第16話 早速、色々バレそう

「どうした? あの人杉本の知り合いか?」


 隣から高木に聞かれる。

 どうして真奈実が大学にいるんだ? 俺はてっきり家でアニメ見るかゲームするかの2択だと考えていたのに。

 まあ大学に来てはいけない理由なんて無いのだけど。


「ああ、まあそんなとこ。……仕方ない、ちょっくら行ってくる」


 「きをつけろよー」とお気楽なエールを送られて現場へと向かう。

 見ず知らずの他人なら見て見ぬ振りをするところだが、知人、それも実の娘なら話は別だ。


 出会ってまだ数日とは言え、彼女は家族なんだから。


 ただ、このような場面に遭遇するのは初めてなので、どう対処したものか。

 そこで、過去に読み漁った漫画や小説から知恵を借りる。

 その結果たどり着いた、最も効率が良さそうな対応がこれだ。


「よ、よお、お待たせ。悪いな、遅くなった」


 出来るだけ自然を装って声を掛ける。

 人生初のナンパ対応。

 実は滅茶苦茶緊張している。


 ぎこちなさはあるが、真奈実もこちらに気が付いたようで、能面のような無表情からぱあっと明るくなっている。


 そのまま合流してさっさと退散しよう。

 そう、つまり今回の作戦は、その名も『待ち合わせの振りしてナンパ撃退作戦』だ。

 ありきたりだって?

 良いんだよ別に。シンプルイズベストってある人が言っていたからな。


 そして今回も大人しくナンパ師の方々は去って行ってくれた。

 そこまで執着してないようでなにより。


 もしもここで「ああん? なんだテメエ」とか言われたら無理だったな。

 今のはチャラい人ばかりだったが、厳ついヤンキーの睨みとかなら耐えられる自信も無い。

 「殺すぞ」とか言われて「殺したことなんか無いくせに」と殺気たっぷりに言い返す度胸もない。

 いやまず殺気なんて出したことねえよ。どこのE組だ。


 それはさておき、たったこれだけのことなのに俺は内心穏やかでは無いらしい。

 まだ心臓バクバクしているし、謎に疲労感も感じている。


「大丈夫だったか?」


 なんとか落ち着かせて真奈実に声を掛ける。


「うん。へーきだよ。まさか助けに来てくれるなんて思わなかったなー」


 先程とは打って変わって、何でも無いように明るく振る舞っている。


「もしかして怖くなかった感じか?」


 今の真奈実から怯えや恐怖の感情は一切感じない。

 俺が聞いた氷のような冷たい声音も嘘のようだ。


「それに真奈実ってあんなに冷たい声出せたんだな」


「ああ、あれねー。お母さんのマネだよ。すっごいしつこかったからやってみた。前はあれで撃退できたんだけどなー」


 昔を思い出す様に語るので、これまでに何度かナンパにあっているのだろう。


 そうやって俺と真奈実が話している中、肩をわなわな震わせながら近づく一人の人物。


「杉本……。お前この人とどんな関係だ? こんなに美人な知り合いがいるなんて聞いてないぞ。まさか彼女じゃないよな!?」


「こいつ美人なのは同意するけど、彼女じゃないから安心しろ」


 明音の娘なんだから当然だと俺は思う。


 そして高木は、さっきは面倒事になるだとか言っていた癖に、今では「俺が助けに入っていればもしくは……」なんて訳の分からないことをブツブツと呟いている。

 真奈実は状況が分かっていないようで、俺と高木とを交互に見ている。


「彼女ではないならどんな関係だ? そんなに可愛い人と知り合いで何も起きないはずがないだろう!」


 やがて復活した高木から続きを問われる。


「どんな関係って……。真奈実はまあ、その、……親戚だ」


 嘘は言っていない。娘も親戚に入るからな。

 色々起きすぎてはいるけど、ややこしくなるのでそこは流しておく。


「そ、そうか。親戚ならまあいいや。……どうも初めまして。杉本と友達やってる高木と言います。以後よろしく」


 親戚ということで納得した様子。

 それから真奈実に向き直り、丁寧に挨拶をする高木。

 綺麗なお辞儀付きだ。 


「あっ、どうもこちらこそ初めまして。おと……じゃなくてこの人のむす、でもなくて、親戚の杉本真奈実と言います」


 高木に習うように、真奈実も挨拶を返す。

 それにしても真奈実、いつかボロを出しそうで怖い。


 もうすでに『お父さん』と『娘』という単語を言いかけていたし。

 まあバレたらその時に考えよう。



 高木には先に講義室に戻ってもらい、真奈実と2人で話す。


「それで真奈実は何で大学にいるんだ?」


 ずっと気になっていたことだ。

 てっきり家で過ごしていると思っていたのに、まさか大学内にいるとは思わなかった。


「図書館に行こうかなーって思ったんだけど、迷っちゃって」


 てへっと舌を出す真奈実。

 仕草は可愛いが明音じゃないから俺には効果薄。

 明音がやっていたら即死だった。絶対やらないだろうけど。


「何で図書館? 本でも読みたかったとかか?」


 今ある書物なら未来でいくらでも読めそうなものだが。


「それがさー、家のWI-FIが調子悪くなっちゃって。だから他のWI-FIに繋ごうかな~と思って来ました。まあID無いから使えないって気付いたんだけど」


 真奈実の携帯はこの時代では通信関係の機能が使えない。

 ただ、WI-FI環境下であればいくつかのアプリが使えると判明した。


 なのでこの時代のメッセージアプリをインストールして、一応は俺や明音とも連絡が取れるようにしている。


 WI-FIがないと使えないため、真奈実は大学に来たのだろうと推測できる。


 今日の午前にアパートの通信ケーブルのメンテナンスを行うとチラシが入っていたのを思い出した。


「多分もうメンテナンス終わったから家帰っても使えると思うぞ」


「え、ほんと? なら帰るねー」


 といってささっと帰宅する真奈実を見送り、俺も講義室へと向かう。


 そこから午後の講義を受け、長い1日を乗り越えて帰宅する。


 部屋に入ると、「ぐぬぬ……」とテレビ画面と睨めっこする真奈美がいた。


「あ、お父さんおかえりー」


「マ○カー? 負けたのか」


 ランキングには第5位と表示されている。

 なんともコメントに困る順位。 


「だってさー、ゴール直前で甲羅と爆弾にバナナだよ? もう嫌がらせじゃん。もう一回! いっその事設定『弱い』にして無双するしか……」


 負けず嫌いなのかそうじゃないのかはっきりしないな。


 と、そこでまた食材が無いことを思い出したので近くのスーパーに買い出しへ。


「あ、わたしも行っていい?」


 と、真奈実も付いてくるらしい。

 理由を聞いたら、「気分転換」と返ってきた。 

 後でリベンジするつもりだな。


 週に何度かお世話になる近所のスーパー。

 夕方ということもあり、多くの買い物客で賑わっている。

 主婦の方々を始め、大学近くということも相まって若い客も多くいる。


「今日は何を買うの?」


 と、真奈美がコテンと聞いてくる。 


 事前にチラシアプリで確認した所、今日は玉ねぎ人参を始めとした野菜類、豚こまや挽き肉が安い。

 なのでそれらを一通り買う。


 そして料理酒だ。

 普段ならドラッグストアで買うところだが、今日はそれよりも安い。

 丁度無くなりそうだったので是非とも買っておきたい。

 ということを伝えた。


「お父さんってどこで何円だとか把握してるの?」


 変人を見るような瞳でこちらを見る真奈美。 

 そこは素直に尊敬の目を向けて欲しかった。


「ある程度でここが安い、とかだから。全部は把握してないから」


 「ふーん」とさほど興味も無さそうに商品を見て回る真奈美。

 時々「安っ!?」と驚いている。

 今と未来では物価が違うのだろう。


 そんな真奈美を横目に、俺はチラシに載っていた特売品を中心に買い物カゴへと放り込んでいく。


 順調に品を揃え、そろそろ会計に向かおうという時、予想外の人物と鉢合わせた。


「よう杉本。30分振り」


「高木……。何でいるんだよ」


 先程講義を終え、「また明日」と別れた友人がそこにいた。


「俺は買い物に来ちゃいかんのか」


 悪態をつく高木の持つカゴの中には、コロッケや唐揚げを始めとするお惣菜、カップ麺、冷凍食品がぎっしりと詰まっていた。


「もう少し野菜を摂った方が良いと思うけど……」


 自炊をしない典型的な男子大学生の食料品に、思わずこう零す。


「今日は偶々だ」


「そうか」


 明らかに常習的だろうけど、野暮は言わないでおこう。

 こうしてまた各々買い物を再開しようというその時、俺のカゴにガサッと何かを入れる音が。


「……ごは○ですよ?」


 視線を上げると、いたずらな笑みを浮かべる真奈美の姿が。


 「てへっ」と本日2度目になるが、俺には効果いまひとつだぞ。

 値段を聞くと、思いの外安い。


「仕方ないな」


「やったー。あ、どうもこんにちは~」


 高木に気付いた真奈美が声を掛ける。


「どうも。……杉本と一緒に買い物?」


 疑問の目を俺と真奈美に向けながら高木はそう返す。

 そう言えば高木には親戚の人としか説明していない。

 同居しているとかそのあたりは言うつもり無かったし何と言い訳したものか。


「まあわたしが居候してるからね〜」


「え?」


 驚きと困惑の声が隣から聞こえる。

 言っちゃったよ。


「あのー、真奈美?」


「あ、これ言ったらいけないやつだよね? ……じゃあ今の無し! 高木さん忘れて」

 

 うっかり、といった感じでまた舌を出す真奈美。

 やはり効果はいまひとつだった。

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