第9話 直感

「うん、硬いね!!」


研究者魂故なのか、はたまたただの酔狂か……。

敢えて勇者であるアリアの攻撃をもろに喰らってみせたカルルが、打ち身の痛みに顔を顰めながら、しかし俺が重ねかけた守護の魔法の効果によって、全く血が出ていない事をバカみたいに喜び、そんな事をのたまった。


「こちらは気にせずハクタカは自分のなすべきことに集中しろ!」


トレーユのアシストにハッとして、気持ちを切り替え、思念体に向かって剣を抜く。


強く唇を噛み締め思念体に向かって一歩踏み出せば、思念体が怯えた子どもの目をしてアリアに向かって必死に手を伸ばしながら


「かあさま! 助けて!!」


そう叫んだ。

それに気づいたアリアが必死に駆け寄ってこようとするが、トレーユとカルルに阻まれ叶わない。


「来ないで! 嫌だ!! かあさま助けて!」


覚悟を決めた俺が一歩ずつ詰め寄る度、思念体は怯えたように後ずさりながら、身を守るようにその小さな体の前でがむしゃらに棒の様に細い手を振った。



思念体も痛みを感じるのだろうか?


正直よく分からない。

それでも無駄に苦しめるのは可哀そうに思えて。

俺はせめて一発で仕留められるようにと、息を止め剣を斜め上に構えた。



下手に苦しませるような真似はしない。

……そう決めていたのに。


非情になりきれなかったせいか、手元が狂い、刃は思念体の心臓ではなくその小さな肩を貫いた。


剣先から思念体に触れた部分が冷たく凍りついて行く。

指先が凍傷になりかけた為、嫌な感触の残る剣を急ぎ投げ捨てれば。

赤黒い血を零し、痛みに涙を零しながら思念体がその場に小さく蹲るのが見えた。



「ハクタカ、どけ! 僕が代わる」


とどめを刺せない俺の様子に気づいたトレーユが、強く打ち込む事でアリアを遠く突き放した後、剣を抜いたままこちらに駆け寄って来た。


そうするしかない。

それがいい。


頭ではそう分かっていたのに……


「待ってくれ!!」


気が付けば咄嗟に護身用に身につけていたナイフを抜き、残していた最後の一回のスキルを使ってトレーユの重い剣を間一髪というところで受け止めていた。



「ハクタカ?!」


俺まで思念体に操られたのかと焦るトレーユにそうではないと首を振る。


「トレーユ大丈夫だ。俺を信じてくれないか?」



『もっとキミはキミの直感を信じるべきだと思うよ?』


墓所に再び潜る前、カルルはそんな事を言ってくれたが。


『いつか父さんの様に凄すごい冒険者になるんだ!』


俺がそんな夢を見ていた事なんてすっかり忘れた振りをして、


『日に七回しか使えないスキルで強敵と渡り合うのは不可能だ』


と何か悟ったような振りをして。

自分の直感を、自分の力を信じる事を止め、辛い思い出が多すぎる王都から逃げ出す事ばかり考えるようになったのは、一体いつからだっただろうか……。







◇◆◇◆◇


『ハクタカ、明日は晴れると思う?』


『ハクタカ、今年の冬は大雪になるかな?』


まだ親父も母さんも元気だった頃、いろんな人からよくそんな事を尋ねられた。

そして俺はそれに自信を持って答えていたように思う。

実際周りの大人からは


『ハクタカの直感は当たる』


そんな風にも言われていた。



だから。

王都が魔物の襲来にあった時も、母さんに病魔が忍び寄って来た時も。

多分最初にその前兆に気づいたのは俺だった。


でも……。


いつだって俺はそんな気配というか違和感のようなものを、人よりほんの・・・少しだけ早く察知するだけだ。

天気を変える事は出来なかったし、魔物の襲来を防ぐ事も出来なかった。

母に忍び寄る病も、その進行も。

ただ見ているだけしか出来なかった。



『お前のせいじゃない』


棺に縋って泣く俺に、街の大人達は繰り返しそんな声をかけてくれた。


ほんの少し早く察知出来たところで、俺に出来ることなんて結局何も無かったって事くらい、子どもの俺だって分かっていた。

それでも気づいてしまったが為、後になってもっとああすれば、こうすればと酷い後悔に苛まれて。


……ああそうだ。


だから俺はもうそんな気持ちを味わいたくなんてなくて、母さんが死んだのを期に自分の直感を、自分の力を信じるのを止めたんだった。

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