第17話 未来からの電話

 買い物を終えて家に帰宅する。

 真奈美がスーパーで高木に居候していることをカミングアウトしたときは心底驚いた。


 諸事情で一定期間だけ、と説明したらそれ以上追求されなかったけど、随分と期待に満ちた顔を向けられた。


 「何か進展あったら教えろ」と言われたけど、もしかして高木は俺と真奈美が恋愛に発展するとでも思っているのだろうか。


 高木は俺に恋人がいることを知らないわけだし、そう思うのも有り得なくはないかもしれない。

 まぁその様な事態にはならないが。


 そしてカミングアウトした張本人は、一応反省している。

 「今後余計な事は言いません」と先程宣言していた。


 それらが一段落し、今日も夕飯を作るために準備を始める。

 本日のメニューは野菜炒め。


 食材を切って炒めて調味料を入れて終わり。

 はい、完成。


「手慣れてるね~」


 横で手伝いをしていた真奈美から感心したように褒められる。

 テーブルには既に皿やお茶が並べられており、ちょこんと小さな瓶詰めも置かれている。

 さっき買ったごはん○すよだ。


「まぁそこそこの頻度で作っているからな。慣れた」


「なるほどね~。これがあと数十年続くとああなるんだね」


 おそらく未来の俺のことを言っているのだろう。

 随分と手付きが良いのだろうな。

 というか料理は俺が主に作っているのか?


「普段俺と明音ってどっちが料理作ってたんだ?」


 気になったので聞いてみた。


「半々ぐらい? 仕事先に終わった方が作ってたかなー。昔はお母さんが多かったような気もするけど」


 ということらしい。


「そっか。まあ家事とか半々にするのは想像出来るな。どっちかに偏り過ぎるのは俺も明音も嫌だもんな」


 これから築いていくだろう家庭に思いを馳せながら、真奈美と夕飯を囲む。


――――――――


 今日もご飯を食べ終えて、真奈実とゲームをしている中、ふとポツリと真奈実が零す。


「そう言えばさー、今日WI-FIが調子悪くなったから図書館に行こうとしたって言ったじゃん? あの時にさ、何か着信があったっぽいんだよね~。後で見たら留守電になってた」


「着信? 明音じゃなくて?」


「そーそー。しかもアプリの方じゃなくて携帯の着信だったんだよねー」


 今真奈実の携帯電話アルンには俺と明音の連絡先しか登録されていない。

 正確には他にも登録されているのだが、この時代で連絡可能なのは俺と明音だけだ。


 それなのに真奈実の携帯に着信が入ったという。

 一体誰からだろう。


 そんな時、部屋に携帯の着信音が鳴り響いた。


「お父さん携帯なってるよー」


「この音は俺の着信じゃないぞ」


 真奈実から言われるが、着信音が違う。

 俺の携帯はこんなファンシーな着信音ではなくて、初期設定のまま変わらず一般的な電子音だ。

 真奈実も得心いったのか、思い出したように呟く。

 困惑の混じった声音で。


「これ、わたしのだ。……え、何で鳴るの?」


 部屋の隅で充電されたその先時代的な携帯電話は、確かにブルブルと震えながらファンシーなメロディを奏でている。


「電話、出た方が良いかな?」


 おずおずと真奈実が俺に意見を求めてくる。

 その目は不安の色が見受けられ、普段明るく振る舞っている彼女にしては珍しく動揺しているようだ。


「多分、出た方が良いと思う。怖いなら俺が出ようか?」


 こう提案すると、コクっと頷いて携帯を差し出された。

 通話のアイコンを押して耳に当てる。


「もしもし」


『突然失礼致します。こちらは杉本真奈実さんの携帯電話でお間違いないでしょうか?』


 若干ノイズが混じっているが、聞き取れはする。

 男性のハキハキとした声だ。

 年齢は定かではないが、中年ぐらいだろうか。


 間違い電話でこの携帯に掛けてきたわけではない。

 つまり、そういうことだろう。

 だから少しだけ突っ込んで聞いてみた。


「はい、間違いないですよ。ところでそちらは西暦何年でしょうか。こっちは202X年ですが」


 隣では真奈実がハラハラと耳を立てている。

 電話の向こうでは、一瞬驚いたような息づかいが聞こえた後、冷静で静かに答えてくれる。


『現在205X年4月13日午前8時02分になります。杉本様は女性だと伺っておりますが、失礼ですが貴方は』


「杉本柚希と言います。この時代の、真奈実の父親です。あ、正確には父親予定、ですかね」


 やっぱり、これは未来からの電話だった。

 これで真奈実がこの時代に来た理由が分かるのだろうかという期待半分、もしかしたら未来に帰れないかもという不安半分な気持ちで一杯になる。


 まあ未来の明音が書いた手紙通りなら帰ることは出来そうだけど。


『なるほど、では近くに杉本様はいらっしゃるのでしょうか』


「いますよ」


 真奈実を見るとコクコク頷いている。

 声出しても良いって意思表示かな。


 携帯をスピーカーモードにして真奈実に近づける。


「あの、わたしが杉本真奈実です。一応元気です」


「こんな感じで今も仲良くゲームしてたので要件をお願いします」


 「いやその情報は余計では?」と横からツッコミを受ける。

 不安な癖にツッコミは出来るのかよ。


『これは失礼致しました。私アメリカ航空宇宙局の黒野くろのと申します。本日は杉本様に起きた事故への謝罪と経緯の説明、今後の動向につきましてご連絡致しました』


 アメリカ航空宇宙局って、NASAのことだよな?

 え、そんなところから今電話来てるの!?


 衝撃の通話相手に思わず戦慄する。

 それは真奈美も同じようで、ポカンと口を開けて驚いている。


 そこからなんとか回復し、これまでの経緯を伝える。 


『なるほど……その様な事態に。この度は我々の事故によりご迷惑をお掛けした事、心よりお詫び申し上げます』


 丁寧にお辞儀する姿が見えるほど、誠意のこもった言葉だった。


「あ、えっと事故というのは空から隕石的な何かが落ちたあれですか?」


 真奈実が思い出すように電話口に問いかける。

 話を聞いた限りではそれ以外に無さそうだけど。


『そうです。衛星軌道上で試験中だった機体が誤作動を起こし墜落しました。その際に地上付近で時空間移動装置が起動したようです』


 なんか今物凄い話を聞いている気がする。

 要するにタイムマシン的な装置を宇宙で研究していて、うっかり墜落して真奈実はこの時代に飛んできたということだよな。



 そんなSFまがいの話本当かよって思ったけど、実際真奈美がいるしな。

 それにしても30年後にはタイムマシンあるのか。

 科学発展し過ぎではないだろうか。


 俺が一人未来の科学に畏怖とも感心とも言える感情を抱いている時、真奈美がおずおずと黒野さんに問いかける。


「えっと、わたしがこの時代に来た理由は分かったんですけど、帰ることが出来るんですか?」


 真奈美にとってこれが1番大事な事だ。


『現在再びそちらへ行くための機体を整備しております。調整に膨大な時間が必要なため、これから10ヶ月程度は掛かる見込みとなります。その間の杉本様の生活は私達が援助致します。後程データを送付致します』


 とすると、今が5月だから来年の3月頃になるわけだ。

 一応帰ることは出来るみたいだ。


 その報せに俺も真奈美もホッと胸をなでおろす。

 取り敢えず一安心。


 それに安心したからか、最初はちっとも疑問に思わなかった事を口にする。


「ところで、どうして今電話出来ているんですか? 違う時代でも電波だけ飛ばせる的な何かですか」


 人や物を過去に遅れるのだから出来そうではあるけど。


『詳しい原理は申し上げられませんが、概ねその様な理解で間違い御座いません』


 だそうだ。

 もはや何でもありかよ、と内心思う。


「じゃあこれからしばらくは、真奈美はこの時代で生活を続ければ良いんですよね?」


 と、確認を取る。


『はい。進展がありましたら再びご連絡致します。お迎えに上がる日時についても同様です』


 了解の旨を伝え、電話を切る。

 真奈美を見ると、先程までの不安は消え、期待に満ちた顔をしていた。


 未来に帰れることも判明したことだし、これからは純粋に生活を楽しむ事が出来そうだ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る