第14話 プリクラの後

 画材屋は僕が初めてみるものがいっぱい並んでいる。一生使うことないものも、どうやって使うかも想像つかないものもたくさん置いている。

 その中で、遼子は奥に入って、腕に抱えれるほどの大きさのキャンバスを二枚持ってきた。

「奏太は何か買うの?」

「僕はスケジュール帳のシール」

「あ、そっか。それなら一階に置いてあるよ。これだけ、先にお金払ってくるね」

 小さなパレットに固形絵の具が付いていて、筆とスケッチブックが付いているセットが売られていた。それを買うと…なんだか僕でも絵が描けそうな気になってきた。じっと眺めていると、会計を済ませた遼子が来て声をかける。

「何見てるの? 水彩絵の具セット?」

「絵を描くのって…難しい?」

「ん? 難しくはないと思うけど」

「なんか、ここにいると描いてみたくなる」

 絵を描く指南書みたいな本も置いてあるし、絵を描くセットみたいなものも売られている。手軽に始められそうな気になる。

「やってみてもいいかも…意外と上手く描けるかも?」と言って、さっき見てきた固形絵の具のセットを手にして言った。

「これ、プレゼントしよっか? モデル代として」

「え? いいよ。思うだけで、描かないと思うし」

 きっとこの場所の雰囲気でそんな気持ちになっているだけだ。買ったところで、開けることもなく、部屋のどこかに置かれるだけだ。

「描かなくても、これがあれば助けになるかも」

「何の?」

「災害時にも…心の支えになるし」

「それは多いに助けになるね」 

「いつか子どもができて、手形を残したり…。その子が大きくなって、夏休みの宿題に困ってる時に使えるかも」

「なるほど…ますます使える」

「とにかく持ってて困ることないから」と深夜の通販番組のように、畳み掛ける。

「絵が描けなくても? 使える?」

「下手でも、絵は描けると思うよ」

 まあ、確かに描けると思う。下手だけど。そんなこんなで遼子はそのセットを掴むと再びレジに戻った。割といい値段がしていた。

 何だか申し訳ない気がしてくる。やはり自分で買うべきだっただろうか。そんなことをつらつら考えていると、遼子が嬉しそうに戻ってきた。

「はい」

 手渡されたのはリボンがかけられ、綺麗にラッピングされていた包みだった。中に何が入っているのかは知っている。でも何だかすごく感動した。遼子がくれるプレゼントだからだろうか。

「本当に大切にする」

「あの、無理して使わなくてもいいからね」

「え?」

「いつか必要になったら、開けてみて」

「そんな日がくるのかな」

「来ると思うから。何事も人生にはタイミングがあって。その時じゃないと無理したっていいことないから」

 何だか不思議なことを話されている気がしたけれど、僕はそんなものかな、と思った。でも未だにタイミングが分からずに、あの時の絵の具は今もまだ開けられていない。

 その後、僕はスケジュール帳のシールをバリエーションあるだけ買って、遼子に渡した。おまけに使いやすそうな少しだけ上等なボールペンも絵の具セットのお礼の代わりにプレゼントした。

「それは今すぐ使って欲しい」

「今すぐ使いたい」

 ボールペンは艶のある紺色で塗粧がされていて、金のラインが入った細身の造りだ。遼子に似あうと思った。遼子は嬉しそうにペンを受け取ると、カバンに入れた。大きなキャンバスは僕がしばらく持つことにして、「プリクラ取りに行こう」と手を引っ張られた。プリクラの機械で、写真を撮るなんて、結構久しぶりで僕は緊張したけど、遼子は楽しそうにいろんなボタンを押していた。

「ほら、撮るよ」

 カシャ

「うわぁ」

 目が半眼で写ってしまう。

「目、しっかり開けて!」

 カシャ

「あ」

「奏太、それは開けすぎ」

 二人で大笑いしてる時に

 カシャ

 プリクラってこんなに笑えるものだっけ? 写りの悪い写真もしっかり印刷されて、それを見て、また笑った。その後、何度かプリクラに挑戦して、最後にようやく僕が納得のいく一枚ができたけれど、なんでプリクラで、こんなに息が切れるほど、はしゃげたのだろう。たった写真を撮るだけで、ものすごく充実した疲労感があった。機械の横に紐付けされているハサミで全部、半分にした。

「ちょっと休憩しよう」

 コーヒーショップに入って、僕たちはまたプリクラの写真を見た。僕がひどい写りなのが多い。でも遼子もうっかり半眼なのもあった。二人で大笑いしているのと、最後の納得の一枚をスケジュール帳に貼った。残りは却下だ。でも遼子は全部、一つ一つ貼り付けていった。

「奏太…。疲れた?」

「うん。少し。笑い過ぎた」

「面白いよねぇ」と言って、小さな写真を眺める。

 自分の不細工な顔を見て、僕はまたおかしくなった。

「あのプリクラ、カシャの音と写真になるタイミングズレてるよね?」と遼子に笑いかけた。

「奏太…」

 何か思い詰めたような顔だったので、僕が何か間違えたことを言ったのか、と思った。

「付き合いたい」

 僕はどんな顔をしていただろう。きっとプリクラより不細工な顔で止まっていたに違いない。

「…好きな人、他にいる…と思ってたんだけど」

 勘違いでなければ、遼子は僕に恋なんてしていないと思う。ただ居心地のいいだけの存在だ。そして僕の勘は当たっていた。

「…うん。でもその人…諦めなきゃいけない人だから」

「だから僕と付き合いたいってこと?」

 遼子じゃなければ、言った人の人間性まで疑っていたと思う。

「奏太と一緒にいたいって思ったから」

「…うん。でも今までみたいでいいんじゃないかな。一緒に出かけて、こうして遊べたら…」

 自分が惨めになるのが嫌なのか、僕は自ら遠ざけようとした。

「うん。…でも私は奏太に触れたい」

「誰かの代わりじゃなくて?」

 どうして僕は素直になれないんだろう。誰かの代わりだって、僕だって、遼子と肌を重ねたい。

「…分からない」

 遼子はこんなにも素直に言ってるのに、僕が素直に言えないのは僕は遼子に恋をしていて、彼女はそうではないからだ。それにこの関係が壊れる気がする。安全な場所で楽しい時間を過ごしていたのに、臆病な僕は躊躇してしまう。

「必要なのかな」

「ひどいこと言ってるの、分かってる」

 遼子の指が僕の手に触れた。頼りなさげで、僕は振り払えなかった。その晩、遼子を抱いた。それがよかったのか、分からない。悲しくなった。

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