第3話 地の底


「じゃあな、セナン。大転移メタスターシス!」 


 目の前が真っ青な光に包まれる。魔力が根こそぎ持っていかれる感覚。やがておれは光も音もない闇の世界へと吸い込まれた。



 リリアイラが『深淵なる狭間』と呼ぶこの空間では時の流れが完全に止まる。老いる事も死ぬ事もない。いっそこのまま永遠にここに留まれば、セナンに会うことは二度とない。彼女への愛もいつか消えてくれるかもしれない。暗闇の中でおれはそう思った。


「妙な事考えるなよ、ドゥーカ」


「ハハ、ばれてたか」


「当り前だ。もうあいつの事は忘れろ。邪神でも倒せば気が晴れる」


「恋人を他の男に寝取られるような奴が、邪神なんて倒せるかな?」


 自虐的なおれの言葉に返事はなかった。まぶたに焼きついたセナンの恍惚としたあの顔。汗と体液にまみれ、バンガルドと繋がっていた体は、おれの意に反して美しく見えた。だがそれはどちらもおれが知らない彼女だった。



 おれが愛したセナンにはもう会えないのだろう。



「おい集中しろ。そろそろ着くぞ」



 すうっとリリアイラが背中の方からおれの中へ、吸い込まれるように入ってくる。やがて暗闇は徐々に光へと塗り替わり、その光も次第に薄れダンジョン内部の景色へと移り変わる。



「どうやら最下層のようだな。転移魔法の最長記録じゃないか!」


「うるせえ。いいから魔力ポーション飲んどけ。ガヌシャバとやる時はまた外に出るからな」



 おれは宙に手をかざして魔力ポーションを取り出した。三本まとめて飲み干し空の瓶を投げ捨てた。その時、遠くから地響きと共に数多あまたの魔物が津波のごとく押し寄せてきた。


「早速来たな! まとめていくぞドゥーカ!」


 おれは腰を落とし半円を描くようにして腕を振った。


切り裂けレータルカント!」


 目の前の空間が引き裂かれたようにひび割れる。その亀裂がバリバリと音を立てて周囲に拡がっていく。鏡が砕け散るように空間ごと魔物の群れを切り裂いていく。A級と呼ばれる魔物達がいとも簡単に消滅していく。



「まだ来るぞ! 相変わらずしつけぇ奴だ!」



 その後も第二波、第三波と千を超える魔物がうねるように突進してきた。ガヌシャバは個を衆に。そしてその衆を手足のごとく操る。空間の亀裂を縫うように避け、数体の魔物が迫ってきた。


転移テレポルタ


 敵の攻撃が届くその刹那、瞬時に転移魔法で距離を取る。空中へと移動するとその一団目がけて魔法を放つ。


圧縮マハジョルカ!」


 光の球体が魔物達を包み込む、と同時に一瞬で収縮して跡形もなく消え去った。


 さっきまでの喧騒と響動どよめきが嘘のように辺りに静寂が訪れた。



「ようやく手駒もなくなったみたいだな」



 リリアイラがそう言った瞬間、ガヌシャバが頭上から文字通り降ってきた。ズシーンとダンジョン全体が大きく揺れる。およそ城の城壁くらいはあろうかという体躯には象の頭が載っていた。白濁とした両目に長く伸びた鼻は鈍く黒光りしている。


 ガヌシャバはその場に胡坐を掻くようにゆっくりと座り込んだ。瞑想するかのように目を閉じると、腰の辺りで印を結んだ。そして複数の魔法陣を展開させると体全体をそれで覆い尽くした。


「やっと出てきたか! 臆病な王様が!」


切り裂けレータルカント!」


 間髪入れずにおれは魔法をぶっ放した。空間に生じた亀裂が稲妻のようにガヌシャバへと走ってゆく。しかしその体に触れる直前、音もなく魔法は消し飛んだ。


「無駄だ! 奴の周りは障害除去の魔法膜が張ってある。おれも出て戦う」



 リリアイラが体からするりと抜け出た。まるでおれをそのままかたどったかのような姿。しかし全身は濃い影のように真っ黒だ。右手には同じく影のような漆黒の剣を構えていた。この状態を『影体えいたい』とリリアイラは言っていた。


 リリアイラが体から離れ、おれはふらふらと力が抜けたように片膝をついた。守護精霊が体に宿っていない時は魔力も弱まり魔法も威力が落ちる。



Memanipulasiママニプラシィ


 ガヌシャバが呟くように呪文を詠唱した。おれは体の自由を奪われ指一本動かせなくなった。ガヌシャバの意識がおれの脳に触れた感じがした。抗う術もなく体が勝手に動き出す。おれはリリアイラに向かって魔法を放った。


弾けろマラトス


 リリアイラの周囲に拳大くらいの透明な球体がシャボン玉のように次々に浮遊する。そのうちの一つが弾けると連鎖するように全ての球体が小爆発を起こした。リリアイラの影体のあちこちが砕け落ちていた。


「乗っ取られやがったか! 面倒なこった!」


 おれが放つ魔法を掻い潜るように避け、リリアイラがこちらに接近してきた。


密閉ケダプダラ!」


 リリアイラが空間魔法を使いおれの体を光の箱に閉じ込めた。ほんの僅かの間、おれの意識は刈り取られた。気付いた時にはリリアイラに抱きかかえられるようにおれは立っていた。


「しっかりしろドゥーカ! あいつの魔法は遮断した。今からおれがあいつの膜を引っぺがす! その瞬間を狙え!」 


 リリアイラが瞬時に転移してガヌシャバへと肉薄する。剣を両手で握り締めるとその剣先を突き立てた。ガヌシャバを覆っていた魔法膜がぐにゃりと歪む。



Nirgunaニルグナ



 リリアイラ単体の時にしか出せない独自の魔法を唱えた。するとガヌシャバを覆っていた透明な膜がずるずると剣先へと吸い込まれていった。


「ドゥーカ! 今だ!」


切り裂けレータルカント!」


 おれは体に残る全ての魔力をかき集めて魔法を放った。ガヌシャバは咄嗟に両手をクロスし防御態勢を取る。ひび割れるような音を立て走る空間の亀裂が、その両腕を切り落とした。


「グオォォォォォォオ!」


 唸るような咆哮を上げガヌシャバが立ち上がった。身体が青黒く変色し口が切り裂かれたように大きく開いた。


「暗黒魔法を打ってくるぞっ! 避けろ! ドゥーカ!」


 おれはすでに魔力が底をついていた。足が鉛のように重くなり言う事を聞かない。魔力ポーションを取り出す力さえ残っていなかった。



Kegelapanクグラパン



 腹に響くような重く低い声でガヌシャバが呪文を唱える。大きく開いた口からどす黒い炎の塊が放出された。ゴオオッとゆくっりと、そして真っ直ぐその巨大な炎はおれへと迫ってきた。

 


 おれは避ける事を諦めすうっと目を閉じた。







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 第3話を読んで頂きありがとうございます。



 現在「素で強かった聖女様」という作品も連載しております。この作品とは真逆のゆるふわ系ですので興味がある方はお昼寝、就寝前にでもお読みください。


https://kakuyomu.jp/works/16817330654614526795



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