【超短編】ショートカットの君

茄子色ミヤビ

【超短編】ショートカットの君

「あのさ、近道教えてやるよ」

 そう同級生のケンジが教えてくれた小学校への近道は、自動販売機脇のゴミ箱の後ろ。

 ブロック塀に挟まれた細い道が、僕とケンジだけが知っている近道だった。

「でも、ランドセル背負ってると突っかかるから注意な?あと出たとこ自転車が結構走ってるからそれも気を付けてな」

 ケンジが初めて僕を案内してくれたのは小学二年の頃だったか。

 この「近道」を使うのは僕とケンジだけだったが、この「細道」を知っているのはもう一人居た。

 いつものように小学校に向かおうとそこを通っていたら、上からくしゃみが聞こえ、ギョッとしてして見上げると窓から女の人が僕らを見ていたのだ。

 姉ちゃんと歳が同じくらいの、たぶん中学生くらい…しかし姉ちゃんと一番違うところは顔立ちの良さと笑顔の素敵さだった。

 短い黒髪はツヤツヤとして肌は白くて、目が大きくて顔が小さく笑顔が可愛い…ドラマに出てる人みたいだなと思ったことをよく覚えている。

「おい、早く行けよ。つーほーされたらやばいから」

「う、うん」

「どうした?」

 せっかちなケンジに急かされ慌てて近道の出口に出ると、猛スピードの自転車が目の前を通り過ぎ、僕は「ひゃあ」と情けない声を出して尻もちをついた。それを見ていたケンジはゲラゲラと腹を抱えて笑い…僕の顔が赤くなっていたことはバレなかった。

 それから僕は毎日そこを通った。

 雨の日に通るのを嫌がったケンジを置いてでも毎日通った。

 その理由はもちろんケンジには言わなかったが、すぐにバレた。


 あれから9年。

 高校生になった僕は、ようやくあの近道を見つけた。

 目印にしていた自動販売機が撤去されていたので随分と時間がかかってしまったのだ。

 僕は夏服の学生服が汚れるのも厭わず、その隙間に身体を押し込んだ。

 ズリズリと学生服が擦れ、一番上のボタンが千切れたが構いやしない。

 そうこうしている内に道を抜けた。

 あの頃の記憶に比べると随分短く感じた。

 なによりこうやって苦労して通るくらいなら、1ブロック先の曲がり角を曲がったほうが、昔も早かったんじゃないか気付き苦笑する。あの頃時間なんて見ていなかったものな。

「あれ?」

 ふと澄んだ女の人の声で我に返った。

 声の主はスーツを着た綺麗な女の人だった。

 僕は慌てて身体を払い「は、はい?」と返事をするも、ボタンの取れたシャツではどうにも恰好がつくはずもない。

「…いつもそこ通ってた子でしょ?私が手振っても無視した」

 そう、あのにこにこと笑いながら僕らを見ていた…あの女の人がそこにいた。

「…あの頃ね、わたし身体弱くって、ずっと家に居たんだけど。二人が元気に楽しそうに通るの本当に楽しみにしてたんだ」

 そして「あの時、救急車呼んだの私なの」と付け加え、お姉さんは持っていた花束を電信柱の下に置いた。僕も近道の壁で擦れないように注意して持ってきた花束を、そこに供え手を合わせた。


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【超短編】ショートカットの君 茄子色ミヤビ @aosun

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