第19話 (最終話)転生術五式の失敗。

ヴァンは堪えきれずにリットを抱きしめてワンワンと声を上げて泣く。

ヴァンは自身に責任が無いのに、「寒い日に布団をあげなくてごめんな」と謝れば、リットは「1人ひとつなのに、あげたらお兄ちゃんが風邪引いてたよ?」と慰める。


「ご飯だってもっとあげれば病気にならなかったかも」

「食べてもなってたよ。お兄ちゃんが食べなくて病気になったら、お父さんとお母さんだけになっちゃうよ」


「でもなんか出来たかもしれない!」

「やってくれたよぉ」


この後も「でも」「でも」と言い続けるヴァンに、「平気だよ。今日は会えてよかったよ。コーラルお姉さんにありがとうをしてよね?」と言う。


「うん。コーラルは優しいから気にすんなって言ってくれるよ」

「うん。今も私がお礼を言ったら気にしないでだって」


ヴァンは母が寝る前に話してくれたミチトの伝説、そのミチトに会った話やミチトの子孫のコーラルと旅をしてる事を話すと、リットはその全てにキラキラと眩しい笑顔で「凄い!」と聞く。


空が夕焼け空になってきた頃、「あ…わかりました」とリットが突然言い出した。


「リット?」

「今、神様かな?優しい声で「ごめんね。五式は失敗作だから、そろそろお終いにさせてね。五式っていうのは今リットちゃんがヴァン君の前に現れてる術ね」って聞こえたの」


「五式は失敗作なのか…。なんだろ?コーラルの事だから奪術術以外じゃ元に戻せないとかかな?」

笑うヴァンにリットが「コーラルさんが戻せる気がしないって困ってるよ。後は神様が三式より酷く混ざるって言ってる」と説明をした。


ヴァンは嬉しそうに「わかった。ありがとうリット。会えてよかったよ」と言うとリットも目を瞑って「私もだよ」と言った。


「また会えるようにコーラルに頼むよ」

「もういいよ」


「だって父さん達に…」

「神様の奇跡は、奇跡だから感謝をしても頼んじゃダメだよ。今も神様がコーラルさんに「魔水晶を使わない記憶の継承をして、ヴァン君のためにって無理しすぎだ、これもどんな影響が出るかわからないよ」って注意してる。お父さん達には長生きしてねって言っておいて」


この言葉の後でペトラが部屋に入ってきてリットに奪術術を使い、コーラルの姿に戻ると「あ…危なかったわ」とコーラルは青くなっていてヴァンに心配されていた。


ペトラは優しい表情で「ヴァン君」と声をかける。ヴァンはコーラルを見から「ありがとうペトラさん」と言った。


「いや、君からしたらうちの偏屈はムカついたろ?」

「あはは、まあね」


「友達をやめるかい?」

「やめないよ。ユーナもセレナも友達だよ」


この顔にペトラは「ありがとよ」とお礼を言った。



この先の事を簡単にまとめよう。

オルドスの指示でトウテで解散になった面々は、ハラキータの滞在を頼まれる懇願を、なんとか振り切って各々の暮らしに戻って行く。

だがオルドスからの指示で、セレナを模式にした以上、各々のスキルを教える名目で翌週からガットゥーのミント家に赴いて術を仕込んだり、戦闘訓練をしながら各々も自己研鑽に充てる事になる。


コーラルは当分王都の別荘を仮住まいにして、ヴァンと2人暮らしをする事になった。

ヴァンは戦闘訓練にも見学という形で付き合うが、それ以外は国営図書館でザップと古代語の勉強に勤しんでいた。



ここで小さな疑問が生まれる。


数日前まではヴァンと同室で眠る事を拒んでいたコーラルが、なぜヴァンと共に暮らせるのかと言う事だったが、それは暴走したコーラルが生み出した転生術五式の影響だった。


あの日、オルドスにペンダントを返したコーラルは、オルドスとゴルディナから一応のお小言を貰い、バツの悪い顔をして「おじ様もお姉様も酷いです。私は普通ですよ」と言ったのだが、「これからわかるよ。やれやれ…。まだ早い段階だから影響は少ないけど、確実に残るからね?」と言われた。


その言葉の意味を知ったのはそのすぐ後だった。


ドウコにリットの遺髪を返しに行ったコーラルは、ヴァンの父母を見て「お父様、お母様」と呼んでしまう。


「お父様?俺がコーラル様のか?」と言って驚くファン・ガイマーデと、コーラルを見て「これか」と呟くヴァン。


ヴァンはリットの遺髪を用いた転生術五式の説明をして、「だからコーラルに悪影響だから、もう無理だからごめんね」と言いながら遺髪を返すと、ファンから「バカガキ!」と言われながら顔面にグーパンチされる。


盛大に飛んだヴァンが「痛っ…」と言った所で、ファンは「お前のせいじゃねえか!このバカ!昔から教えてやったろ!?想っても引きずられない囚われない!何リットを気にしてんだよ!リットの分まで幸せに生きる!それだけ考えとけバカが!」と怒鳴りつける。

起き上がりながら「え?じゃあ…」と言うヴァンに、「なんだよ?」と聞き返すファン。


「父さん達はリットに会いたく…」

ここで蹴りまで貰うヴァン。

コーラルは驚いてしまうがファンは止まらない。


「会いたくねーわけねぇだろうが!だがそんな奇跡に縋るかバカが!縋るなら一攫千金の奇跡だ!幸せに生きる為には金だ!お前は俺の幸せの為に稼いで来い!」


もう一度「わかったか!」と言って蹴り抜くファン。

蹴られたヴァンはピクリとも動かずに気絶をしてしまう。

ヴァンの母親はコーラルに「ごめんなさい」と謝ると、コーラルは「お母様…。私こそごめんなさい」と謝り返した後で、「すみません…。本当にリットさんと混ざってしまったのか、気を抜くとお母様と呼んでしまって…」と言う。


そこに現れたオルドスが「余程のことだから来たよ」と言うと、「ファン・ガイマーデ、ヌーイ・ガイマーデ、申し訳ありませんがこのコーラルの父母は大昔に天の国に旅立った身、嫌でなければこのまま父母と呼ばせてあげてください」と言う。


「おじ様…」

「仕方ないよね」


そう言って保護者の顔でもう一度挨拶をすると、コーラルにセレナの事を指示してから帰って行くオルドス。


コーラルはヴァンを起こしてからもう一度、ファン達に挨拶をして帰ろうとする。


「コーラル?帰るって今日はどうするの?」

「王都に戻るわ。ヴァンはザップさんにトゥモお爺様の手紙を見せたりするでしょ?後はおじ様から毎日じゃないけど、ガットゥーまで行ってセレナに戦闘訓練や術を仕込んであげるように言われたわ」


「あー、そっか。セレナは術人間になったからだね。ついでにユーナにも術を仕込んであげなよ」

「それもあるわね」


「じゃあ帰ろっか」

「ええ」


ヴァンは先程までボコボコに殴ってきていた父親相手でも、普通に「んじゃ、またね」と言い、ファンもごく普通に「次は手ぶらじゃなくて、酒とか飯とか金とか持ってこい」と返す。


ヴァンの母、ヌーイもごく普通に「驚いた?ウチはあんなもんよ。コーラル様もご両親が居なければ、別に私たちをなんと呼んでも結構ですからね」とコーラルに言うと、ファンも「おう、コーラル様も娘同然!ヴァンは放って1人で顔を見せに来てくださいね」と言って笑う。


コーラルは「はい」と言った後で「あれ?」と言いながら涙を流す。

ヴァンが心配そうに「コーラル?」と声をかけると、コーラルは「あれ?なんかとても嬉しくて…」と言った。


それはリットの心の影響だったが、ヴァンは「えぇ?山賊だよ?貴くないよ?」と軽口を言う。


「もう、ご両親をそういう風に言うものではないわ。とりあえず帰りましょう」

コーラルは無意識にヴァンの手を繋いで別荘に帰って行く。


「なぁ…ヴァンの奴、コーラル様と出来てるのか?」

「そんな訳ないでしょ?良くてペットよ」


「だよなぁ」

「そうよ」


そんな会話があった事をヴァン達は知らない。


オルドスから根回しがあったとは言え、皆この結果には頭をおさえて苦笑した。

まさかあんなに同室で寝る事を嫌がったコーラルが、リットの影響でヴァンとの同室を受け入れてしまった。


ヴァンからすれば影響とは思わずに、「コーラルがやっと慣れてくれた」くらいにしか思わずに居て、コーラルは家族としてヴァンと同室をなんとも思わなくなっていた。

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コーラル達の剣術大会。~俺、器用貧乏なんですよ。外伝~ さんまぐ @sanma_to_magro

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