10 「絶対ない。レナルドに頼るのだけはしない」

 *



 『賢者』とは、魔術や魔術に関係する歴史、魔物の生態など、分野は様々知識が秀でている者の総称──と言われている。

 大抵幼い頃に、子どもに似合わぬ知識を持っているがゆえに見出だされ、国によって保護される。

 シェノンもまた、賢者の一人として七歳のときに発見された。

 しかし──賢者の本当の意味は、賢者たちと他の一部の者しか知らない。


 研究室を出たシェノンは、行動を共にしたくない魔術師個人的一位と歩くことになっていた。

 くすんだ金髪に灰色の瞳。常時笑みの形に歪んだ目が、愉快そうにシェノンを見てくる。


「聞きましたよ、目覚めて早々第二騎士団を戦闘不能にしたとか」

「……」

「人間に絡まれて大変ですねぇ。ですが、あなたに絡むのは見る目はあります」


 そこまで無視し続けていたシェノンは、冷たく鼻で笑う。


「どうだか。私よりよっぽど危ない存在がいるのにそれに気づいてない」

「おやおや『今』は人間ですよ、シェノン殿」

「『側』だけでしょ」


 行き着いた部屋に入ると、十人の魔術師が円卓を囲んでいた。

 全員徽章は白金。賢者とは、主に研究分野で最高位を与えられている。それほど優れた知識を前提として、賢者として保護されるので必然だ。

 シェノンの徽章が最下位の緑なのは、魔王の祝福を受けている手前昇格させられないという事情に過ぎない。


「やあ、八年ぶりだ。シェノン」

「どうも」

「ラザルもわざわざ呼びに行ってくれてありがとう」

「お安いご用です」


 賢者を取りまとめる賢者長に挨拶し、シェノンはさっさと自分の席に座る。隣はエトだ。

 魔術師全体を取りまとめる魔術師第一位はエトだが、賢者会と呼ばれる国直下のこの集団をまとめるのは、また別の者だった。


「さて、今日集まってもらったのは他でもない。我々の知識を絞り、魔王復活の予兆が出る現状への対策をと要望が出ている」


 賢者長の言葉に、「そうは言ってもなあ」という声が上がる。


「魔族の討伐やそれらからの防衛は騎士団の仕事、瘴気の影響を受けた者の治療は聖教会の仕事。それ以外にやることがありますか? 我々の賢者である所以を活用せよと言うのなら、魔王が討伐されたのは四百年前でしょう? 私の『前』はせいぜい百年前です」

「ふむ、魔王討伐当時のことを知る者が当時のことで活用できることを思い出す、か。道理だ。──エト、君は?」

「『私』はせいぜい二百年前だ」

「シェノンは?」

「『私』は五百年前です。魔王討伐前ですね。──魔王が先代の聖王の祝福の受け手に討伐されたときなら、おまえは生きていたんじゃないの。ラザル・フロスト」


 シェノンは回答ついでに、斜めを見れば見える席にいるラザルに矛先を誘導する。


「ほう、そうだったかな、ラザル」

「ええ、まさにそのときに死にましたからねぇ。ですが、現状の収束には根本の解決。つまりは魔王討伐でしょう」

「だろうね」

「で、あれば現在の聖王の祝福の受け手にどうにかしていただく他ないのでは?」


 ラザルは薄ら笑いで、同意を求めるように首を傾げる。

 確かにそれはそれしかないとほとんどの者が頷く。


「我々が出来ることと言えば、それまでどれほど犠牲を抑えられるか。それなら力になれるでしょう」

「まあそうだね。目先の問題で言えば、最近出現を認められた古の魔術を帯びた魔物の魔術解明、今後現れるかもしれない古に存在した魔物の予測──皆進んでいるか?」


 賢者たちは口々に「勿論」「目処は立っている」などと言う。


「賢者長、今処理をしきれずにたまっている瘴気や呪いがそろそろ保管容量を越える恐れがあったのでは? シェノン殿が起きられたようですし……」


 ラザルがぬるりと話題をねじ込み、賢者長が「ああそうだったな」とシェノンの方を見る。


「シェノン、いつものように引き受けてくれるか?」

「ええ」

「悪いね、浄化せずにリスクなくそんな芸当が出来るのはおまえくらいだから。聖教会も今年は本当に人手不足だろうが、おまえをゴミ箱扱いして押し付けてくるのは良くないよね」

「ゴミ箱扱いは今あなたが言語化しましたよね」


 うっすら笑いながら、「義務と思っていますから構いませんよ」とシェノンは承諾する。

 賢者会はいつものようにてきぱきと終わり、シェノンは部屋を後にする。


「あー、入れなかったのね」


 部屋の外に鷲の使い魔が空中にとまっていた。シェノンが歩き始めると、少し離れた頭上を飛んでついてくる。


「シェノン」

「あーエト」


 ラザルに声をかけられる前にさっさと研究室に戻ろうと思っていると、声をかけてきたのはエトだった。

 エトの何だか表情が険しい。いつもの三割増しだ。


「どうしたの?」

「瘴気と呪いについてだ。八年前まで問題なく引き受けられていたのは、例の魔術に前もって組み込んだ魔術があったからだろう。今魔術はかけ直せているのか」

「いいえ」

「……最近の瘴気は濃度が高く、呪いは得たいの知れないものばかりだぞ」


 エトの懸念する様子に、シェノンが「へえ」と軽い相づちだけ打つと、エトは何か言いたげにする。


「どうにかなる。どうせ『これ』の影響で瘴気や魔族の呪いでは死にやしない」


 周囲が噂するように、魔物の言うことを聞かせるようなことも出来ると思う。魔王の祝福の力を引き出せば。

 けれど祝福の力を引き出そうとしていない状態で、瘴気を受けても死には至らないのは、人間と同じにはなれない呪いのようだと思う。


「これは、本格的に寝られないかも」

「レナルドに浄化してもらってはどうだ」

「絶対ない。レナルドに頼るのだけはしない」

「嫌に頑なだな。元々人に頼らない性分だとは知っているが、レナルドに瘴気や呪いの処分が行くのは時間の問題だろう。これまでおまえに任せていたから任せたのだろうが、レナルドがいる。頑な過ぎではないか?」

「……そうかな」


 そうだろうか? ならばなぜだろう? 自分でも理由は見つけられず、考え込む。最近こんなことが多い。


「ラザルももう少し頭を回せばいいものを」

「ラザルのあれはわざとでしょ。……ねえ、ここ数年のラザルに何か思うところはある?」

「最近は特に魔物の生態について役に立ってくれているとは思うが。なんだ、相変わらず仲が悪いのか」

「私が嫌ってるだけに見えてるでしょうね」

「そうだな。どこが気に障る? 魔王の祝福に関してとやかく言われるとしても、そんな者はいくらでもいるだろう」


 存在、と言いたいのは山々だが、ラザル・フロストは賢者として大いに貢献しているのでエトにさえ理解は得られないだろう。

 エトにも全てを話すことはできない自分が原因でもある。


「まあ、ラザルの方もおまえに付き纏いすぎては、レナルドの気に障っていつか大怪我をするはめにならなければいいが」

「あー、レナルド学院時代親が神官の生徒に重傷負わせた事件」


 シェノンが何気なく溢すと、エトが意外そうにする。


「知っていたのか」

「うん、エトに聞いた」

「? 今私が言う前に詳細を知っていただろう」

「エトに聞いたから」

「???」

「実際は前にちらっとエトが言ってたのもあるけど、詳細は今日レナルドが在学時に在学してた魔術師に聞いた。レナルドには内緒って約束したから内緒ね」


 エトに聞いたことにすることになっていると言うと、エトは大して気にした風もなく「構わんが」と受け入れた。

 そういえば、とその流れでシェノンはあることを思い出す。


「人工聖遺物、か」

「何を急に、滅多なことを言うな」


 シェノンの脈絡のない話題の流れに訝しげにしつつ、エトは注意する。


「聖教会に自分から嫌われたい理由でもあるのか」

「その聖教会が大好きなレナルドのためと言えなくもない」


 どこがだと聞こえてきそうに、エトは片眉を上げて理由を視線だけで促した。

 シェノンは軽く笑って「ゆくゆくは」とだけ応じた。

 ディランはレナルドに協力してもらったと言っていた。

 それもそのはず。本来の聖遺物は聖王の力が宿ったものだ。ゆえに聖王ゆかりのものか、聖王の祝福を受けたものの遺物の中に生まれる。神官の持つ程度の祝福の欠片では生まれようがない。

 聖遺物を作ろうと言うのなら、まず聖王の祝福を受けたレナルドから元をもらうのが一番だろう。魔術の素材として使うのに、軽いものは毛髪。最高の素材は血だ。

 そして魔術師で言えば魔力という選択肢が増える。


「これ使えるかな?」


 シェノンは、レナルドの魔力を帯びる腕輪をじっと見つめた。




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