第21話 事件が起こっているかもしれない

 サンズライン共和国を出て三か月、パーシル達はティルスター王国へと戻ってきた。


 ヴェインは三歳半になった。

 ヴェインの成長は著しく、身の回りのことは一通りできるようになり、言葉もだいぶ流暢になってきた。

 体のバランスを取るのに慣れてきたのか、最近はある程度の距離を走ることができるようになり、肉体的な成長にパーシルは驚く機会が増えていた。

 ただ、ヴェイン本人はそのようなことより、学術に興味があるのか、文字を覚えようと以前に増して本を読みふけっている事が多い。


 擦り切れた魔術の本を見たパーシルは、新しい本を買う算段をたて、どういった本を買おうかと考えている自身に苦笑した。


――そういうのはヴェインに聞いてからだな。幸い金には余裕があるし。


 ヴェインの自由を手に入れるために店の権利やレシピを手放したが、フロムロイにこれまでの利益を奪われることはなかった。

 出国の際にいくつかの税金は払ったが、それでも金にはだいぶ余裕がある。


 装備を買い直した後に、本を何冊か買うことになっても問題はないだろうと、パーシルは買い物の計画を練っていた。


 かくして、パーシル達は、ティルスター王国到着後、サンズライン共和国の軍にアイフィリア教団の情報を提供し、軍と別行動を取ることを願い出た。

 共和国の軍は、情報を口にしない事、軍属の人間を監視役として同伴させることを条件に、パーシル達の行動を承諾した。


 そうして、外に出ることができるようになったパーシルは、ヴェインを引き連れ久しぶりに市場にやってきた。

 レインとアーランドは共和国軍が用意した宿屋で一休み中だ。


「……ここがティルスター王国の市場。ほえー、エルフやドワーフ、リザードマンが普通に歩いている」


 市場を歩くパーシルとヴェインにおっかなびっくりついてくる軍服の女性。

 テステと名乗った彼女はパーシル達の監視役だ。


「それにしても活気がないのですね!」

「はは……」


 もう少し言い方があるのではと思いつつ、パーシルはテステの言葉を受け流した。

 だが確かに、彼女の言うとおりで、市場はパーシルが国から離れる以前とは違い、人の流れがなく活気がない。


―― 一年ぶりとはいえ、何があったのだろうか。


 市場の様子の変化に戸惑いつつ、パーシルは馴染みにしている店に足を運んだ。


「久しぶり、黒パン二つ、まだある?」

「おや、パーシルじゃないかい! 久しぶりだね! ちょっとまってな!」


 馴染みにしている店のおばちゃんはパーシルを見ると驚き、そして笑顔で出迎えてくれた。

 おばちゃんが黒パンの準備をしている間に、パーシルは黒パンの代金を置き、周囲の様子をうかがった。


――そこそこ人がいる時間帯だと思ったが、客の姿がない。


 一体どうしたのだろうと、パーシルが困惑している間におばちゃんは代金を受け取り、黒パンを差し出した。


「そっちはヴェインくんかい? 大きくなったじゃないか。あとあっちのは……」


 おばちゃんがテステを見る。

 パーシルもその視線を追いかけると、テステはなにか食材を買おうとしているのか、並べられた商品に目移りしているようだ。


「……新人の冒険者です」

「ふーん。あんたがねー」


 身分を明かすとめんどくさそうなので、パーシルはそういうことにしておいた。

 だが、おばちゃんは、いまいち納得していないようだ。


「こんにちは。いつもお世話になってます」


 おばちゃんの様子を見て、ヴェインはすかさずフォローに入った。

 ヴェインはぺこりとていねいに頭を下げ、話題を自身に誘導する。


 その様子におばちゃんは見事に引っかかり、いつも以上にテンション高めの声でまくしたてた。

 かわいい子供はどこの世界でも強いのだ。


「おやおや、なんだいこの子は! あんたと違って、お利口さんじゃないかい」

「おい、そりゃ酷いだろ……」


 カラカラと笑うおばちゃんは、いつも通りであった。

 付き合いの長い人が変わりないことに、パーシルは少し安心し、そうであるからしてやはり町の様子が気になっていた。


「ところで、市場が静かだけど、何かあった?」

「それがさー、聞いてちょうだいよ。三か月ぐらい前から王国内で魔物に襲われたって話が流れ始めてね。あ、実際襲われたって人も何人もいるのよ」

「魔物? そんな馬鹿な」


 王都外から魔物が流れ込んできたのだろうか。

 だとしても王国の兵士や冒険者がすぐに対処できるはずだ。

 だが、おばちゃんの話では目撃から三か月以上たっているが、いまだに討伐されていないらしく、被害者が増え続けているのだそうだ。


「なんでも、その魔物は長い髪の女性みたいな姿をしていて、影から影に現れては、人を切りつけるんですって。それでみんな外に出たがらなくなってしまってさ、怖いわよね~」

「そんな事が……」

「依頼も出ているだろうから、詳しくはギルドや、火ノ車亭にいったほうがいいんじゃないかい?」

「……なら火ノ車亭によっていくかな。ありがとう、おばちゃん」


 おばちゃんに礼をいいつつ、パーシルはヴェインの手を引き、市場を離れることにした。


「ヴェイン、ちょっと悪いけど本を買う前に火ノ車亭に行こう。魔物の件が気になる」

「ああ、わかった」

「ちょ、ちょっとまってください! ああ、わたし、朝ごはんまだなんです~」


 店の中で何を買うのか悩んでいたテステは、二人が店を出ていこうとするので慌てて追いかけてきた。

 パーシルはしぶしぶ、黒パンを半分にし、彼女に渡した。

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