推しに命を狙われるヒロインに異世界転生しましたが、死亡フラグ回避してみせます!

草加奈呼

第1話 異世界転生!?

 みなさん、聞いてください。

 自分でも何を言っているのかよくわかりませんが、今起こっていることをありのままに話します。

 私……、私…………。


 推しに命を狙われていますっっ‼︎


 目の前に憧れの推し。感動しないわけがないでしょう、しかしっ!

 実際問題、推しは仕込み短刀を光らせながら、こっちを狙っています。


 どうしてこうなったのか?

 コトの発端は(体感)数日前…………。



 私の名前は天乃織陽あまのおりひ

 今年医師国家試験に合格し、晴れて研修医となった。

 忙しい日々を送っている私の心の支えは、推しの存在だった。

 推しが物語の中で生き続ける限り、私は頑張れる。


 現在の推しは、少し前から読んでいる小説の登場人物。

 主人公サイドとは敵対している暗殺者なのだけれど、そのビジュアルに一目惚れしてしまった。金色の髪に赤い瞳という、暗殺者に似つかわしくない風体で、とてもミステリアス。きっと暗殺業をしなければならない深い理由があるのだと……、今後その理由が解き明かされる時が来るのだと……、そう思っている。


 それに、なんとヒロイン・ヒイロの本名が私と同じ「オリヒ」。

 職業も同じ医者という、何かしら運命を感じる要素が満載なのだ。


 そして、今日はその推しが出る小説「サイノス」の新刊発売日!


「まだ、本屋さん開いてるよね……?」


 帰宅途中、ちらりとスマホの時刻を見る。

 現在、午後8時50分。

 やばい、あと10分しかない!

 私は、急いで横断歩道を渡って本屋に駆け込んだ。


 数分後、私は無事にサイノスの新刊を手に入れた。

 はあぁぁぁ〜。思ったより早く来てくれた……推しの表紙……!

 あっ、保存用にもう一冊買っておけばよかった。

 私の後ろでは、すでに店員が閉店準備を始めていた。仕方がない、保存用はまたネットで注文しよう。

 ああああ、早く帰って読みたい! 逸る気持ちを抑え、復路の横断歩道を渡ろうとしたその時……。


 キキキキキーーーーーーッッ‼︎


 えっ?


 ものすごい急ブレーキ音の後に、その物体は私に直撃した。


 えっ? 信号、私が青だったよね……?

 いやいやいや、そもそも、こんな交差点で急ブレーキって、どれだけスピード出してたの……? 死を感じる直前って走馬灯が見えるって言うけど、ああーー、なるほどこんな風にゆっくりに感じるんだ……。

 私は、推しが表紙の小説を握りしめたまま道路に倒れた。

 ああ、これは、死ぬ……。

 私、サイノスの新刊を読めないまま……推しの生い立ちを知らないまま……


 死ねないッッ‼︎


 ────。

 ────。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか?

 目覚めると、私は知らない部屋で寝ていた。

 私、生きていた……?

 ここは病院で、きっと私、点滴なんか射たれて……。


 …………。


 腕を見ると、点滴はなかった。それどころか、事故に遭ったのに傷ひとつないし、普通に起き上がれる。体を起こして周りを見ると、薄暗く簡素な個室だった。現代の病院とは思えない……。

 おそるおそる個室を出ると、廊下に怖そうな男性がいた。年齢は、40〜50代くらい。体中傷だらけで筋肉質。まるで歴戦を繰り返してきたような体格。この人も、入院患者なのかな……?


「あ、あのー……」


 思い切って声をかけると、男性は唇の端を上げて笑った。


「おう、どうしたヒイロ?」


………………。


………………ん?


「すみません、今、なんと?」


「なんだよ、ヒイロ、寝ぼけてんのかぁ?」


 んんっ⁉︎

 私は部屋に戻り、急いで鏡を探した。

 さっきから感じていた違和感、どうか勘違いであってほしい……!


 洗面台に備え付けられていた鏡を見ると、そこには……。

「サイノス」のヒロイン、ヒイロが映っていた。


 うわああああああああああ‼︎


 叫びたい気持ちをなんとか抑えたが、心臓はバクバクしていた。

 そして、もう一度鏡を見た。

 赤毛のショートカットに、きれいな顔立ち。

 だめだ。どこからどう見てもヒイロだ!


 さっきから感じていた違和感。体の傷がない事もそうなんだけど、よく見るとやはり体のパーツが全然違うし、ヒイロは背が高いから目線がいつもより高い。

 あと、人生初のヘソ出し…………。ファンタジーの女性キャラにはよくある服装なのだが、自分が着るとなると、顔から火が出るほど恥ずかしい…………。

 ブルー基調の、伸縮性のある生地の服。ボトムはパンツで動きやすい。なるほど、小説の中のヒイロが機敏に動くシーンもあったけれど、こういう風になっていたのね。


 ……そうか、これは夢なのだ。

 生死を彷徨って夢を見ているのだ。

 なあんだ、それならしばらくヒイロでいてもいいかな。


 ここがサイノスの世界だとすると、もしかしてさっきの男性は、クレスタ?

 クレスタは、ヒイロの収容所仲間で、この収容所の中ではわりといい人に部類する。いろいろと面倒見のいい兄貴分だ。小説の中ではわりとモブ扱いで挿絵も小さくしか描かれていなかったから、こんなにはっきりと姿が現れるとは思わなかった。


 でも、ヒイロの収容所時代って、あまりいい環境じゃなかったよね……。

 夢だけど、それは嫌だなぁ。よし、目覚めよう!

 私は、もう一度寝台に横になって目を瞑った。

 これは夢……これは夢……。起きろ……目覚めろ……。


 ………………。


 起きろーーーーーーっ‼︎


 一向に、目覚める気配がなかった。


「え……、どうして……?」


 だいたい、これが夢だとわかった途端に目覚めたりするのに!


 まさか。

 まさか、そんな非現実的な事……。

 私は、頬を思いっきりつねった。

 痛ぁ…………。


 嘘でしょ⁉︎

 これはもしかして、サイノスの世界に異世界転生⁉︎

 しかも、私がヒロイン⁉︎

 ヒイロ本人はどこに行っちゃったの⁉︎


 いろいろと疑問はあるが、元の世界に戻らなければ。

 でも、どうやって?

 とりあえず、今が小説のどの時点なのか、知る必要がある。この収容所から話が始まるポイントは、いくつかあるのだ。


 今が、いつなのか。


 それがわかれば、先読みをして次の行動ができる。

 クレスタに、なんと訊けば時系列がわかるだろうか?


「あ、の……。クレスタ……。兄貴……は?」


 目一杯のヒイロを演じ、再び廊下にいるクレスタに声をかけた。

 緊張で声が枯れそうだった。

 ヒイロには、ヒサクという実の兄がいる。その所在がわかれば、今がいつなのかわかる!


「なんだぁ? やけにしおらしいじゃねぇか、ヒイロ。

熱でもあるんじゃねぇのか?」


 クレスタは、自分のおでこをヒイロの、つまり私のおでこにくっつけた。

 いきなりの出来事に、私は頭から蒸気を出して後ろに倒れそうになった。


「おぉっと⁉︎」


 クレスタが支えてくれたが……。ち、近い〜〜〜〜‼︎

 え、ちょっと待って⁉︎ 今まで、クレスタの事はモブのお父さんくらいにしか思ってなかったけど、こんな展開アリなの⁉︎

 実はイケオジだったキャラに、おでこくっつけられて、一瞬だけど腕の中でしたよ⁉︎

 クレスタは、軽々と私の姿勢を正してくれたが、さっきから驚きの連続で私の心は全然落ち着かない。


「まあ心配しなくても、ヒサクの事はもう追いかけやしねぇよ。ボスは、おまえにご執心らしいからな」


 ヒサクはここにいない……! じゃあ、武闘大会の時に、ヒサクや他の仲間達と別れた後なんだ。

 ……と、すると……?

 私は、心を落ち着けてサイノスの物語の記憶を辿り、この後に起こる出来事を探る。

 そして、さぁっと血の気が引いていった。


「おう、ヒイロ。おまえ、本当に顔色悪いぞ? どうした?」


 だって……この後は……。


 私の推しが、ヒイロを殺しにやってくる…………。

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