足跡

藤間伊織

本文

子供とかファミリー向けの施設で、列を作る場面では足元には足形があった。シールのように床に存在しているそれに、子供の時は嬉々として自分の足を重ねていたものだ。デフォルメされた足形は自分の足より大きく、かかとを基準にしたりつま先を合わせたりして、それだけでもそこそこ遊べた。そして早く大きくなりたいなどと子供特有の願望も年相応に持っていた。


少し成長して、学校に通うようになった。毎日通う通学路の横断歩道の前、脇の方に足跡があった。誰かがコンクリートが乾く前に突っ込んだのか、別の理由があるのかは知らないが、左足の跡だけぽつんと残されているのに信号待ちの間、よく自分の靴を重ねた。最初は自分の方が小さく、段々成長して同じくらいになると嬉しかった。そしてついにその足形に自分の足は収まらなくなった。



そんな走馬灯と言えなくもないことを思い出したのは、自分がこれから死ぬからだろうか。それとも目の前にある足形に触発されただけだろうか。


自分のいる少し危ない職場では、やらかしたら「お仕置き」を受けなければならない。夜な夜なうめき声が聞こえるとか、扉の隙間から黒い影が這い出てくるのを見たとか、いい噂のない業務用の広い冷凍室。

自分の身ぐるみを剥いだ上司が、意地の悪い笑顔で「夏場でも腐敗が進まなくて優秀な部屋だ」と言って尻を蹴飛ばしてきたのを思い出す。何がとは言わなかったが、うちの会社がどこと繋がっているのか知っていれば想像は容易い。


下着一枚の体はどんどん体温を失っていく。霜の付いた荷物の間を縫って少しでも冷気が遮れる場所を探す。生存本能、というのも意味が違うが、やはり自ら生を諦められるほど自分はさっぱりした性格ではなかったらしい。

何も覆うものがない手足の指は既に感覚がない。荷物を避けて歩き、隅まで来てしまうとそこの空間だけぽっかりと開いていた。今まで視界を埋めつくしていた白の世界から浮いている、何かが見えて近づいた。


真っ赤な足形。親指から小指まではっきりと区別出来る。吸い寄せられるように近寄ると、自然と自分の痛みすらない足裏を重ねていた。

足形は自分と同じくらいの大きさで、不思議と顔に笑みが広がった。引っ張られた頬の皮膚が痛いが、それすらも可笑しく感じた。次から次へと込み上げる感情は止まらず、ついにはどこにそんなエネルギーがあったのか、大声で笑いだしていた。



冷たい箱の中で聞こえる唯一の音。壁に吸い込まれて響かないのは少し寂しい気もするが、足形の先人達もきっと同じだったろう。


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足跡 藤間伊織 @idks

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