第18話 このアイディアはブレイクスルーかもしれない

「……どうして国の代表が逃げていたんですか?」

「いやはや、どうしても町の様子を見に行きたくてな。だって、大切だろ!、新しい店がどんな店なのかとか!」


 フロムロイはケラケラと笑う。

 パーシルは自身が国の代表というフロムロイをちらりと疑ったが、先ほど追いかけられていた女性の身なりといい、彼の身なりといい、彼が異世界転生者の言葉を話したことといい、要所要所を思い返すと説得力があったので、深く追求することはしなかった。


「ところでこの店はどのような店なんだ? 確か以前は小料理屋だったはずだが……」

「きゅうりの保存食を出す店です。よかったら」


 パーシルは先ほど自分がつまんでいたピクルスの残りをフロムロイに差し出した。

 フロムロイはためらうことなく摘み、ピクルスを口に放り込んだ。


「おお、これはピクルスか。懐かしいなぁ。FYF@-T@-に入っていて好きだったんだよ」


 味が気に入ったのだろうか、フロムロイは残りのピクルスもひょいひょいとつまんでは食べてゆく。


「うんうん、ちょっと辛味の調味料が足りない気がするが、これはこれで。――よし!」


 いつの間にかすべてのピクルスを平らげたフロムロイは懐から金貨を一枚取り出しパーシルに握らせた。

 金貨一枚は銀貨10枚分に相当する。家賃ほぼ10か月分と言ってもいい。


「な、なんですかこれは!」

「ピクルスの代金と、匿ってくれたお礼と、このピクルスを生み出した君の店への投資だ。受け取ってくれ、私は貸し借りはつくりたくないのでな!」

「こっちは大幅な貸しですよ!」

「いやいや、何をするにも金は必要だ。もしこれを大きな貸しだと思うのなら、今度あったときにでも返してくれればよい。あ、利子はいらぬぞ」


 ハッハッハと演技がかった口調で笑う権力者(フロムロイ)に、パーシルはやりにくさを感じた。


 ただ、冷静に考えれば現状、パーシルの店は資金難ではある。

 そもそもパーシルの目的はヴェインが成長できる環境を手に入れることだ。

 そういった意味ではこの支援はありがたいものだった。


「それじゃあ。そろそろお暇するよ。ほかの店もまわりたいのでな!」


 ピシっと手を挙げて、大統領フロムロイは去って行った。


 およそ大統領とは思えない、行動力、言動、異世界転生者とはああなってしまうのかとパーシルはヴェインを見た。

 ヴェインは全力で首を横に振った。


「それよりも、ハンバーガーと、あいつが、言っていた」

「ハンバーガー? ヴェインなんだそれ?」

「パンに、焼いた肉と、レタス、ソースを、はさんで、食べるもの」

「そこにピクルスをはさんで食べてたってフロムロイは言っていたな……」


 その時、パーシルにひらめきが走った。

 このピクルスが大きく売れない原因は世間的に不評の野菜を使っているのが原因だ。

 なら、ピクルスがきゅうりから出来ていると分からない形で販売できれば、いけるのではないだろうか。

 現にピクルスを食べた人間はその殆どがリピーターとして戻ってきている。


「ヴェイン、作ってみるかハンバーガー?」

「賛成、やろう」


 積極的なヴェインを見て、パーシルは安堵した。


――ここ数か月、難しい顔ばかりさせてしまっていたからな。よかった。


 かくして二人のハンバーガーづくりは始まったのだった。

 それは試行錯誤の連続であった。ヴェインの知識を頼りにパンの厳選から始まり、肉、野菜に対しての味と手間と価格のバランスの吟味、そしてソースの開発。

 二人は閉店時は寝る時間まで商品の開発を、開店時でも店番をしながらも意見を重ね続け、あっという間に一か月が過ぎ去った。


「あ、これ、おいしい~。肉って脂っこいから苦手だけど、ピクルスの酸味がいい感じにごまかしてくれてるわ」

「携帯性も悪くない、長期保存は無理だろうが、このデザインならすぐに食べることができる。あ、もうひとつくれないか? 次はじっくり味わいたい」


 材料調達を手伝ってもらっているレインとアーランドに食べてもらった試作品を食べてもらい感想をうかがう。

 おおむね評価は良いようで、パーシルとヴェインはこの形で行こうと新商品づくりのいったんの完了を決定した。


 おもむろにパーシルはヴェインに手を差し出した。


「?」

「ああ、こうやってタッチをな。やりきったとかそういった時にやるんだ」


 ヴェインは納得がいったようで、手を挙げ、パーシルの手に、少しためらいながらもタッチした。


 結局ハンバーガーは作ることはできたが、あまりに手間がかかりすぎるため、却下した。

 まず丸いふっくらとしたパンを入手する、もしくは製作することが今のパーシル達では困難で、かなりの費用がかかってしまう。

 それに豚肉を細かくなるまで包丁で叩き、小麦で混ぜ、卵と敢えて鉄板で焼くというのも手間がかかりすぎてよくなかった。

 

 そこでパーシルは安く手に入る既製品に目を付けた。

 パンは黒パン、肉は保存食で大量に作られている干し肉を使うことにしたのだ。

 そして黒パンをスライスして半分にし、しゃきしゃきとしたレタスと、干し肉、輪切りにしたピクルスを添え、ピリ辛のマスタードをぬり、スライスした黒パンの片割れで蓋をする。

 要はサンドイッチにしたのである。

 コスト的には銅貨5枚で作れる。売るとするなら銀貨1枚か銀貨2枚あたりになるだろう。


 冒険者の食事としては少し高いが、レインとアーランドの反応を見る限り、これならいけそうだとパーシルは予感した。

 

「まずは10セット売り出してみて、様子を見てみる」

「売れるといいわね」

「これで売れないわけがないだろう」


 パーシルの予想ではこの商品は順調に売れたとして、徐々に広まっていくものだと予想していた。


 だが、その予想は見事に裏切られるのだった。


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