夏空

「なんだっけ、ほら、あれ! 遠くにさぁ」


「分かんないわよ。だいたい好きなら忘れないでしょう」


「うーん。ここまで出かかっているのに……。何だっけぇ」


「うぷぷ」


「なによ、急に笑い出して」


「だって、あんたハの字に眉を下げて困り顔になるんだもん。笑うわよ」


「変な顔で悪かったわね」


「ううん。面白いから良いわよ」


「変な顔を否定しろー」


「いつも可愛いから嫌でーす」


「あら、ありがとーう」


「どういたしましてーえ」


「で、なんだったっけ。遠くの空に」


「だから分からないって。それよか、あんた進路どうするの」


「うーん。考えちゅー」


「タコチュー」


「タコチュー」


「ねえ。キスする時、このタコチュー顔しても大丈夫かなぁ」


「知らないわよ」


「ええ、嘘ー。あんた結構モテるのにぃ」


「モテてませーん」


「だってこの間も三組のイケメン君に告白されてたじゃん」


「お断りでーす」


「はあ、なんでぇ。あんた彼氏いないんでしょう? なんで断るの」


「うーん。なんでだろう。ご機嫌取って来るような感じが嫌いだし。なにか寄ってくる感じが嫌」


「なにそれ。相手が好きなら近寄りたくなるのが普通じゃない」


「うーん。そうだけどぉ。距離感というかぁ、背中を追いたいっていうかぁ」


「いきなり男の好みの話し? あんた背中を向けてる冷たい男が好きなの」


「うーん。違うなぁ。背中を向けていても、いつも気遣ってくれるのがいいのよ」


「なにそれ」


「うーん。振り向いて私が離れていたら、戻って来て手を引っ張ってくれるのが良いなぁ」


「それがあんたの理想の男?」


「うーん。多分そんな感じ」


「うーん。タコチュゥゥー」


「タコチュゥゥー」


「そう言えばさぁ。あんたSNS全然更新しなくなったよね」


「はーい。済まんこってすぅ」


「あんた毎年九月頃までめちゃめちゃ投稿して、十月には止めちゃうよね」


「うーん。なんでだろうね。なんかもういいやってなっちゃうのよ。『良いね』もなにも付かないから」


「はあ? これでもかって言うぐらい『良いね』もコメントも付いてたじゃない」


「うーん」


「なに。あんた『良いね』が千くらい付かないと納得できないとか? 贅沢だなぁ」


「うふふぅ。違うけどぉ。反応して欲しい人がしてくれないからぁ。気力が持たなくなるのよぉぉぉ」


「よぉぉぉ……って、反応して欲しい人って誰」


「何でもないぃぃ。脱力感を表現してみましたぁぁぁ」


「脱力してるのぉぉ?」


「そうなんですぅぅぅ」


「そぉぉですかぁぁぁ」


「うぷっ」


「なによぉ」


「だって。あぁぁぁって言う時、あごを上げるんだもん。笑わかさないでよ」


「笑わかせたつもりはありませんわぁぁぁぁ」


「くっ、もう止めて。背筋まで伸ばしながらあごを出すとか反則だよ」


「始めたのはあんたの方ぅぅぅぅ」


「そうだっけぇぇぇぇ」


「そうですぅぅぅ」


「済まんこってすぅぅ」


「タコチュゥゥー」


「タコチュゥゥゥゥー」


「で、話は戻るけど。進路はどうするの」


「うーん」


「あんた、最近『うーん』しか言ってないよ」


「うーん。そうかなぁ」


「うーん。そうだねぇ」


「うーん。どうするかなぁ」


「あ、あのさあ。それって家の事とかの影響じゃないの」


「あー、それなぁ」


「どうなの。あんたの親」


「うーん。前から酷かったけれど、決着を付けたみたい」


「決着って、もしかして」


「うん、離婚が決まったの。だから私はもう直ぐ孤児になるのよ」


「いや、孤児にはなんないでしょう」


「うーん。わかんない。卒業したら家を出ようかと思っているし」


「進学は?」


「だから、それも悩みちゅー」


「タコチュー」


「タコチュー」


「って、笑い話じゃないじゃん」


「そうだねぇ。私はどうなるんだろうねぇ」


「そうねぇぇ。浮雲の様な人生が始まるのかしら」


「浮雲ねぇ」


「浮雲よぉ」


「あっ!」


「なに」


「浮雲! そうだ! 遠くに浮かぶ浮雲!」


「浮雲がどした」


「思い出したの。夏空! 夏空だよ! 私が大好きなのは夏空だよ!」


「なんなの急に。夏の空が好きなの」


「うーん。ちょっと違う」


「なにそれ」


「夏空は好きだけど。好きなのは夏空じゃないの」


「なにその禅問答みたいなの」


「うーん。好きな人のイメージ」


「もしかして、いきなり男の話?」


「そう、あの人の話」


「えっ、急に恋愛話?」


「あのね。夏空じゃなくて、夏空の下で会えるあの人が好きなの。毎年夏に会えるあの人の事が大好きなの。夏空があの人のイメージなのよ!」


「あーあ。前に話してた、夏に別荘に行った時に会える君ね。もしかしてSNSの『良いね』もその人のことかしらねぇ」


「うん! 私の運命の君!」


「ほーう」


「初めて会った時。ひとりぼっちで歩いていた私の手を握って、連れて行ってくれたの」


「きゃー! 最近の話?」


「小一」


「小一って、いつの話よ。わたし生まれて無いわよ」


「えっ?」


「えー」


「あっ! 嘘つきチュー太郎」


「チュー太郎参上」


「嘘つきチュー太郎め。成敗つかまつる」


「お代官様お許しを。あちきには可愛い子供たちがぁ……それでそれで?」


「うん。それから毎年会えるのが楽しみだったの。今年も会えるかなぁ」


「おおー。もう直ぐじゃん」


「今年はもっと可愛いワンピースに、去年より大胆なカットソーとダメージデニムのホットパンツを履いて行こう。浴衣も新調しちゃおうかなぁ」


「なにその話しぃぃ。ひとりでのろけてなさいよぉぉぉ」


「あらぁ。これは失礼しましたぁぁぁ」


「いーえぇぇ。頑張ってねぇぇぇ」


「うん。ありがとう」


「えー、いきなりマジモード? だったらさあ。今年は夏空の下で、これをしてきなさいよぉぉ」


「なにをですかぁぁ」


「タコチュゥゥー」


「タコチュゥゥゥゥー」

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