第3話 ジジさまが来た

 僕はトコトコ歩いて料理場へ行って、マーサにお水をもらう。

 コップのお水を飲んで人心地ついたころ、玄関がにわかに騒がしくなった。


「まぁまぁ、そろそろご到着でしたね。坊ちゃま、お客様ですよ」

 マーサがニコニコと告げた。

「おきゃくさま?」

 僕は不思議そうに首をかしげた。

 マーサは手早くコップを片づけると、小さな僕の手を取った。

「今日は坊ちゃまのお誕生日ですもの。お祝いにお客様がおいでくださったのですよ」

「だれ?」

「それは会ってからのお楽しみでございますよ」

 にっこりと笑ったマーサに手を引かれて、玄関エントランスへ向かうと、父様と執事のバートンが来客の対応をしていた。


「遠路遥々、ようこそおいでくださった、お義父ちち上様」

 父レイナードの声に視線を向けると、そこにはいかつい大柄な老人と、数人の従者が歓待を受けていた。


「ジジさま!」

 思わず叫んだ僕の声に反応して、老人は顔をこちらに向けると、破顔して大きく手を広げた。

「おお、ハクよ! 良い子にしておったか? どれ、ジジにかわいい顔を見せておくれ!」

 僕はトコトコ走ってジジ様に駆け寄ると、勢いに任せて飛びついた。

「おひさしぶりです、ジジさま! おげんきでしたか?」

「ワシは見たとおり元気ぞ! ハクも元気か? 少し大きくなったなぁ」

 飛びついた僕をヒョイと抱え上げると、愛おし気に頬ずりをした。

「ジジさま、おひげがいたいです!」

 ちょっぴり嫌々してみれば、ジジさまは眉を下げて謝った。

「おお、すまん、すまん。ハクに会えてうれしくてのぉ。ジジを嫌いにならんでおくれ」

「きらいになんてなりません。ハクはジジさまがだいすきです!」

 そう言って首に抱きつくと、ジジ様はうれしそうに目尻を下げて笑った。


 知らぬ者が見れば、ただの孫大好き好々爺こうこうやだが、かつては北の剛勇と恐れられた、前ラグナード辺境伯ジル・ラグナードその人である。

 ジルじい様なのでジジ様と呼んでいる。

 僕だけだけど。


 それを見ていた父様や従者さんたちは、相変わらずの光景に苦笑していた。

「お義父上様、お疲れでしょう。まずは旅の汚れを落として、お寛ぎください。バートンご案内を」

「かしこまりました」

 執事のバートンがうやうやしく腰を折る。

「うむ、世話になるぞレイナード殿」

 鷹揚おうようにうなずいて、僕を抱っこしたまま移動しようとするジジ様から、父様は素早く僕を回収した。

 ジジ様は一瞬不満そうにしつつも、「またあとで、たくさん話をしようぞ」と、笑って客間へと歩いていった。

 僕は見えなくなるまで、小さく手を振って見送ったよ。


「……父さま、きょうはごちそうがでるかな?」

 父様は苦笑したまま僕を床へ下ろすと、優しく頭をなでた。

「今日はハクの誕生日だからな。お義父上様もいらしてくださったから、今夜は少し豪華になるぞ」

「やった〜!」

 僕は満面の笑みで、その場でピョンピョンと飛び跳ねて喜んだ。

 晩ご飯が楽しみだね!



 その日の夕食はお肉がたくさんで、満腹になったよ。

 いつもはもっと質素でお肉もちょっぴりなんだよね。

 誕生日くらい豪勢でもいいよね~。


 ジジ様や辺境伯家の親戚たちから、たくさんのプレゼントが届いていた。

 本や短剣(木剣)や洋服やいろいろ。洋服といっても従兄弟たちのおさがりだけど。

 おさがりと侮ることなかれ。

 辺境伯家は男爵家とは格が違うから、我が家では仕立てられないような高級品ばかりだよ。

 ただねぇ、サイズが大きめだねぇ。

 マーサがあとで仕立てなおしてくれるって言ったんだ。

 明らかに大きいのは兄様たちへと回される。

 親戚がお金持ちって、本当にありがたいよね。



 夕食後は、ジジ様とみんなでおしゃべりをした。

 僕の得たスキルのことも当然話題に上る。

 僕のスキルを聞いても、ジジ様は嫌な顔をしなかった。

「よいよい」と目尻を下げながら、お膝の上に座った僕の髪を、愛おしげになでてくれたよ。

 ジジ様の孫の中で、唯一のゆるキャラ枠の僕。

 亡くなった母様の面影を色濃く受け継いでいるらしいから。


 似ているといえば、リオル兄も似ているけど、リオル兄はシュッとしていて、ひとりでなんでもそつなくこなしちゃうきれい系男子なんだよね。

 かわいいって感じはないよね。


 一方僕は、見た目からして頼りない感じを全面に押し出している。 

 吹けば飛ぶような貧弱さだよ。

 ちびっ子でほえほえしているところとか、構いたくなるのかな?

 髪も結構長くて、いつも後ろで結んでいるよ。

 切ろうとすると家族もマーサも泣くんだよ。

 以前、マジで泣かれたんだよ!

 なんでかな!?

 


 僕の母様は辺境伯家の娘だった。

 辺境伯家は男系の一族で、男子ばかり授かっていた。

 そこに女の子が生まれたことで、それはそれは大切に育てられたそうだ。

 しかし母様は生まれつき身体が弱かったため、ジジ様は政略結婚ではなく、娘の望む結婚を許したのだそうだ。

 どんなロマンスがあったかは知らないけれど、父様と母様は貴族では珍しい恋愛結婚だったとか。

 病弱といわれた母様は、男子を三人もうけたが、僕を産んだあとは寝つくことが多くなり、三年前の冬に風邪をこじらせて帰らぬ人となってしまった。

 僕が二歳のころのお話だよ。

 だから僕は母様のことを、ほとんど覚えていないんだ。


 僕のお母さん代わりは侍女のマーサ。

 マーサにギュッとされると、お日様の匂いがして大好きだよ!

 

 そのせいもあってか、周りの大人たちは過保護気味だよね。

 僕の好きなように生きればよいと言ってくれる。

 だから僕は遠慮なく、のんびりガーデニングライフを送るんだよ!

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