エピローグ ボリジン

昨日書き始めて止まらなくなった手記は、もう30枚を超えた。自分でも怖いと思う。ロマさんやプナキアから聞いた僕の出生の話と、 女性から聞いた記憶操作の話も一緒にまとめるつもりで、今日も朝から書いていた。

窓の外では、相変わらず市場へ仕事に行く人や、学校に行く子供たちが生き生きとした表情で歩いている。その中には人型のボリジンも、機械型も、その他型もいて、それぞれ自分の行く場所、学校や仕事場へと向かっている。人間となんら区別はない。

「平和だなぁ」

 青い空に雲が登っていた。少し早とちりな入道雲だ。


 それにしても、今日は僕の誕生日だというのに。いや、 決して「祝え」だとか、そういうことを言いたいわけじゃない。ただ、毎年誰かが、おめでとうの一言を言ってくれた。こんなふうに家に誰もいなかった誕生日なんて今までなかった。

 階段を下りて、静かなリビングに立つ。静かすぎて耳鳴りがしてきた。 なんとなく悶々とした気持ちを抱えながら、ぐっと伸びをした。仕方がないので、もう数十枚書こうと思った時、テーブルの上に紙切れを見つけた。


『和平議事堂 第5研究室』


「何これ? 」

 このあまりに整いすぎている字は、プナキアのものだろう。いつもながら書道の達人のような達筆だ。ちなみにシャイニーさんの字は、もっと丸くて、小さい。これは書置きなのだろうか?いや、ただのメモだろう。

「いやでも、ポリジンが何かを記憶するためにメモを書くなんてありえないしなあ」

 やはりこれは書置きだ。

 どうしても気になってしまって、あんなに張りきっていた手記作りを中断して外に出た。 陽光が目の前のアスファルトの路地を照らしていた。 自転車にまたがり、十分程の距離をゆっくりと走り始めた。いくらなんでも書置きが分かりにくすぎる、と思いながら。


 自宅から研究室へ行くことは度々あった。大体はロマさんの研究の手伝いだけど、会議で書記を任されることもある。ロマさんは、僕が大人になったら組織の重鎮にしたいとでも思っているのだろうか。

 風をきって緩やかな下り坂を進んでいく。自転車に乗るのは好きだった。しばらく行くと、建物の群れの中に1つだけ突き抜けて大きいものが見える。

全体的に丸みを帯びている、これが和平議事堂だ。

出入り口の扉は3mほどもある。これは、どんな大きさのボリジンであっても、中に入れるようにという配慮だ。

 僕はだだっ広いロビーに入ると、すぐ左脇の階段を下りていった。第5研究室までの道のりがなぜか長く感じられたのは、不思議な予感のせいだろうか?いつもと違って、心臓のあたりに焦るような、焼き付くような熱がこもっていた。

 カチャリと扉を開けた。


「・・・父さん?」 

 白髪の人が立っていた。腰にタオルケットを巻いて、緑の滴が肌をぬらしていた。隣でロマさんが何か複雑な装置らしきものを操り、シャイニーさんとプナキアが泣いていた。


 その人はゆっくりと振り返った。

ずっと思い続け、欲し続けていた声が聞こえた。

「ステラ」

 僕の頬を、一筋の涙が滑ってゆく。




End

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ボリジン お餅。 @omotimotiti

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