番外編5 ハクタカの帰省 【side アリア】

田舎にある小さな村でハクタカが倒れている私を見つけてくれた時、私は彼の名前も何も思い出せなかった。


でもそのトパーズ色した暖かな眼差しが、酷く懐かしくてたまらなかった。


だから。

魔王を倒して王都に凱旋してしばらく経った後一人放浪の旅に出たのは、無意識に彼を探していたからなのだろうと、そう思った。





過保護なハクタカは、出会い頭道に倒れていた私の事を長い事心配していたが、ようやく私の体調がとっくの昔にすっかり良くなっている事に納得してくれたらしい。

ある日突然、


「顔を見せに王都に戻ろう」


そんな事を言いだした。


王都に凱旋した後、放浪の旅に出るまでの間ローザの家に厄介になっていた事を私が話したから、律儀なハクタカは私の保護者代わりのローザを安心させなければと思ったのだろう。


反対する理由も特になかったから、私は深く考えもせず旅行気分でハクタカについて言われるがまま王都に戻ることにした。







◇◆◇◆◇


「ハクタカ! お前無事だったか?!」


「手紙一つ寄越さないで、この薄情者め!」


「ちゃんとご飯食べてるのかい?」


「ハクタカ久しぶり! いつ戻ってきたの?」


「こっちには長くいられるんでしょう??」


王都に着くなりハクタカは行く人行く人に声をかけられていて。

私は、ハクタカのその人気者ぶりに驚いた。


下手すると王子であるトレーユ以上に、皆、ハクタカと話をしたそうに見える。

しかし、少し考えればハクタカはやる事成す事スマートだし、優しい上に気遣いまで出来るのだから当然か。


改めてハクタカをよく見れば、彼が今着ている服は村で調達できる普通の物を組み合わせただけのものなのに。

王都育ち故のセンスの良さなのか元の素材が良いのか、こちらでも十分にあか抜けて見えた。



国最強と謳われるギルドのマスターと気さくに話をしている姿にまた驚けば


「親父のコネなんだよ」


ハクタカはそれさえもまたいつもの様にあっさり謙遜して見せた。



しばらくして、ギルドマスターから連絡を受けたローザが会いに来てくれた。


「アリアを送って来てくれてありがとう」


ローザのそんな言葉を聞いた瞬間、私は思わずその場に凍り付いた。

ローザに言われたその言葉で、ハクタカが赤の他人である私をあの家に再び連れて帰ってくれる道理が何一つ無い事に、私は今更ながらようやく気づいたのだ。



『ここでハクタカとはお別れなのかぁ……』


そう思って無償に悲しくなり、思わず俯いた時だった。


私の表情を読んだハクタカが


「さて、顔見せも済んだ事だし。アリア、帰るぞ」


そう言って手を伸べてくれた。

途惑いローザを振り返れば、ローザはやれやれと肩を竦めて見せつつも優しく目を細め


「またすぐに顔を見せにくるんだぞ」


と手を振ってくれた。


私……。

ハクタカと、もっと一緒に居てもいいのかな?


泣き出しそうになりながらおずおずとその手を取れば、ハクタカがまた私を甘やかすように優しく優しく微笑んでくれた。







◇◆◇◆◇


村への帰り道、


「安物で悪いんだけどさ……」


そう言いながらハクタカがお守りをくれた。

ハクタカの瞳と同じ色をした石のついた首飾りだった。


それを見た瞬間、かつて自分がこれを欲しいと思って見ていた時の事を思い出した。

相手が誰かは記憶の中からごっそり抜け落ちてしまっているが、とっても大事な人の瞳と揃いの色をしたそれを見た瞬間、それが欲しいと強く心惹かれた事だけは強く覚えている。


しかし、瞳と同じ色のアクセサリーを送るのは恋人相手だけと相場が決まっているから。

彼の恋人でも何でもない私は……、自身の気持ちにも無自覚であった今よりも幼かった私は、その時それを欲しいと口に出すことが終ぞ出来なかったのだった。


思い出した記憶の中で、その『大事な人』に関する記憶だけが切り取られたように欠落しているためそれが誰だったのかは正確には分からない。


しかし……。

この胸の痛みから察するに、その人はハクタカなのだろう。



「いざという時、アリアの守りになるように」


あの時より少し大人になった……‥私の気持ちなど、何も気づいていないのだろう。

ハクタカは、そんなやっぱりお爺ちゃんのような事を言いながら、でもお兄さんの顔をして甘く微笑みながら、私の首に彼の瞳と同じ色の意思のついた首飾りをかけてくれた。


ハクタカの優しい思いやりを無にするようで申し訳ない。

でも……。

きっと、何より大切となってしまったハクタカの瞳と同じ色のこの首飾りを、私は贄に使う事など出来ないだろう。


ハクタカに手を引かれ暖かな気持ちで家に向かって歩いて帰りながら、私はそっと首飾りに指で触れ、そんな事を思ったのだった。

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