第1章エピローグ

「コスモさん、ますます噂が広まってるみたいですね!」

「そうみたいだね。ここ数日、少しでも外を歩いていると、誰かに声をかけられるよ」


 コスモがクロスと戦ってから、数日が経過した。

 SRランク冒険者を打ち負かしたのが相当衝撃的だったのか、ここ数日、街中でそのことが書かれたチラシが配られている。


「改めて私、凄いことしちゃったんだね……って思うよ」

「そうですね! いやぁ! 本当に凄いですよ! でも、そのせいで中々ギルドに行けなくなっちゃいましたね」


 本当は今日も、依頼を受けに、冒険者ギルドに行きたい。

 だが、今外を出歩くと、人が大勢集まってくる。

 そうなると面倒な上に、ユリにも危害が及ぶ可能性がある。

 なので、しばらく、できるだけ家で大人しくしておこうという訳だ。


「まぁ、こうやってユリと家でのんびりしているのも、楽しくていいけどね」

「嬉しいこと言ってくれますね! あ、今日はクッキー焼きました。どうぞ!」

「おお、ありがとう! 一緒に食べよう」


 クッキーが乗った皿を持ち、コスモの向かい側の位置にある椅子に、ユリが座る。


「コスモさん、これからコスモさんがどんどん有名になったら、中々ゆっくりできなくなっちゃいますよね。それに、今後は本格的に魔王を倒すことも考えなくちゃなりません」


 SRランク冒険者は基本的に王都を拠点としているらしい。

 そんなクロスを倒したとなれば、その強さが認められ、一刻も早く魔王を倒すようにと、国から命じられる可能性も高いだろう。

 そうなれば、確かにのんびりする時間は減るかもしれない。


「それでなんですけど、私、今のうちに聞きたいことがありまして……」


 何だろうか?

 ゴクリと、ユリが唾を飲み込む。


「コスモさんってかなり強いスキルを取得しましたけど、前は何をしてたんですか?」

「何って、働いてたよ?」


 この国では、13歳から働ける。

 コスモは13歳になってから、すぐに働いた。


「おお! 流石です!」


 ユリがうんうんと頷いている。


「コスモさんのことです! 若くして皆に頼られるような大活躍をしていた姿が目に浮かびます!」


 ユリは、目をキラキラと輝かせている。

 だが、実際は違うのだ。


「ユリ……」

「?」

「えいっ!」


 コスモはユリの口に、クッキーを押し込んだ。


「この話はおしまい。残念ながら、かっこいい話はできないからね」


 ユリがクッキーを噛んで飲み込むと、キョトンとした顔で首を傾げる。


「そうなんですか?」

「うん。まぁ、でも、いいじゃないの」


 コスモが言ったことは嘘ではない。


(以前の私は本当、何をやっても駄目だった)


 ユリは実家から追放された身だ。


(私も似たようなものだからね)


 コスモは、そう、職場から追放された身なのだ。


 ただ、追放した者が悪いといったものではなかった。

 どちらかが、悪いとは言えないものであった。


(いや、どちらかというと、私が悪いんだけどね)



 コスモが追放された理由は、「能力不足」であった。

 誰にでもできると言われている仕事、それを真面目にやっているにも関わらず、「能力不足」として、クビ宣告を受けたのだ。


 とは言っても、コスモが悪い扱いを受けていた訳ではなかった。


 むしろ、コスモはかなりサポートされていた。

 先輩から、様々なアドバイスを受けた。

 何が適正か分からない為、同じ職場内でも様々な仕事を経験させて貰えた。

 それでも、どこにいても迷惑をかけてばかりであった。


『言いにくいんだが、ここでの仕事は、君には合わないと判断した。頑張ってくれているのは分かるが、申し訳ない……』


 最終的に申し訳無さそうな表情で、優しい言葉でクビを宣告された。

 だが、それでも諦めず、コスモは次の仕事を探した。

 そして、今度はクビにならないように、自分の長所を見つけ、それをアピールポイントとした。


『私は、長時間労働が得意です! 時間外の労働も拒否しません!』


 考えた結果、コスモは自身の長所が上記のようなものだという答えに辿り着いた。

 長時間の労働でも、我慢強く仕事ができる。

 それがコスモの考える、自身の最大の長所であった。

 事実、前の職場でも、皆が長時間労働に弱音をはいていた際も、無言で淡々と仕事をしていた。


 だが、その長所も今回の職場では役に立たなかった。


『こうした方が、効率よく、短時間で仕事ができます! 例えばですね、ここをこうすれば、1日かかっていた仕事が、1時間で終わります!』


 コスモが入ってから、少し経ってからのことだ。

 コスモより少し年上の人物が、入ってきた。

 名はウノ。

 ウノはかなりの有能で、仕事を次々と効率化していった。


 コスモはただ仕事上我慢強いだけで、そのようなことは不得意だった為、少々嫉妬した。

 おまけに、自分の仕事は時間内に完璧にこなし、定時になれば帰宅の準備をはじめる為、コスモはムカついたのだ。

 なので、コスモは帰ろうとしているウノに、お願いをしてみることにした。


『あの、できればこちらの仕事も手伝ってくれますと、助かるのですが……』


 当時のコスモは非常に弱気であった。

 【剣聖】の隠された効果か、はたまた強大な力を得たからかどうかは定かではないが、現在は当時程弱気ではない。


『すみません。もう、定時なので、帰らせていただきます』

『あ、はい』

『お先失礼します』


 その時のコスモの心情はと言うと。


『(これだから最近の若者は)』


 当時、15歳のコスモであったが、こんなことを考えていた。

 向こうの方が年上だと言うのに……。


『(だけど、私は違う)』


 残業時間だけは、コスモが唯一勝っている。

 心が折れないように、仕事で嫌なことがあると、心の中で上記のように自分を褒めた。


 だが、ある日……。


『ちょっといいかね?』


 上司に呼び出された。


『(嫌な予感だね……)』


 上司が言う。


『君に苦情が来ている』

『く、苦情ですか……?』

『ああ、なんでも、君が自分の仕事を期限内に終わらせていないということで、その次の仕事に影響が出ているとのことだ』

『(あー……)』


 時間の流れというのは、時間に干渉するスキルや魔法を使用しない限りは共通だ。

 休日も仕事をしているコスモであったが、それでも間に合わない仕事というものが出てくる。


『事実なのかね』

『あ、はい』


 ほぼ毎日何かしらの注意を受け続け、コスモは学んだ。

 すぐに謝ると、相手を怒らせることが多い為、謝罪は切り札として取っておくということを。

 失敗をほぼしない人間であれば、すぐに謝るというのが一番なのだろうが、コスモの場合は違う為、そうはいかない。


『なぜだ? なぜ早めに、相談をしなかった?』


 怖いからである。

 怒られ続けたコスモは、恐怖のあまり、仕事をする際には、いかに怒られないかどうかが第一優先の体になってしまっていた。


『申し訳ございません。忘れてまして……』


 上司がキレそうな予感がしたので、ここで謝罪をすることにした。


『はぁ……』


 大きなため息をつかれた。

 ちなみに、コスモはほぼ毎日、職場の誰かしらにため息をつかれている。


『あの、ちょっと言いにくいんだけどね。人員整理をしたいと思っていてね』

『じ、人員整理……!?』

『うむ。そこでなのだが、申し訳ないけど君には辞めて貰おうと思う』

『そ、そうですか』

『本当にすまない』


 怒鳴られなかったので、あまり心拍数を早めずに済んだ。

 最後なので、思い切って聞いてみよう。

 コスモは慎重に、口を開く。


『他には、誰か辞めさせるんですか?』

『それは答えられない』

『そうですか』


 おそらく、コスモだけが辞めさせられるのだろう。

 意地悪ではない。

 むしろ、コスモを気づかっている。

 そんな感じがした。


 そして、コスモは仕事を辞め、しばらく仕事を探す日々が続いた。

 だが、仕事は見つからなかった。


 代わりに喜んでいいか分からない情報が入ってきた。


 なんと、コスモが抜けてから、以前の職場から大規模な募集がされていた。

 募集人数はなんと、20人。

 以前は1人だったというのに……。

 それだけ、仕事が軌道に乗ってきたということだろう。


 本来であれば、元職場での成功は喜びたい。

 しかし……。


『素直に喜べない』


 自身が職場にとって悪い人間だったということを、正面から突き付けられているようだった。


『まぁ、実際に悪い人間だったんだろうね』


 そして、時は経ち、コスモは実家を出ることになる。

 追放という形ではない。

 ただ、なんとなく家族に申し訳がなかった。

 貯金がある為、しばらく無職でも、1人暮らしはしていけそうであった。


 だが……。


『仕事がない』


 貯金が減っていく度に、コスモのメンタルはストレスから、悪化していった。


『こうなったのは誰のせい……?』


 頭の中に浮かんだのは、ウノの顔であった。


『あの人の……せい?』


 コスモは、自分以外誰もいない家で、大きく息を吸い込む。


『ウノオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 そして、その名を泣きながら叫ぶのであった。

 追い詰められたコスモの頭の中には1つのプランが浮かびそうであった。


『復……讐……?』


 だが、すぐに我に返り、頭をブンブンと振る。


『それは駄目だ!! 駄目だよ……』


 復讐は何も生まな……くは無いだろう。

 おそらくスッキリする。

 だが、それだけだ。

 お腹が空いている時は、いくらでも食べられる思ったものでも、実際にお腹一杯食べると、もういいや……となる。

 眠い思った時は、いくらでも眠れる。

 そう思うものだが、寝すぎた場合、もう寝たくないとなる。

 要するに、その時だけスッキリして終わりだ。

 後は後悔しかないだろう。


 そもそも、これは復讐なのだろうか?


『だったら、一発逆転……』


 この時、既にコスモは16歳になっていた。

 そんなコスモは、ある決心をする。


『当たりスキルで、一発逆転を狙う』


 昔から何をやっても駄目だったので、スキルがハズレだったらと考えると、中々自身のスキルを解放しに行く勇気がなかった。

 だが、もうこれしかない。

 そう考えたコスモは、次の日、教会へ向かったのであった。


 そこで出会ったのが、ユリであった。

 ユリを見て、正直な感想。

 ハズレスキルどころか、スキルが無いとは……自分より下がいて安心した。

 それもある。

 それもあるのだが……。


 ほっとけなかった。


 勿論、コスモが当たりスキルを引き、精神的な余裕ができたのも関係があるのだろう。

 だが、どうしても、コスモはユリを、ほっとけなかったのだ。


 それ以外の理由は、後付けだ。

 勿論、後付けとはいえ、本心には変わりない。


 だが、あの少しの時間でコスモが強く感じたことは、「ほっとけない」の一言であった。



「そんなにクッキー美味しかったですか!?」

「え?」


 コスモは気が付くと、クッキーを1人で何枚も何枚も口に運んでいた。

 美味しかったのは確かだが、途中からは、無意識で口に運んでいた。


「今度はもっと沢山作りますね!」


 ユリは笑顔で、コスモに言った。


 そんなユリに、コスモは言葉を返す。


 ユリ、付いてきてくれて……。


「ありがとう」

「いやいや! こちらこそです!」

(そして……)


 スキル、それは生まれつき、誰もがその身に宿すと言われている不思議な力。


 自分に力をくれた、そんな力にも、コスモは感謝する。


(ありがとう、私のスキル)


 この力が無ければ、何もできない。


 だが、この力があれば、何でもできそうな気がする。


「もしも、もしもですよ……?」

「ん?」


 コスモは引き続き、残り少ないクッキーを食べながら、ユリの言葉を聴く。


「前の職場の人が、コスモさんを返してくださいって来たとしても、私はコスモさんを渡しませんよ!」


 ユリはそう言った。


「ふっ、あははははは」

「ど、どうしたんですか?」

「そんなこと、ある訳ないって思ってね」


 あくまで、上がったのは戦闘能力だけだ。


「そ、そうですか?」

「うん。でもありがとう!」

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