第15話 ショタコンと運命の前夜
結局、俺たちとギュスタロンがドンパチしたせいで景観どころではなくなってしまった湖を後にし、ロザニアの街へ戻ってきてしまった。
「さっきの湖、綺麗だったんですけどね……。ぼくたち、周りをボコボコにしてしまいました……。」
「だが、弱っている者をあのような危険な場所には連れて行けないだろう。例え僕たちがギュスタロンを討伐していなかったとしても、ベアトリシアの希望を叶えることは出来なかった。」
「そうだね、ルイレン様の言う通り。気にする事はないよ、ニア。」
ニアは俺たちと交互に目を合わせて、ふわりと微笑んだ。営業スマイルじゃない、この笑顔は可愛いな。普段の行いで忘れがちだけど、うん、ニアは可愛いよな。可愛いんだよ。
「お兄さん。」
「なに?結婚ならしないよ。」
「えーっ!?……じゃなくて、あれ……。あの人、明らかにロザニアの人じゃないですよね。」
「ふむ、観光客……という訳でも無さそうだ。」
ニアが指さした先には、甲冑に身を包んだ人がいた。甲冑に刻まれたあの家紋は見たことがある。明らかに城の兵士だろう。
まずいな……隠れていた方がいいだろうか。それとも、隙をうかがって街を出るか。いや、まずは仲間が来ていないか偵察を……。
「……あれ……?」
「……ケーキ屋……。」
ルイレン様とニアが、訝しげな様子で窓の外を凝視している。ケーキ屋って何だろう、考え込んでてよく見てなかったけど、甲冑の人に一体何が起きたんだ?
「え、どうしたの?」
「さっきの人、甲冑のままケーキ屋さんに入っていきました……。」
「分からなくなってきたな、やはり観光かもしれん。」
ルイレン様が頭をこんがらがせながら考えている姿が愛おしくて、やはり城の兵士なんかにはルイレン様を渡すことは出来ない、ましてや殺させはしないと改めて思った。
ルイレン様のことは絶対に守ってみせるよ、俺のこの、神様に貰った2つ目の命にかえても。
「俺、ちょっと直接行って聞いてくるよ。ついでに周りに他の兵士がいないかも見てくる。」
「疑われるかもしれんぞ。」
ルイレン様が真面目な顔で俺に忠告をする。これはきっと、俺のことを本気で心配してくれているんだと思う。
「口は割らないよ、ルイレン様に誓って約束する。待っててね、すぐに戻ってくるから。ニア、もし気づかれたらルイレン様を連れて遠くへ逃げてね。」
「……分かりました、ぼくに任せてください!なんせぼく、強いですから。」
「ニア、……いい表情するようになったね。」
「元々が可愛いですからね。」
喫茶店を後にし、甲冑の人が入っていったケーキ屋に恐る恐る入ってみる。そこには、手入れされたショーケースの中に宝石のように陳列されたケーキ達を、甲冑のまま凝視する不審者がいた。
「……あの。」
「な、なにっ!?」
不審な甲冑に話しかけると、ガシャンという音を立てて驚き、俺の方を見た。成程、声から察するに、この人は女性だな。俺より身長は低いし。
……いや、この世界に来てから俺、急に身長伸びすぎだと思うけどね。
「……何してるんですか?そんな格好で。」
「えっ?……あ!!」
その女性は急いで甲冑の頭部分をとった。どうやら外すのを忘れていたらしい。そんなに重そうなのを忘れるくらいにここのケーキ屋は魅力的なのだろうか。
「教えてくれてありがとう……。私はリーゼロッテ、サクレッド騎士団の団長よ。あなたのおかげでこれ以上恥を晒さずに済んだわ。」
「その甲冑の家紋、あれだよね……あの……あっちの方の城の……。」
「えぇ、そうよ。ディルサニア帝国の王家直属の騎士団。今日はギュスタロンの討伐に来たの。でも、ここのケーキ屋さんが可愛いって聞いてつい……。」
ディルサニア帝国……っていうんだ、ルイレン様の父親の国……。まぁ、国境を跨いだ気はしてないから、ここもディルサニア帝国だろうけど。
それにしてもギュスタロンの討伐か……、手強かったけど、リーゼロッテさんも頑張るなぁ……。
「あなたは冒険者?珍しいわね、こんなところに。」
「冒険者って珍しいんですか?」
「冒険者が珍しいっていうか、普通は依頼が集まる帝都とか、栄えてる街にいることが多いから。こんな辺境の街にいるのが珍しいのよ。」
リーゼロッテさんは先程まで恥ずかしがったりしていたのが嘘のようにキリッとした表情で俺を見すえていた。
まずい、こんな眼差しを向けられてルイレン様のことを聞かれたら顔に出ない自信が無い。一瞬でばれてしまいそうだ……。
「じゃ、ギュスタロンは危ないから、あっちの方の湖には近づかないでね。」
真面目な雰囲気に身構えていたのが馬鹿らしく感じる程に、リーゼロッテさんはさっさとケーキ屋を後にしてしまった。
……ルイレン様を探してるんじゃないのかな。
「……って感じだったよ。」
喫茶店に戻ってきた俺は、ルイレン様とニアにリーゼロッテさんのことを報告した。
ルイレン様は、そうか、とだけ言ってコーヒーを一口飲んだ。にしてもニアの様子が少しおかしい。いや、おかしいのはいつもの事だが、なんかワナワナ震えている。
「……ルイレン様、ニアどうしたの?」
「知らん。」
ルイレン様はワナワナしているニアには興味が無いようで、コーヒー片手に窓の外を眺めている。どうやら、怒っているニアが面白いだけで、震えてるニアは面白くはないらしい。
「……お兄さん……。」
「あ、うん、どうしたの?」
「お兄さん、あーいうのがいいんですか……。」
ニアが重々しい口をやっと開いたと思ったら、なんか言い出した。
今度は何を勘違いしているんだ?あーいうのって一体なんの事だ?
「うん?どういうこと?」
「……さっきの人、胸大きかったので……。やっぱりデカい女の人がいいですよね……。」
「はい?」
「いいんです、お兄さんも男性ですから……。」
おい待て、マジで何を勘違いしているんだ!?これは早めに訂正しておかないと、後々ややこしい事になっていきそうだ。
「ニア、俺は……。」
「もし!……もし、ぼくが胸の大きい女の人になれたら結婚してくれますか……?」
「な、何言ってんの?」
「ま、魔法でなんとかしますから……。」
「いや、しないしない!しなくていい!!例えニアが女の子になっても、胸が大きくなっても、そんな理由で結婚はしないよ!」
「え"っっ!?」
……訂正の仕方ミスったかな。ニアがやばい顔してる。隣のルイレン様がそれを見てまた控えめに笑いだした。
なるほど、ルイレン様は、表情がヤバい状態のニアが面白いんだな。
「お、おに、おに……。」
「俺、やっぱりショタの方が好きだから。」
「え……あ……ぼ、ぼくのことは……。」
「ニアをショタとは言わないけど、可愛いと思うよ。」
「そ、そうですか……良かった……。」
ニアは一瞬ほっとしたような顔をして、すぐにキリッとした表情になり、顔を背けながら肩を震わせて笑っているルイレン様をビシッと指さした。
「ルイレンくん!ぼく、負けませんからね!」
「……ふふ……くふっ……お、おう…………ふはっ……。」
「笑ってんじゃないよぉ!!ぼくに勝つくらい余裕綽々っての!?絶対お兄さんはぼくがお嫁さんにするんだからね!!」
「……ふふ……ははっ、……はぁ……僕はショタコンを嫁に欲しいなどとは思ったことは無いが……。ふっ……ニアは不思議な奴だな。」
「むかーっ!!」
ひとしきり笑い終えたルイレン様と激おこなニアが(ほぼ一方的に)言い争っているのを見ていると、現在ルイレン様が置かれている状況も忘れて、微笑ましく眺めてしまう。これがショタ……というか小さい子の魔力だ。
結局、その後、綺麗な景色については何も案が出ず、そのままベアトリシアさんの家へと帰ることとなった。アリシアちゃんと仲良くしているだろうか。
「ベアトリシアさん、ただい……うわっ!?」
家のドアを開くとそこには、玄関に這いずって向かおうとするように倒れているベアトリシアさんがいた。駆け寄って確認するが、生きてはいるようだ。
「ベアトリシアさん!!」
「大丈夫ですか!?」
「……まずいかもしれんな。」
「ルイレン様、ベアトリシアさん、そんなに悪いの……?」
ルイレン様は、ベアトリシアさん、俺たち、廊下の先の順で目をやり、もう一度ベアトリシアさんに目を落とした。眉をひそめて何やら考え込んでいるようだ。
「……ベアトリシアはただ寝ているだけだが……いや、一度確認してこよう。ショタコンはベアトリシアを寝かせに行ってくれ。ニアは僕と共に来い。」
「う、うん!お兄さん、ベアトリシアさんをお願いします!!」
ルイレン様とニアがドタバタと走りながら廊下の向こうへと消えていった。目の前には意識のないベアトリシアさんただ一人。お姫様抱っこしてリビングへと向かい、柔らかいソファに寝かせる。
「……一体何があったんだろう……。」
ポツンと空気に溶けた独り言が、やけに静かな部屋に吸い込まれていく。
……そう、やけに静かなのだ。あの元気なアリシアちゃんの声がしない。パタパタと走ってきて、「おかえりなさい」と微笑む、あの子の姿が無いのだ。
「……っ、はぁ、ショタコン!」
「ルイレン様!!アリシアちゃんは……。」
「いません!……この家のどこにも……。」
息を切らして戻ってきたルイレン様とニアが口々に告げる。嫌な想像が脳裏を駆け巡る。
と、とにかくアリシアちゃんを探さないと。あんなに元気に振舞っているけど、あの子は病にかかっている上に、明日までの命なのだ。それに彼女は目が見えない。真夜中の森で迷ったりしたら危険だ。
「お、俺……アリシアちゃんを探しに……!」
「……ぅ……ん……、はっ、アリシア!!」
俺が部屋を出ようと一歩踏み出した瞬間、ベアトリシアさんが目を開いた。勢いよく体を起こすと、ソファから飛び降りる。しかし、体にうまく力が入っていないのか、すぐに床にへたりこんでしまった。
「ベアトリシアさん!まだ動かない方がいいです!」
「……じゃが……アリシアが……。」
「何があった?」
「お主らが出てって暫く後じゃった……。」
虚ろな目をしたベアトリシアさんの口から語られたあらすじはこうだ。
俺たちが出ていった後、ベアトリシアさんとアリシアちゃんはお茶をしていたらしい。
「私がやりたい」と言ったため、アリシアちゃんにお茶を用意させた。
しかし、そのお茶には遅効性の代わりに効果の強い睡眠薬が入っていたらしい。変わった香りだと思いながらも、アリシアちゃんが用意してくれたお茶に手をつけないなんてことはベアトリシアさんには出来なかった。
やがて視界が朦朧としてきて、ベアトリシアさんが船を漕ぎ始めると、ベアトリシアさんの肩にアリシアちゃんの両手が置かれた。
「ベアトリシア、おやすみなさい。……それと、さようなら。」
耳元でそう優しく甘く囁いた声とともに、アリシアちゃんが離れていくのが感覚で分かったらしい。
ベアトリシアさんは夢と現実の狭間をさ迷い、床に倒れ、壁や家具にぶつかりながらも、アリシアちゃんの向かったであろう玄関へと這って行った。
「……儂の記憶はここまでじゃ。アリシアは……きっと、出て行ってしまったんじゃな……。」
「ベアトリシア、夜の森は危ない。僕たちが探しに行く間、アリシアが帰ってきたときのためにここに居てくれ。」
「儂も一緒に探しに行きたいが……なんせ老体にキツい睡眠薬……正直なところ、まだまともに立つことすらできん。……頼んでも良いか?銀髪の、黒いの、ピンクいの。」
俺たち3人は顔を見合せ、深く頷いた。ベアトリシアさんを再度ソファへと寝かせ、急いで外へ出ると、日が沈みかけている。もう間もなく夜が来る。モンスターの活動が活発になり始める時間だ。
「ショタコン、ニア、時間が無い、手分けして探すぞ。」
「うん、分かった。2人とも気をつけてね。危ないと思ったらすぐに退くんだよ。」
「分かりました。お兄さん、ルイレンくん、絶対にアリシアちゃんを見つけましょうね。」
「勿論だよ。」
こうして、手分けをしてアリシアちゃんを捜索することになった。俺は家の周辺の森を、ニアはロザニアの街を、ルイレン様は思い当たる場所があるのか、どこに行くかは告げずに真っ直ぐ走って行ってしまった。
日が沈み、夜が来るまで、もってあと1時間。急がなければ、か弱い病気の体の女の子は魔物の餌になってしまう。
「どうか無事でいて……!」
祈るように呟きながら、草木をかき分け、アリシアちゃんの名前を呼び続けた。
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