第19話 危機にさらされていたのかもしれない

 ピクルス入りサンドイッチを販売し始めて三か月が経ち、パーシルは地獄を味わっていた。

 当初の予想を大きく上回り、サンドイッチは飛ぶように売れたのである。


 パーシルが予測できていなかった部分の話ではあるが、このサンズライン共和国は資本主義を採用している競争社会なのだ。

 働けば働いた分だけ金を得ることができ、商売をする人間には税を軽くする制度もある。


 その結果として、もたらされるのは他国からの人材の流入、並び自国民の商売への意欲向上。

 他者よりも商品をよりよくするために研究開発がしのぎを削り、生きるも死ぬも努力次第。


 要するに、この国の住民のほとんどは忙しいのである。


 そんな中パーシルたちのサンドイッチは画期的だった。

 片手間で食べられ、持ち運びもできる。しかもすぐに食べなくても味がさほど変わらないので職場への持ち込みや働きながらも食べることも可能。

 冒険者の癖で機能性を重視したサンドイッチであったが、それがサンズライン共和国の国民性にドはまりしたのだ。


 もちろんほかの店もサンドイッチの真似をしはじめた。

 だが、パーシル達が用意したピクルスの再現は行うことができないようで、ピクルス入りサンドイッチを出すパーシルの店はこの数か月サンズライン共和国のファストフード界の帝王として君臨していた。


「レイン、追加! 追加だぁ!」

「ちょ、ちょっとまって! はい! ヴェイン運んで!」

「わかった」

「お客人。さあさあ、並んだ並んだ!」


 パーシル達は連日くたくたになるまでサンドイッチを売りさばいた。

 サンドイッチは一日に100セットは売れ、諸経費を引いても金貨5枚前後の稼ぎになった。

 恐ろしいことにこの3か月の間、ずっとそのような調子なので、利益だけで家が建つレベルの荒稼ぎになってしまっていた。


 その日の夜、レインとアーランドはそれぞれ店の奥で休んでもらい、パーシルとヴェインは店のカウンターで今日の利益を確認していた。


――今日の売り上げも順調だ。だが……


 パーシルは喜びつつも、どこか恐れを感じはじめていた。


――この状況を生み出したのは、フロムロイだ。


 彼は異世界転生者だ。

 それに革命を起し、この国を再建した英雄でもある。


 そんな人物が用意した状況だ。

 何もないわけがないだろうとパーシルは考えていた。


――しかし、な


 パーシルはヴェインを見た。

 生まれてから様々なことがありすぎて、パーシルはヴェインの笑うところをあまり見ていなかった。

 そのヴェインが最近は少し笑い、自信を見せることがあるのだ。


 少なくともサンドイッチの成功はヴェインを良い方向へと導いている。

 パーシルはそう感じていた。


「お邪魔する! って、あれ!? 開かないじゃないか! もしもーし! いるんだろう! 開けてくれー!」


 聞き覚えのある声に、パーシルは神妙な面持ちで店の扉を開けた。

 扉の先には予想通りフロムロイと、以前、彼を追いかけまわしていたメガネの女性が立っていた。


「……大統領がこんな時間にどういった御用ですか?」

「いくつかあるんだが、まずは中に入っていいか? 結構大事な話でね」

「わかりました」


 パーシルは二人を店内に招き、椅子をすすめた。

 ヴェインも彼らと対面する席に着き、最後にパーシルはヴェインの隣に座った。


「まずは、おめでとう! 活躍は聞いているぞ、大成功じゃないか! もっとも私が食べたかったのはハンバーガーだったのだが!」

「ありがとうございます。……それとこれはお返ししておきます」


 パーシルはそういうと金貨を一枚フロムロイに渡した。

 その様子に「どういうことですか」とメガネの女性はフロムロイを睨み付け、彼はバツが悪そうに「いやーポケットマネーだからゆるして」とそそくさと金貨を懐に締まった。


「ところで君は、アイフィリア教団は知っているか?」

「!! 奴らがこの国にもいるんですか!?」

「知っているなら話が早い。この国でも教団は信者の数を増やし始めている。さらには教団員が他国から流入してきている痕跡も確認された」

「そうですか……」


――そうなると、この国に長居できないかもしれない。


 だが、パーシルは考えなおした。

 なぜ今このタイミングでアイフィリア教団の話を持ち出すのだろうか。


「だから君たちに謝らなければならない」


 そのセリフでパーシルはフロムロイが何をしたのかおおよそ理解した。

 アイフィリア教団の目的は異世界転生者を成長する前に殺害すること。

 フロムロイは何らかの方法、もしくは国に来て商業を始めた全員に声をかけ異世界転生者が紛れ込んでいないか確かめ――。


「オトリに使ったんですね。ヴェインを」


 「え!?」っとヴェインが目を開き驚く。


 思えばサンドイッチを作るきっかけは、フロムロイが異世界の言葉で『ハンバーガー』と言ったからだ。

 そして彼は先ほどそのハンバーガーという言葉をこちらの言葉で言ってのけた。


――カマをかけられたということか。


 その後、こちらの動向をさぐりつつ、ヴェインが異世界転生者だとあたりを付けたのだろう。

 そして、その情報をアイフィリア教団に流しつつ、彼らをおどらせ、浮足立たせた。


「ああ、そうだ。君たちが目立ってくれたおかげで、奴らは動きを活発化した。活発化すればぼろが出る。そこを突いて、この国に点在するアイフィリア教団の支部を攻撃し壊滅させた」


 無断で危機にさらされていたことに怒りを覚えたが、パーシルは自制した。

 ここで怒っても何も手に入らない。それよりもアイフィリア教団の情報を手に入れる方が重要だと彼は判断したのだ。


「支部ですか?」

「ああ、あくまで本部はティルスター王国に存在する。近いうちに我々はその本部を攻撃するつもりだ」


 そうなれば、近いうちにアイフィリア教団が瓦解する。

 それはパーシルにとっては朗報であったが、気になる点があった。

 それは妻マリーシャの事だ。


――だが、この男に相談することが良策とは思えない。


 先の行動では無断でこちらを危険にさらしてきた。

 もちろん、それがアイフィリア教団を攻撃する上で有効な手段なのは理解できる。


 だが、そのような手を考え、無断で実行する人間をパーシルは信じることはできなかった。

 何よりもマリーシャのことは自分の手で答えを見つけないといけない問題だと、パーシルは言葉を飲み込んだ。


 フロムロイはヴェインを見た。

 ヴェインは険悪感を隠そうともせず、フロムロイを睨み返した。


「そこで、本部攻撃をするに当たって、彼を我々の保護下に置きたい」


――何を!


 相手の身勝手を感じ、パーシルは立ち上がりかけた。


「……お断りします」

「もともとこの国ではそういうルールなのだ。それにこの話は君にとってもメリットではないのか? 

 兵を割くということはそれだけ町中の安全が約束しづらい。施設で預かり、一括で守護する。そちらの方が安全かと思うが」


 フロムロイの言うとおりではあった。

 もし、アイフィリア教団の残党が残っていたら、国に保護されていないヴェインは恰好の餌食だろう。

 それならば、国に保護されている方が、安全ではある。


――だが、違う。この男には任せられない。


 パーシルはヴェインを見た。

 自分を一人にした両親、そしていなくなってしまった妻。

 これまでパーシルが体験してきたさまざまなことが脳裏をよぎる。

 

――生まれてきた子を一人にするなんてこと……!


「あんたの言っていることはもっともだろう。だがダメだ」

「ダメだって!? なぜだい」


 そしてあの日の決意をパーシルは口にした。


「俺がヴェインを一人にしないと決めたからだ」

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