第13話 母と娘の女子会

 今回は真奈実視点です

――――――


 またやってるよ。

 それが暗い部屋の中目を覚ましたわたしが真っ先に出てきた感想。


 今も昔もあの2人はわたしという娘を見ていながら、それでも2人の世界に出掛けている。

 まあ、今はわたしが寝ていると思っているんだろうけどね~。


 でも、昨日のお母さんとの会話からすれば、喜ばしいことなのかもね。


 まどろみの中、声が聞こえてそっちに意識を向けたらコロンと転がった。

 寝返りをしたみたい。


 それからしばらく何もなかったから、またわたしの意識は遠のいていく。

 その意識の傍らで、わたしは昨晩の事を思い出していた。

 お父さんと別れて、お母さんの寮に行ったときのことを。



――――――――



「荷物はそこに置いておいてね」


 お父さんと別れ、わたしはお母さんの住む寮へとやってきた。

 一晩ここに泊めてもらい、明日からはお父さんの家でお世話になる。


 ここよりも30年未来の世界から来たわたしには行く当ても無かった。

 だけど運良く若い頃のお父さんとお母さんに出会えて、しかも家に居て良いと言ってくれた。

 まあこれはわたしが半ば強引に押し通したんだけどね~。


「先ずはお風呂に入りましょうか。色々あって疲れたでしょ」


「うん、わかった~」


「タオルとパジャマと、あとは……」


 テキパキと準備を進めるお母さんを見ながら、この人は今も昔も変わらないんだなって思う。

 生真面目で真っ直ぐで、一見すると物静かで冷たい人。

 でもわたしは知ってる。

 お母さんがとっても優しい人だってこと。


 小さい頃から、お母さんは『やるべき事』や『やらなければいけない事』には厳しい人だった。


「宿題はやったの?」って聞いてくることはほとんど無かったけど、やらないと怒られた。

 頭ごなしに怒鳴られる事は無いけど、静かに圧をかけられる。

 正直怒鳴られるよりも大分怖い。


 そんな事を思いながらわたしはお風呂に入る。

 湯船は大きく無いけど、とっても暖かい。

 普段はシャワーだけにしているから、意図せずとも長湯してしまった。


「あがったよー」


「ん。じゃあ私も入ってくるわね」


 がっつりと長湯したため、体が火照っている。

 しばらくは汗が止まりそうにないや。


 熱いけど、髪の毛は乾かさないとね。

 ヘアオイルを髪につけ、ドライヤーを掛ける。


 わたしはそこそこ髪が長いから乾くのに時間が掛かるんだよね~。

 そうしてしばらくドライヤーを使っていると、お母さんがお風呂から上がってきた。


「もうちょっとドライヤー使っていてもいい?」


「ええ、いいわよ。それにしても真奈実、髪長いわね。手入れとか大変じゃない?」


 まだ乾ききっていないからもう少し使わせてもらう。

 するとパジャマ姿で頭にタオルを巻いてやってきたお母さんがわたしに聞いてきた。


「結構大変だねー。まあ今は割と慣れたけど、それでも面倒って思うときはあるかも」


「それでも短くはしないのね」


 ドライヤーを掛けながら答えるわたしに、「どうして?」と首をコテンとさせてさらに疑問をぶつけられる。

 その答えは、わたしの脳裏に浮かんだ一人の男の子。


「……『長い方が可愛い』って言われたから」


 わたしの答えに、お母さんは「ふうん」と楽しそうに、それでいて羨ましそうに微笑む。


「それ、さっき言ってた累って人でしょ?」


「そーだよ。あ、もしかしてお母さんが聞きたいのって累とのこと?」


 単純な恋バナみたいなのがしたいのか、それとも娘が付き合っている相手のことを知りたいのか分からないけど、もしも前者ならお母さんにも話してもらわないとね。

 散々昔の話は聞いてきたけど、今は母親としてではなくて、絶賛お付き合い中の女子大生として、ね。


 あれ? それって両親の惚気をより直に聞かないといけないってことだよね。

 それはそれで後々わたしが気まずくなりそう。

 まあそれも今更か。


 そんな心配をよそに、ようやく髪を乾かし終えたわたしからドライヤーを受け取ってお母さんが使い始める。


「それもあるけどね。それ以外にも未来で私達がどういう風にしているかとか、真奈実のこととかも知りたいわ。何が好きで普段どんなことをしていたのか」


 累関係のことだけだと思っていたのに、お母さんが聞きたいのは他にもあるみたい。


「良いけど、何だか面接みたいだね」


「面接……。言い得て妙かもね」


 お母さんはふふっと笑みを零し、髪を乾かすのを中断して優しげな目でわたしを見た。


「真奈実が未来から来たことは信じるわ。でもね、私達は貴女のことを何も知らないの。正直まだ信用できる子かも分からない。だからこそあなたのことを教えて欲しいの。そうすれば私としては安心して柚希の所に送り出せるし」


「お母さん……」


 思わず口から零れた。

 本当には、今も昔も変わらず真面目な人だな~。


「そういうことなら勿論! じゃんじゃん聞いてよ」


 2人共湯上がりの諸々を済ませてクッションに腰掛ける。


「それにしてもあれだね、やっぱりお母さんってお父さんのこと好きだよね」


「なんでそうなるのよ」


「だって、わたしのことまだ信用出来ないから不安なんでしょ? お父さんのこと心配しすぎだよ。やっぱり好きじゃん」


 まあ、これはわたしが言えたことじゃないんだけどね~。

 お母さんは観念したのか、ふて腐れたように口を尖らす。


「……そうよ。悪い?」


 お母さんが昔から物静かで落ち着いた人だって言うのは分かってきたけど、ことお父さん関連だとその限りでは無いみたい。

 慌てふためいたり、すねたり、照れたりと表情をコロコロ変える。

 お父さんの反応からすると、これは今までには無い変化みたい。


 『お母さん』は昔からお父さんにゾッコンで静かに愛すって感じだったから、わたしとしても今のお母さんの反応は新鮮かも。


「お母さんってお父さんと付き合い始めて今どれぐらいなの?」


「2ヶ月と少しよ」


 とすると、一般のカップル換算だと倦怠期の来ていないラブラブな時期だ。

 今日の様子だとお互いに好きだけどそれを表現するのは抑えていた感じ。

 ……やっぱり嘘。お父さんお店の中でもお構いなしだった。


 お母さんだってお父さんのこと好きだけど、積極的に伝えられていないのは告白したときのことが原因なのかな。


 『君ははまだ俺のことを好きじゃ無いかもしれないしこれからも好いてくれるかは分からない。けど好きになって貰えるように努力はするし君と楽しい時間を過ごしたいんだ。だからこそ、俺と付き合ってくれませんか』


 我が父ながら物凄く痛々しい告白だよね。

 何回聞いても背中がむずむずするよ。

 こんな告白、物語の中だけにしてほしい。


 まあ結果として結婚するまでに至っているんだけどさ。

 そうなると気になることが1つ。


「お母さんってどうしてお父さんのこと好きになったの?」


「好きになった理由? 散々未来の私から聞いているんじゃないの?」


「うんまあ告白の件とか好きなところは散々惚気られたけど、好きになったきっかけというか、そういうのは聞いていないかも」


「それ、言わないとダメかしら?」


「だめじゃないけど、気にはなるかな~」


 途端にお母さんはもじもじし始め、あわあわと視線を右に左に行き来している。

 そしてしばらくの後、ポツリと呟くように語り出した。


「柚希はね、一緒に居て全然苦にならないの。私は今まで誰かと居ると素の自分ではいられないというか、どうしても気を張っちゃうの。だけど柚希と居るときは、そういう気が張ることはないし、気兼ねなく会話したり出来るの」


 初めて聞く話だ、とわたしは思った。

 わたしが知るお母さんは、いつも裏表のない人で、とっても楽しそうに生活をしていた。

 だから、そんな過去があったなんて驚き。


 そしてお母さんは「それにね、」と続ける。


「柚希は私のことを『見て』くれるの。これまで暗くて、愛想がなくて友達も禄に居ない、親からも全然興味を持たれていないこんな私のことを『見て』、好きだって言ってくれたの。私が好きになる保証なんて無いのに、それまで待つって。本当に、嬉しかったの」


 その時のことを思い出しているのか、胸の前で手をぎゅっと握るお母さんの瞳はうっすら潤んでいた。


 何か、想像以上にいい話だった。

 わたしの両親、中々にドラマしていない?


 この話丸っと物語に出来るよね?

 AIにポイッと投げればそれなりに良いシナリオ作ってくれるよ?


 唖然とするわたしをよそに、話し終えたのかお母さんはさっと切り替えてにこりと笑顔に。


「それじゃあ、真奈実にも話してもらうわよ? 本当は真奈実の話を沢山聞きたかったのに、私ばっかり話しているじゃない。『お母さん』に全部洗いざらい吐いてもらうからね?」


 わたしが色々話すのは織り込み済み。

 お母さんのいい話も聞けたことだしね。


「はーい」


 只一言、わたしは元気よく返事をした。

 それからしばらく、わたしとお母さんは夜が更けるまでお互いの身の上話に花を咲かせた。


「……そういう訳で、わたしは累のこと愛しているの。『好き』よりも気持ちが強いんだから」


「『好き』と『愛す』って違うの?」


「そうだよ。まあ結局は自分の考え方なんだけどね~」


 主に、お互いの恋人についてのお話。

 そのせいで、翌日のお買い物に寝坊したのは別のお話。

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