第16話 ショタコンとアリシア

消息不明のアリシアちゃんの姿を求めて、森を駆け巡り、名前を叫んで探し回り、一心不乱に目を凝らすこと15分。



『ショタコン、いいか。』



それはルイレン様からの念話だった。突然頭の中にショタボイスが響いたので、急な尊みに危うく爆ぜるところだった。



『いいよ、どうしたの?』


『……見つかった。』


『アリシアちゃん、いたの!?迎えに行くよ!』


『いや……。ただ、迎えには来てほしい。僕が行きたかった場所は、代わりにニアに行ってもらっている。』



とりあえず今どこにいるのかだけ聞いて、詳細は聞かずに走った。

まさか城の奴らに見つかったのか……?もしそうなら、アリシアちゃんのことはニアに全て任せることになる。どうにかしてルイレン様を連れ戻さないと……。



「ルイレン……さ……ま……?」



視界に飛び込んできたのは思いもよらぬ光景だった。昼間見た鎧の人……リーゼロッテさんがルイレン様の手を掴んで立っていた。



「ほら、来ただろう?だから待ち合わせをしていただけだと……!」


「キミ本当に迷子じゃなかったんだね……。でもこんなところに1人なんて危ないよ!あっちの湖には凶悪なモンスターがいるかもしれないんだよ!?」


「え……っと、リーゼロッテさん?」



俺を無視してルイレン様に説教を始めるリーゼロッテさんに、恐る恐る話しかける。やっと俺のことが誰だか分かったのか、驚いたような顔ですぐに詰め寄ってきた。



「キミがこの子の保護者だったんだね!こんなに小さくて可愛い子を、こんな時間に1人にするなんて……!!」


「あぁ……ごめんなさい……。」


「もう!何かあってからじゃ遅いんだからね?」


「これからは気をつけます。あっそうだ、リーゼロッテさん。」


「何かな?」



ルイレン様の素性を知られるとまずいだろうけど、今は緊急事態だ。アリシアちゃんの目撃情報を貰うくらいはいいだろう。



「女の子を見ませんでした?背はこの子くらいで、金髪で、頭に花の咲いてる子なんですけど……。」


「え、あの子迷子だったの!?」


「知ってるんですか!?」


「あ……うん……。」



俺の急な大声に萎縮したような様子で、リーゼロッテさんは視線を逸らした。

驚かせてしまったことに気づいて謝罪し、アリシアちゃんをどこで見たのか問う。



「アリシアちゃんって言うのね……。あの子、この街ですれ違ったんだけど、何だか不思議な雰囲気だったし、親御さんが見当たらなかったから声をかけたの。」


「……そしたら、なんて?」


「……お父さんやお母さんのところに行くんだって。それと、お兄さんが心配するから、早く行かないとって……あの人は優しすぎるから、傷つけてしまうわ……とか。」



ご両親のところって……アリシアちゃんのご両親はもう亡くなってしまっている。もしかしてアリシアちゃんは、もう自分が長くないことを分かっていたんじゃないか。それを知りながらも、ベアトリシアさんを心配させたくなくて、明るく振る舞っていたんじゃ……。



「おい、あー……、リーゼロッテ……とやら。」


「私は歳上なんだから、お姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」


「遠慮する。アリシアはどこへ向かった?」


「ご両親のところには戻ってないの?あの子、そのまま住宅街の方へ歩いていったのに。」


「アリシアの両親は既に他界している。兄がいるとも聞いていない。」



リーゼロッテさんは何かを悟ったのか、打って変わってキリッとした顔に戻って、俺の方を見上げてきた。その顔には覚悟というか、何だかそんな熱いものを感じた。



「私にも……探すのを手伝わせてちょうだい。」


「えっ……。」


「さっきも言ったけど、私は元々、ギュスタロンの討伐に来たの。……でも、見に行ったら奴らの姿が無くて、化け物でも暴れたかと思うくらい景観が荒れてた。そんな状況で女の子が1人で迷子なんて見過ごせないよ!」



……もしかして湖って、俺たちがドンパチやった湖のこと言ってる?

ということは、リーゼロッテさんが言ってる凶悪なモンスターっていうのは、ニアのことか?



『……ニアのことだな。』


『そうだね。どうしよう、手伝ってもらう?』


『ここで断ると変に怪しまれる。一応頼んでおこう。住宅街でも探させればいいだろう。』


『ルイレン様が言うなら、そうしようか。』



目をメラメラさせているリーゼロッテさんとしっかりと視線を交わし、真面目な雰囲気を醸し出す。

まぁ、この人が見つけれくれたらくれたでラッキーってことで。



「リーゼロッテさん、お願いします。アリシアちゃんは、友人の大事な娘なんです……。」


「えっ、キミ、亡くなったご両親の友人だったの?」


「いえ、アリシアちゃんを引き取った、育ての親が友人なんです。あの人は今、凄く苦しんでる。助けてあげたいんです。」


「分かった。サクレッド騎士団の団長として、必ずアリシアちゃんを無事に帰すと誓うわ。」



ここまで本気になられてしまうと、少し良心が痛む。でも、この人をあまりルイレン様に近づかせるわけにはいかない。アリシアちゃんのことは大切だけど、ルイレン様のことも大切だ。



「リーゼロッテ、アリシアが向かったのはロザニアの住宅街の方だな?」


「えぇ、そうよ。」


「ではリーゼロッテは住宅街を。僕たちは商店街を捜索する。一刻も早く見つけるため、助力を頼む。」


「任せて!お姉ちゃんが絶対見つけてくるからね!」



リーゼロッテさんはドヤ顔でルイレン様に声をかけ、意気揚々と住宅街の方へと向かった。

ほぼデレないルイレン様に執拗に「お姉ちゃん」と言わせたがるなんて、無謀だな……。俺もほぼ言われたことないのに……。



「ルイレン様、どうする?商店街行く?」


「商店街に行く可能性は低そうだ。あの辺りは道が入り組んでいる。アリシアが行けば迷って出られなくなってしまうだろう。」


「えっ、じゃあ、今出られなくなってるとか……。」


「頭を使え、ショタコン。アリシアはベアトリシアに睡眠薬を盛った……使ったものは恐らくドルミの花だろう。ベアトリシアの家の庭にも、メシナの花を探した廃村にも生えていた。」



まだ目が見えていた頃のアリシアちゃんは、教えて貰っていたのだろう。ドルミの花は睡眠薬の作用がある、と……きっと、両親に。

そしてベアトリシアさんは、庭に咲いた花を教えてしまったのだろう。だからアリシアちゃんは、庭にドルミの花があると知っていたのだ。



「だが、睡眠薬の作用がある、というのはあくまで人間である親から教えられたものだろう。ダークエルフであるベアトリシアにどれ程効くかは分からない。」


「逃げる前に目が覚めてしまうかもしれないって思ったのかな……。」


「ベアトリシアは普段、飯は買って帰ると言っていた。一番近いロザニアの商店街など、知り尽くしているだろうな。だから行く可能性は低いと考えて良いだろう。」


「……じゃあ、一体どこに……?」



ルイレン様は、おもむろに俺の手を引いて走り出した。ちっちゃい手の温もりが腕に伝わって、ヤバい顔になるのを必死で堪える。今はそんな顔してる場合じゃない。



「ショタコン、ニアから念話が来た。見つかったらしいぞ。」



ルイレン様の横顔は、それはもう百点満点のドヤ顔だった。自信満々で最高に可愛い。

そのまま暫く手を引かれて走り続け、ルイレン様が立ち止まったのは、例の湖の近くだった。

メシナの花が咲いていたあの廃村に似ているが、少し違う。ここが昔、街だったことが辛うじて分かるゴーストタウンだ。



「あ、お兄さん……。」


「ニア、アリシアちゃんは?」


「一応回復魔法はかけてみましたが、あまり効果は無さそうでした……。今は眠っています。」


「回復魔法は外傷を治す魔法だ。体力は戻らない。」


「うん、分かってる。……歯がゆいなぁ、目の前の女の子を救う魔法が無いなんて……。」



俯くニアを尻目に、ルイレン様は周りの瓦礫やひしゃげた柱のようなものを見て回っていた。ルイレン様が観察しているのだから、きっと何かあるのだろう。



「……あら……?」


「……おはよう、アリシアさん。」


「この声、ニアね。どうして追いかけてきちゃったのかしら?」


「当たり前ですよ。ベアトリシアさんがどれ程心配していたと思ってるんですか……。」


「……そう、ベアトリシアはやっぱり私のことを心配してくれるのね……。」



アリシアちゃんは悲しそうに、ニアから顔を背けた。もう起き上がって動き回るほどの体力は残っていないのだろう、暴れたり逃げようとはしなかった。



「アリシアちゃん、どうしてベアトリシアさんから逃げようとしたの……?」


「あの人は優しいくせに脆いから……。」


「脆い……?ベアトリシアさんが?」


「……本当は、そうなんじゃないかって思っていたんだけれどね。昨日の夜のあなた達の反応で、確信に変わったわ。」


「まさか……アリシアちゃん……。」



アリシアちゃんの髪に咲いた花の花弁ががはらはらと舞う。命の儚さを例えるのには花が用いられることがあるが、アリシアちゃんの髪の花は昨日より明らかに増えていた。まるで、アリシアちゃんの生命を吸って咲き誇っているように。



「私は目が見えないけれど、あなた達が思うよりよっぽど多くのものが見えているのよ。表情や空気感、それに感情も、ちゃんと見えているんだから。」


「だったら、アリシアちゃんに無理やり出て行かれたベアトリシアさんが、どんな感情になるか分かってたんじゃないの?」


「……そうね、分かっていたわ。でも私はもうダメみたいだから。ベアトリシアは優しすぎるわ、弱った私を見たら悲しくなってしまうでしょう?」



アリシアちゃんは口元を緩めた。その表情は何よりも儚くて、ゾッとするほど慈愛に満ちた顔だった。芸術作品の銅像の表情を見て、少し怖く感じるのと同じ感覚だ。



「アリシア。」


「……ルイレン?あなたも居たのね。」


「何故ここへ来た。貴様にとって因縁の場所ではないのか?」


「ふふ、ここはどこなのかしらね。……でも、凄く懐かしい感じがするわ。」


「……ここは昔、ダークエルフの街だった場所だ。」



アリシアちゃんの表情が分かりやすく引き攣る。やはりダークエルフに対しては、まだ恐怖の感情が根強く残っているのだろうか。

成程……ベアトリシアさんが恐れたのはこの表情か。



「……そう。」


「ベアトリシアは昔、ここに住んでいたんだろうな。」


「……ねえ、ルイレン。聞いてもいいかしら。」


「何だ。」


「私と一緒に暮らしてきて、ベアトリシアは幸せだったかしら?」


「知らん。」



アリシアちゃんの少し掠れた声で発せられた質問は、ルイレン様の言葉によってぶった切られた。沈黙がしばし続く。重苦しい雰囲気にいちばん早く根を上げたのは、意外にもルイレン様だった。



「……幸せかどうかは、周りが判断することでは無い。その質問はベアトリシアにするといい。」


「……もう、ルイレンったら……イジワルね。」


「アリシアさん、帰りましょう……。」


「あなた達、私が帰らないと帰ってくれなさそうだから……いいわよ、帰ってあげる。」



そう言いながらも立ち上がる体力の無いアリシアちゃんを、俺はおぶってベアトリシアさんの家へ急ぐことにした。早くしないと、そろそろ完全に日が落ちて真っ暗になってしまう。



「カナちゃん、重くないかしら?」


「レディやショタの1人や2人、羽の重さと変わらないよ。」


「ショタコン、気持ち悪いぞ。」


「お兄さん、後でぼくもおんぶしてくださいね!」


「ふふ、賑やかね……。」



その言葉を最後に、俺の背中からは寝息が聞こえてくるようになった。疲れて眠ってしまったのだろう。

日が沈みきり、少ししてから俺たちはベアトリシアさんの家にたどり着いた。なんとか運良くモンスターとは出くわさずに済んだ。



「ただいま、ベアトリシアさん。」


「……アリシアは……。」


「見つけたよ。今は寝てるから、ベッドまで連れていくね。」


「……恩に着る……。」



未だに元気の無い様子のベアトリシアさんは、重苦しいというより痛々しい雰囲気を纏ってソファに腰掛けていた。背中が異様に小さく見えて、アリシアちゃんに通ずる儚さをベアトリシアさんにも感じた。

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