第2話 逃げた恋人


 キィーンと金属を叩いたかのような音を残しドゥーカは一瞬で消えた。呆然とする私の上でバンガルドがずっと腰を動かしていた。


「どいてっ!」


 私は両手で彼を押しやり、足で蹴りやった。その勢いのままバンガルドはベットから転げ落ちた。


「セナンてめぇ! 何しやがる!?」


「ドゥーカに見られた……どうしよう。どうしよう。どうしよう……」


 ベットの上で膝を抱えながら私は震えていた。今夜で最後にするつもりだった。鈍感なドゥーカの事だ、きっと気づいてなんかいないと高をくくっていた。他の男に抱かれても彼の胸の中が唯一安らげる場所だった。




 小さい頃、私は冒険者になりたかった。四大陸のダンジョンを全て攻略。そんな途方もない夢をドゥーカに語っていた。


「いいねそれ。セナンが行くなら僕はどこまでもついて行くよ」


 いつだって彼は私の側にいた。そして私達が九歳になった時、二人に精霊のまもりが宿った。私の守護精霊になったのは風魔法を操る精霊ヴァダイ。ドゥーカの守護精霊はリリアイラという空間魔法を操る精霊だった。


 精霊の護りが宿ること自体、かなり稀な事だった。私は風魔法を生かした魔法剣士を、ドゥーカは世界でたった一人の空間魔術師を目指した。



 鍛錬を始めてすぐにわかった。ドゥーカの精霊リリアイラの強さはずば抜けている。そしてそれを操るドゥーカの魔法センスも天才的だった。


「ねぇドゥーカ。リリアイラってどんな精霊なの?」


 自分の精霊とは会話もできるが、他の人の精霊はその姿さえ見る事ができない。私は彼にリリアイラの事を訊いてみた。


「変わった奴だよ。いつも僕をおちょくってくるんだ。稽古だって真面目にやらないし」


「そうなの? ヴァダイもリリアイラは変わってるって思う?」


 私は自分の守護精霊に尋ねた。精霊同志は『ついの線』を結ぶ事によって遠く離れていても意志の疎通ができる。


「こいつは我々の世界でも滅多に姿を現さなかった。そういう意味では変わってるかもな。ただドゥーカの事をえらく気に入ってるのは確かだ」


「そうなんだ。リリアイラはドゥーカの事、気に入ってるんだって」


 私がそう伝えると彼はなにもない空間に顔を向け話をしていた。


「どうやらそれは僕をおちょくるのが楽しいからみたいだよ」


 そう言って彼はニコニコと笑っていた。そんな彼の笑顔が私は心の底から大好きだった。ずっといつまでも彼の側にいようと決めていた。





「セナン! おいっセナン!」


 ヴァダイに呼ばれ私はハッと目を開いた。どうやら私は泣きながら眠っていたようだ。部屋の中にバンガルドの姿はすでになかった。


「とりあえず服を着ろ。おまえに風邪をひかれるとわれも困る」


 のそのそと重たく感じる体でベットの上を這いずる。さっきまで快楽に溺れていた自分を思い出し、後悔と絶望で吐き気が込み上げてくる。無言のままベットの下に脱ぎ散らした服に袖を通した。


「どうやらドゥーカは地の底に行ったようだ。今一人でガヌシャバの元へと向かっている」


 その言葉を聞いて私はヒュッと息を飲んだ。ガヌシャバとは西のダンジョン最下層にいる邪神だ。東西南北に分かれている大陸にはそれぞれダンジョンが存在する。その一つ一つは邪神がべており、の者は悪霊を産み出し、その悪霊が獣や人に宿ると魔物や魔人と化してしまう。邪神と人間の戦いは太古の昔から続いており、全ての邪神を倒す事こそが人類の悲願だった。


「私達も加勢に行かないと!」


「無理だ。最下層に辿り着くまで何日かかると思ってる。そもそもドゥーカがいなければ半分までも到達できない」


「じゃあリリアイラに伝えて! 一度戻って私達と――」


「セナンっ! ……もうあいつらはきっと戻っては来ない。それだけの事をおまえは彼にしたんだ」


 その一言がほんの僅かな望みを絶ち切った。心から謝ればドゥーカなら許してくれるかもしれない。私への愛はまだ残っているはずだ。だがそんな甘い考えは全て精霊には見透かされていた。


「我は何度も忠告したはずだ。裏切るような真似はするなと」


「……じゃあヴァダイが彼に教えたの?」


「我はおまえの守護精霊だ。ドゥーカに我の声は届かない。リリアイラも彼には何も言ってない」


 彼の魔法を使えば私が隠れて何をしていたかなんてすぐ探れただろう。でもずっと私を信じてくれていた。そんな彼を追い込んだのは私自身だ。

 


 ドゥーカはいつから気づいていたのだろう。


 私はどれくらい彼を傷つけていたのだろう。


 

 その答えを知る人はもうここにはいない。






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 第2話を読んで頂きありがとうございます。


 みなさんが言いたい事、すごくわかります……ええ。



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