードくんの光が怖い。


 アッシュくんは光を使えないらしい。

 わたしと同じ闇魔法しか、使えなくなったらしい。


「……ざまあみろ」


 ……でも。

 光がなくても、アッシュくんは強いままだった。


 わたしが同じ立場になったらきっと、もう二度と立ち直れないと思う。

 今ですら無理なんだ。

 魔法を失うってことがどう言うことなのか、わからないほど幼くはない。


 努力を惜しまず、性格は嫌いだったけど、その強さと光は本物だったって今でも思う。


 だから余計、自分が惨めで。

 誰かがわたしに指差すんじゃないかって思って……怖かった。


 わたしは、【聖銀級】魔法使いヴィクトーリヤ・パトリオットの娘。


 肩になった重みは、理解してる。

 だからお母さんに負けないように、お母さんの顔に泥を塗らないように魔法を学んだ。わたしなりに頑張った。


 でもそれは足りて無かった。

 それがわかって、どれくらい頑張れば良いのかってこともわからなくて、わたしがどんな風に見られてるのかもわかって……


 全部が、怖くなった。


「…………あ、アデリーナ」

「……! はい、なんでしょうか?」


 名前を呼んでも怒られなかった。

 良かった……


「わた、わたし。…………たくさん、間違えたかもしれない」


 本当なら。

 わたしは【聖銀級】の娘なんだから、あそこで折れるべきじゃ無かった。だって、アッシュくんは嫌な子だけど、折れなかったから。


 アッシュくんは強い。

 わたしと同じで、お父さんがすごい人で、その人に相応しい人間になれるようにって頑張ってた。だから、その努力を怠って甘えてたわたしを嫌った。


 多分そういうこと、なんだと思う。


 今のわたしは、どう見えただろうか。


「間違えた、けど……」


 アッシュくんはあの時の光を失ったのに、まだ頑張ろうとしてる。


 もう二度と、元には戻らないのに。

 それでも、頑張ろうって。


 ……負けたく無かった。

 闇は、わたしのものだ。

 わたしたちのものだ。

 今更、代替えとして学び始めた人に、負けたくない。闇と光では負けたけど、闇と闇なら負けたくない。


 光から闇に堕ちてきたような人に──わたしの闇を越えられたくない。


 勝てるかな。

 勝ちたいよ。

 だって、わたしにはもう、これしかないんだ。

 光を嫌って人も嫌って世界を嫌がって、わたしに残されたのはこの闇魔法だけ。


 これだけが、わたしの価値を保証してくれるんだ。


 一年以上使わなかった魔法は、強くなっていた。


 そうだ。

 わたしは、ヴィクトーリヤ・パトリオットの娘なんだ。

 それがいつまでも塞ぎ込んで息をしているなんて、許される訳がない。許さない、譲らない。


 お母さんの後を歩くのは、わたしだ。


「……まだ、間に合うかな」

「お嬢様……」


 怖い。

 この決意も覚悟も感情も全部纏めて薙ぎ払われたら、わたしはどうすればいい? 


 またあの時みたいに、蹲ることしか出来ない場面に遭遇したら、どうすればいい? 


 また許して貰えるまで待つの? 


 ──嫌だ。


 そんな情けないわたしじゃ、また、アッシュくんに嫌われてしまう。そしてわたし自身も嫌いになってしまう。


「今更で、図々しいかもしれないけど……」


 わたしはお母さんの後を継ぎたいんだ。

 わたしも、立派な一人の魔法使いになりたいんだ。そう思って始めたんだ。


「そこだけは、譲りたくない」


 アッシュくんは黙って弟子入りすることも出来たと思う。

 わたしがお母さんから距離を取ったから。

 一緒にいるのが怖かった。


 お前は未熟だと、視線を向けられるのすら怖かった。


 だから耐えられなくて、我儘を言って、ここまで連れて来てもらった。


 そんな視線に耐えながら、アッシュくんはここまでやってきた。


 光の剣聖なんて凄いネームバリューの人の息子でありながら、光も雷も失ったのに諦めずに、次の道を見つけた。

 すごいと思うし、尊敬もする。 


 でも。

 でも、そこだけはダメだ。


「お母さんの……【深淵アビス】を継ぐのは、わたしだ」


 後ろ向きの感情を、ドス黒いなにかが覆い隠していく。

 劣等感も嫉妬も羨望も何もかも、それら全部を塗り潰すように這い出てきた黒い光は、わたしを染めていく。


「わたしには、そこしかないから……」


 だから、アッシュくん。


 ここに来てくれたことには、ありがとう。

 でもダメだよ。

 そこはわたしの場所だから。

 アッシュくんの心がへし折れるくらいに、わたしが強くなって奪うんだから。


「……アデリーナ」

「はい」


 譲らない。

 絶対に譲ってなんかやらない。


「アッシュくんの場所を教えて」

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