第14話


         ※


 ちょうどその頃。密かに『ある計略』についての議論が行われていた。

 参加者は六人。円を描くように立ったまま、緊張感と静寂を保っている。


 ここに、議論と呼ぶには決定的に欠けているものがある。

 それこそ言葉だ。このままでは議論も話し合いもない。監視任務を帯びた七人目の帰還を待つばかりだ。


 もう一つ奇妙なのは、全員の似たようなほっそりとした体躯。それと、頭から被った真っ黒なフード状の装束。それこそまさに、バッタとの戦闘直後にケレンが遭遇した人物そっくりだ。


 この空間は基本的に真っ暗だが、誰かが立っている場所だけ、逆さまのスポットライトのように灯りがつくことになっている。


 佇む六人の視線の先は一つ。七人目の登場するであろう場所だ。

 ちょうど予期していたかのように、六人がやや輪を広げた。柔らかく短い音がして、スポットライトが注いでくる。

 次の瞬間には、七人目の姿がそこにあった。熟練の魔導士のみが使い得る、テレポートの魔術が使われた様子だ。


「遅かったな、セド」

「これは失敬。皆様も手回しのお早いことで」


 この七人の長であろう、最後の集合者を『セド』と呼んだ人物。黒いローブを被りつつ、長く白い顎鬚を撫でている。

 セドは痩せ細った、いかにもか弱い青年とでも呼ぶべき背格好だ。しかし魔力をそれほど消費してはいない。

 そして彼に与えられた任務は、ずばりケレン・ウィーバーを八人目のメンバーとしてここに立たせることだ。


 二、三の質問が、セドに向かって放たれる。


「接触はできたのでしょう、セド?」

「ええ。私の方がこんな格好ですから、随分邪険にされてしまいましたがね」

「で、彼――ケレン・ウィーバーはどうだ? 危険なのか?」

「もっと技を磨けば、我々の総戦力を以てしても勝ち目はありませんな」


 年嵩の女性と、続く禿頭の男性に答えながら、セドは落ち着き払った態度。

 自分は今、ケレンという少年を過小評価してはいない。油断大敵というが、そんなもの、自分の心身のどこにもない。

 そう言い聞かせることで、セドは自信と警戒心を取り戻していた。


「我々セイクリッド・ナイヴス――SNに彼を引き込むことはできないか、全力を以て手段を講じております。しばしお待ちを」

「しばしって、セドくん! 我々にはもう時間が――」


 セドへ非難を浴びせようとした女性を、長がすっと手を上げて遮る。


「セド、我々の中でケレンに接触しやすいのは君だ。今後も監視任務にあたってもらいたい。これは我々人類のもう一つの顔、すなわち、科学技術の発展の陰でずっと研鑽を積んでいた魔導士としての、沽券にかかわる事態だ。最悪の場合、ケレンを殺傷することも止む無しとし、今後も彼を追っていくべきと判断する。異論は?」


 今度は誰も、何も言いだそうとはしなかった。


「総意はここに結集した。セドくん、君には期待しているよ」

「お任せを」


 こうして、誰に知られることもなく、彼らはテレポートの魔術でその場から去っていった。


         ※


 ところ変わって、洋上のメガフロート。

 

「レベッカ、敵の気配は?」

「ないな。そっちはどうだ、ゴン?」

「さっぱりだ。これだけの大型施設なら、何かいた方が自然に思えるが」

「……」


 警戒心を強めるレベッカとゴン。その間で、ケレンは注意力が散漫になるのを抑えてはいられなかった。

 彼の気を引くもの。端的には、このメガフロートと呼ばれる建造物の全てだ。


 まずケレンを圧倒したのは、その大きさ。

 建物内にいるというのに、見上げるほどの高さがある。たまたま壁に埋め込まれたプレートを見遣ると、そこには、高度注意・五〇メートル、と記されていた。

 その天井から、時折水滴が降ってくる。天候が悪化したらしい。


 海の生臭さ、鉄骨の無機質さ、雨粒のじっとりした不快さがごちゃ混ぜになって、ケレンを包み込もうとする。あちこちで響き渡る雨音もまた、何かが潜んでいそうな不気味さに拍車をかけている。


「あたしたちの仕事は、バッテリーと電源装置、あるいは新しい機械式の小型船をかっぱらうことだ。余計な戦闘は避けろよ」

「了解だ。おいケレン、聞こえてたよな?」

「……ん? あ、ああ」


 しまった、とケレンが思ったのも束の間。その頭頂部に、一瞬だけ激痛が走った。


「うっ!」

「他人の話はちゃんと聞け。次は眉間をくり抜く」

「ご、ごめん、レベッカ……」

「おいおい、こんなことに薙刀を使うなよ。今は柄の先端で突いたからいいにしても、もし間違って刃で突いていたらどうなった?」

「そんなヘマはしねえよ」


 この間、レベッカは一度も振り返りはしなかった。ケレンに言わせれば、自分が叩かれたことより、レベッカの狂暴性に触れてしまったことに、全身から冷や汗が流れ出すのを感じた。


「ケレン、立てるな?」

「うん……」


 手を差し伸べてくれたゴンに引き立たされるまで、ケレンは何度も尻餅をつく羽目になった。


         ※


 まったく大人げない。

 そんな気分を溜息に滲ませ、レベッカは薙刀を構え直した。柄の中ほどを握り、刃が床と平行になるように突き出してゆっくり進んでいる。


 月光が差しているとはいえ、今はもう周辺は夜闇に包まれている。それでもレベッカが前進できるのは、彼女の目が優れているからだ。


 ふと、数メートル先から突然通路が広くなった。というより、今まで歩いて来たのが廊下のようなところで、メガフロート本来の機能はこの先に集中しているのだろう。


 そのフロアに足を踏み出す直前、レベッカはさっと壁に背をつけた。ケレンの眼前にも腕を翳し、進むな、と口の形で告げる。

 勢い余って進もうとしたケレンの後ろ襟を、ゴンが引き留めた。


 レベッカは振り返り、片手の指を三本立てた。敵の数は三、というわけだ。ケレンはレベッカとゴンの視線が交錯するのをじっと見つめる。大した敵ではないらしい。


 レベッカが薙刀を収納し、散弾銃を取り出した、まさにその時だった。

 グワアッ! という奇妙な声が響き渡った。同時に、巨大な人外のシルエットがレベッカに覆い被さろうとする。


「クソが!」


 レベッカは迷わず散弾銃を発砲。二発撃って敵を怯ませる。三発目はぐっとその口に押し込み、ぶっ放した。

 それから身を捻るようにして蹴りを繰り出し、自分やケレンから遠ざける。すかさずゴンがサーベルを取り出し、一瞬で敵に十文字の斬れ込みを入れる。


 やっとレベッカは、この化け物の正体に思い当たった。

 蛙だ。こいつは、蛙を模した食人獣なのだ。


 自分たちの居場所を晒してしまった以上、全面対決は避けられない。

 レベッカは短い深呼吸を三、四回繰り返し、がしゃり、と散弾銃に次弾を装填する。

 並び立つのはゴンだ。二丁の拳銃を前の腕で握り、後ろの腕にはサーベルを控えさせている。


「ケレン! お前は後方支援だ! 後ろから何か来たら教えろ!」

「分かったよゴン! 僕だって少しは――ってうわあっ!」


 ケレンは慌てて飛び退いた。引き下がろうとした自分の目と鼻の先で、隔壁が下りてしまった。要するに、三人は閉じ込められたのだ。


「レベッカ、ゴン! か、隔壁が!」

「んなもん雰囲気で分かる! ちょうどいい、ケレンも銃撃に加われ!」

「えっ?」


 銃撃の合間を縫って、レベッカは続ける。


「この際だ、自分でどれだけ魔術を使えば魔力が切れるのか、確かめろ!」

「で、でもいざって時に魔弾を撃てなくなったら――」

「それはてめえが一人前になってからほざけ! 分かったか!」


 言いたいことは全部言ってやった。

 こんな状況にありながらも、レベッカは妙な高揚感を覚える。


 隙だらけのケレンに対して本音をぶちまけてやった。

 もちろん、そういう部分もあるだろう。だがそれよりも、今は獲物を狩るような、胃の底から炎が噴き出してくるような、強い感情に揺さぶられていた。

 この感情を形にするならば、それこそ闘志、戦意、果ては暴力衝動というものだろう。


 しばしの間、外れてばかりだった散弾銃も、今は蛙に吸い込まれるかのようにどんどん命中していく。

 予想外だったのは、蛙の数が多いことだ。最初の三匹と巨大な一匹は、いわば偵察が任務だったらしい。


「ったく、あっちこっちから湧いてきやがる! ゴン、残弾は?」

「拳銃は尽きた! サーベルならまだまだ残ってる!」

「了解だ。ケレン!」

「はっ、はいっ!」

「司令塔になっている個体を発見して仕留めたい! 蛙共全部の動きを止めろ!」

「そ、それは時間を止めるようなもんだよ!?」

「できるのかできねえのか、どっちだ?」

「ああ分かったよ、やってやる!」


 こうしてケレンは、再び魔力を全身にたぎらせた。

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