第13話


         ※


 その日の夕刻。

 レベッカは、自らが発案した作戦概要に穴がないか、最終確認を行っていた。


 情報屋からは無事、電動のボートとバッテリーを確保した。バッテリーの残量を気にしていたのは、実際に乗り込むレベッカたちよりも情報屋の方。だが、レベッカはすぐさまそのバッテリーを入手するよう要請した。


 バッテリーの残量に対する懸念。それは、東側の半島まで一気に横切ろうとすれば、かなりの電力量が必要となるということだ。恐らく、現在にまで残っている骨董品のようなバッテリーでは、反対岸に到達するのは至難の業だろう。


 逆に言えば、どこかに中継地点を見出すことができれば、話は大きく変わってくる。

 バッテリーを充電したり、あわよくば新しい小型船を手に入れたりできれば、ローデヴィス経済特区など目と鼻の先と言ってもいい。


 それも考慮しつつ、この作戦を提案した際のゴンやケレンの姿を、レベッカは思い返していた。


         ※


「メガフロートに上陸する、だって!?」


 ゴンが声を荒げた。大男には不似合いな、悲鳴じみた鋭さが混じっている。

 ここから東の半島を目指すのに、メガフロートが一つ浮かんでいる。

 そこを中継地点とし、工業地区でバッテリーを充電するなり、新たな小型船の調達なりをすればいい。

 どちらにしても、ここからメガフロートに到達するのに必要な電力は得られる。


「ね、ねえレベッカ、その……。メガフロートにも食人獣はいるのかな……?」

「ああ。だろうな」


 バッサリとケレンの問いを肯定するレベッカ。もう少し気遣った言い方をしたらいいのに、とゴンは思ったが。。

 が、そんな甘いことを言っていられるほど、自分たちに時間はない。

 なんとか、日のあるうちにメガフロートに到達しなければ。


 夜間の食人獣迎撃には慣れたものだが、海上でとなれば話は全く違ってくる。船上は、立ち回ることのできるスペースは極端に狭いし、群れで襲ってこられたら目も当てられない。


「なんとかしてそれは避けねえとな……」


 さっきの会話の記憶を一旦リセットし、レベッカはまた先のことを考えようとした。

 が、その思索はすぐに打ち切られた。ケレンの嬉しげな声によって。


「レ、レベッカ! 情報屋さんが帰って来たよ!」

「何?」

「今、村の入り口でゴンと話してる!」

「よし、出発だ。ケレン、荷物はちゃんと積んできたな?」

「う、うん!」

「ここにいろ。下手に動くなよ」


 レベッカはケレンに言いつけて、情報屋とゴンの下へと歩んでいった。


         ※


 情報屋から必要な機材を受け取り、その分の追加料金を納める。

 ライフジャケットを羽織る。

 海面と頭上を警戒し、しかし素早く操船してメガフロートへと上陸する。


 この三つの行程を、レベッカは頭の中で何度も繰り返していた。もちろん、その過程で食人獣に接触し、戦闘になることも考えねば。

 迎撃体勢を取れる人間が、自分とゴン、それにケレンのみ。なかなかに不安を煽られる展開だ。

 

「今のあたしたちにできることをやるしかない、か」


 口の中でそんな言葉を転がしながら、レベッカは散弾銃を上空に掲げていた。

 食人獣でない、ただのカラスやらウミネコやらが、呑気に頭上を飛びかっている。

 このまま何も起こらずにメガフロートへ、ローデヴィス経済特区に到達できればいいのだが。


 だが、そう上手くいかないのが賞金稼ぎの常だった。

 ゴンが素早く、しかし明快に言葉を発する。


「レベッカ、客だ。水面上四時、七時、八時の方向。ワニみてえなやつだ」

「距離は?」

「一番近くて足の速いやつは、もう二〇〇メートルまで接近中。四時方向のやつだ」


 レベッカは緩く反時計回りに進行方向を変えた。振り切れないこともなさそうだ。

 だが、ワニは塩水ではなく淡水に生息する爬虫類だったのではなかったか。

 自らの体内システムを変更する。そこまでして人を食おうというのだから、食人獣にとっての食欲は大変なものだ。


「ケレン!」

「はっ、はいっ!」

「戦闘体勢を取ってくれ。お前さんの魔弾が必要になるかもしれない」

「分かりました!」


 三人を乗せたボートは、緩やかな旋回と僅かながらの銃撃を行いながらワニの群れを縫っていく。


 レベッカは散弾銃を脇に置き、自動小銃でワニを牽制、射殺していた。隙あらば、ゴンがサーベルでワニの刺身を作っている。

 いや、待てよ。

 ケレンは違和感を覚えた。現在操船にあたっているレベッカだが、明確な光源があるわけではない。あたりは真っ暗なのだ。それなのに、どうして迷いなく進んでいけるのか? ワニの猛攻を見事に回避しながら。


 何らかの術があるのだろうが、ケレンにはそれ以上の想像は困難だった。

 それをお構いなしに、レベッカは弾倉を交換しながらこちらに振り返った。


「ゴン、サーベルを磨いておいてくれ。ケレン、大丈夫か?」

「う、うん!」

「よし。十二時方向にどでかいワニがいる。おそらくこの湾の重鎮だろう。魔弾でぶっ飛ばしてくれ。できるか?」

「任せてよ!」


 ケレンは目を輝かせた。やっと自分にも出番がやって来たのだ。

 ちょうどハンドボールを投擲する塩梅で、ケレンは魔弾を思いっきりぶん投げた。

 暗くてもそのワニの巨体は、嫌というほど目立っている。照明で浮き彫りになる、ぬめぬめとした鱗のせいだ。


 ちょうど口元を狙ったケレンの判断は、実に適切だった。

 魔弾は綺麗な弧を描き、ワニの口腔内に着弾。

 ワニはのたうち回ってから、くの字に折れ曲がりながら頭部を消滅させられた。


「いい腕だ、坊主! あとどのくらい戦えそうだ?」

「まだまだいけます! でも、メガフロートに上がってからも戦うなら、余裕はあまりありません!」

「了解だ!」


 ゴンは野球のバッターフォームで腕を振り、再びワニの二枚おろしを量産し始めた。


「おい、二人共! もうじきメガフロートに着岸する! 着いたら急いで散開しろ、ワニの群れが跳びかかって来るからな!」


 レベッカの大声に、ゴンとケレンは勢いよく応答した。


 波飛沫に揉まれながら、三人はメガフロートに降り立った。レベッカの指示通り、三人はてんでバラバラな方向に駆け出す。

 海面からメガフロートの第一区画までの高低差は三十センチ。軽く乗り越えられる高さだったのは幸いだ。


 レベッカはすぐさま照明弾を取り出し、上空へ向けて勢いよく発砲した。

 数秒後、パン、という軽い音と共に、メガフロート全体が真っ白に照らし出された。

 あらかじめ事態を想定していた三人とは違い、ワニたちは目を潰されるような感覚に陥った。身をよじらせ、慌てて海中へと戻っていく。


 レベッカは手を口に入れて、ヒュッと短い警戒音を鳴らした。合流の合図だ。

 ケレンはそれを把握しながら、同時にこのメガフロートの全貌を見つめた。


 遮光グラス越しに見えたその姿は、まさに朽ちた魔王の城だった。文明が崩壊する直前、三〇〇年前に、最後に建造された海上都市の名残。いや、都市ではなく砦というべきか。

 現在よりも食人獣の知識が浸透していなかったとはいえ、これだけの建造物を構築できる文明を、やつらは押し退け、壊滅に追いやった。


 よく見ると、そばには機関砲や小、重火器の姿がある。いずれの姿も、波に呑まれて今にも崩れていきそうだ。


 僕たちは違う。滅んで堪るか。

 そう胸中で呟いて、ケレンはレベッカの方へと駆けて行った。


         ※


 がぁん、という轟音を響かせ、ゴンが廃墟に踏み入った。

 

「なんだこの鉄扉、ガタついて蹴りで開きやがった」

「愚痴はいい。状況は?」

「そう焦るなよ、レベッカ。敵影はなし、だな」

「気を抜くなよ。お前もだぞ、ケレン」

「分かってるよ……」


 ケレンにとって、この廃墟は人生で初めて見る建築物だった。

 金属製だが、それでいて腐食があまり進んでいない。鈍色に照りつける金属部品の数々は、月光に照らされただけでも光を朽ちさせていくかのようだ。


「おい、どうしたケレン!」

「あっ、ご、ごめん!」


 先行するレベッカに呼びつけられ、ケレンはカンカンと音を立てて駆けていった。

 何故これほどに、この建造物が頑丈なのか。そんな疑問は、すぐさまケレンの脳裏から剥離していった。


「全員気をつけろ。ゴン、ケレンの背後につけ。あたしが先陣を切る」

「そう来ると思ったぜ。ケレン、魔弾の生成に最低でどのくらいかかる?」

「ざっと十秒くらい、かな。それで三連射できる」

「了解。それまでは俺たちがてめえを守ってやるからな」


 そう言って、ゴンはケレンの髪をわしゃわしゃと撫でた。

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