第22話 もしかしたら妻かもしれない
静まる市場を離れ、パーシルとヴェイン、それとテステは火ノ車亭までやってきていた。
彼らが店に入ると、シアの怒号が店内中に響き渡っている最中だった。
どうやら依頼を失敗した冒険者たちが、叱られているようだ。
――これはある意味ここの店の名物みたいなものなのだが……。
何があったのだろうと、パーシルは挨拶を忘れ、聞き耳を立てた。
「いい! 絶対にパーシルが帰ってくるまでに片を付けるのよ!」
「でもよシア。まだ奥さんって決まったわけじゃないんだろ?」
皮の胸当てをした冒険者が、手を挙げる。
彼の名前はクリス。パーシルの後輩にあたる冒険者で、今店にいる冒険者の中ではシアと一番付き合いが長い人物だ。
「それでもよ。大体あんたたち、国営のボンボンに横取りされてもいいってわけ!」
「そりゃ、あのいけ好かない連中は嫌いだ。だがな……今回は分が悪い」
「クリス、出来るか、できないかじゃないの。やるか、やりきるかなの。あんたパーシルに――――あっ」
議論が過熱する一歩手前でシアはパーシルたちに気が付いた。
「久しぶり。それで、マリーシャが、……何かあったのか?」
パーシルは軽く挨拶をしてシアの視線に応えた。
「まったくなんてタイミング……。『何かあったのかもしれない』よ」
シアは諦めたようにため息をつき、「詳しく話すわ」と三人をテーブルに案内し、椅子に座るように促した。
パーシルとヴェイン、テステの三人は勧められたテーブルの椅子に座り、彼らの対面にはシアと、先ほど彼女に意見していた冒険者のクリスが座った。
「まずは久しぶり、元気そうで何よりだわ。……ところでその女の人は?」
「テステです! 新人の冒険者として活動しています!」
テステは気を使ったのか、市場でおばちゃんと話すときに使った設定をそのまま使い、シアに自己紹介を始めた。
パーシルは彼女の余計な行動にため息をつき、ヴェインも顔に手を当てた。
それはシアに対して最悪の一手だった。
シアはニコリと般若のごとく凄みのある笑みで笑った。
「ふぅん、それで? あたし、嘘とか大嫌いなんだけど」
「え、ええぇ……ぱ、パーシルさん、この人、なんかめっちゃ怖いんですけど~」
シアはこの近隣の冒険者を取りまとめる依頼の斡旋者である。
誰が冒険者なのか、その顔はほとんど覚えているプロなのだ。
そのような相手に「自分は冒険者です」などと、嘘は通用しない。
第一、基本的に信頼関係を大切にしている冒険者において仲間内の嘘は御法度なのだ。
パーシルは、すまないとシアに頭を下げた。
「彼女は俺の監視だよ。いろいろ話せないところもあるが、サンズライン共和国で大統領とケンカしちゃってな」
「あっはっは、パーシルさん何やってんスか!」
「ちょっと黙りなさい」
げらげらと笑うクリスに、シアはぴしゃりとチョップを決めた。
パーシルはシアの余裕の無さが気になっていた。
そしてそれが、今王国を騒がせている事件と関係があるのだろうということもなんとなく彼は察していた。
「それで、何があった?」
「……まずはこれを見て」
そういうとシアは一枚の手配書を取り出し、パーシル達に渡した。
そこに書かれている人相書きに近い絵を見たパーシルは、内心がざわめきたった。
「その魔物は三か月前から突然、王国内に出現したの。昼夜問わず影から現れ、人々を切りつけているわ」
「何かの、間違いじゃないのか?」
「分からない。その真相を確かめるため、私たちはその魔物を捕縛しようと考えているわ」
「そんな、どうして……」
パーシルは無意識に手配書を握りつぶしそうになり、あわてて手を放した。
危険度Bマイナス、複数人討伐推奨、名称、影の魔物シャドウダイバー―――その手配書には妻マリーシャによく似た女性が魔物として描かれていた。
「……できればあんたが知る前に片を付けようと思ったんだけどね」
手配されたということは、王国内全ての冒険者や兵士たちが彼女を狙っているということになる。
――人が、魔物になるそのようなことがあるのか? だが、これは紛れもなく彼女の姿だ。
少なくとも、マリーシャが、ひいてはその後ろにあるアイフィリア教団が関係していることを感じ、パーシルは決意した。
「俺も参加する」
「つきあう」
隣に座るヴェインも手を挙げた。
パーシルはヴェインに気遣われたなと少し笑い、ヴェインの頭に軽く触れた。
そんな二人にシアは、渋い顔をした。
「いいの? 生死問わず……もしかしたらあなたがこの魔物を殺さなくちゃいけないのよ」
「そうかもしれない。できることならば、そのような事はしたくない」
「なら――」
「でも、少なくとも、なにも知らないままでいたくはない」
シアはこれ以上何も言わず、パーシルたちの参加を許可した。
かくして、影の魔物事件にパーシルはヴェインと共に足を踏み入れることとなった。
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