番外編:変遷 ⑭


「テオドール、さま」



 隣に座っていたクラウディアが遠慮がちにテオドールの手を取った。



「私……テオドール様が、その、け、経験が無いと聞いて……嬉しかったんです」



 頬を染め、必死でそう伝える婚約者を見てテオドールは目を見開いた。




「テオドール様は素敵な方だから、これまでにお付き合いされた方も沢山いるだろうと思って……だから私なんかでは幻滅されるのではないかと心配で」



「なっ……!」



 クラウディアの手は控えめな胸元に置かれている。幻滅なんてする訳がないというのに、上手く言葉が出てこない。



「それでアネット様に、その……色々とご教授いただいていたのです」



「……っ」



 テオドールはクラウディアを強く引き寄せ胸の中に閉じ込めた。健気に自分を想ってくれている可愛い婚約者に触れずにはいられなかった。



「……だから、アネット嬢が来た時に顔を出すと複雑な顔をしていたのか」



 アネットは今でも暇を見つけてはクラウディアに会いに来ている。彼女の婚約者であるレジナルド王太子の惚気話をしに……勿論、誰にも理解できない内容だが。その惚気話ついでに、クラウディアへレクチャーしていたのだろう。テオドールが顔を出すと複雑な顔をしていたのは、彼女が気まずく思っていたのだと納得しかけたが、クラウディアは俯き小さく首を振った。



「あ、あれは違うのです……」



「違う?」



「うぅ……」



 恥ずかしそうにテオドールの胸元に顔を寄せる彼女を見ているとどうしても真相を聞きたくなってしまう。甘い声で「ディア?」と呼ぶと潤んだ瞳と視線が合う。



「……アネット様は可愛らしいのにとてもセクシーですから。テオドール様の視線が気になってしまっ……きゃっ!」



 クラウディアが渋々白状すると堪らずテオドールはこれまでより更にきつく抱き締めた。クラウディアが苦しいと訴えても手を緩めることはしない。




「ディア以外を見ることは無い」



「……色気が無くても?」



 震えた声で尋ねられ、ずっと不安だったのだろうと気付かされる。こういった話は苦手だろうに、アネットに助言を求め、今だって気持ちを言葉にしてくれている……テオドールのために。




「愛する女性だ。色気しか感じない」



「……っ」



「ディアは全然分かっていない。俺がどんなに初夜を楽しみにしているか」



 赤く染めた顔をまた胸元に埋められ、テオドールは自分の理性を褒めたいと小さく息を吐いた。すぐにでも自分のものにしてしまいたいという欲で頭がいっぱいになるが、それはできない。順序を違えてしまえば、娘を溺愛する彼女の父に顔向けできなくなる。




「はぁ……今すぐにでも式を挙げたい」



「ふふっ、もうすぐですよ」



 漸く見せた彼女らしい笑みに沢山の口づけを降らせ、二人は甘い時間を過ごした。扉の隙間から覗く二つの影には気付かずに。





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