貴志くんの部屋

 コンテストの最終選考結果発表の日、わたしは貴志くんの部屋にいた。

 どうしてこうなったのかと言うと――


 学校が休みだったわたしは、朝から貴志くんと一緒に庭のベンチで結果待ちをしていた。


「発表、何時頃になるかな?」

「午前中には発表すると思うんだけど」

 

 そんな話をしていたところ、母から待ったがかかった。


「ちょっと、二人とも! 発表って何時になるかわからないんでしょ? ずっとそんなところにいたら風邪引いちゃうわよ」

 

 季節は晩秋。確かに朝から気温が低く、長時間ここにいるのは難しそうだ。

 しゅんとしているわたしたちを見て、母が言った。


「しょうがないわねえ。今日は貴志くんちにお邪魔させてもらいなさい」

「「えっ!?」」

「前はひとりでも遊びに行ってたじゃない」

「そうだけど、あれはまだ小さかったから」

「そういうことだから、貴志くん、お願いね」

「え、あの」

「信用してるわよ」


 貴志くんの肩をポンポンと叩き、母は仕事に出掛けてしまった。


(あー、もうっ! どうすんのよ、この状況。貴志くんだって困ってるじゃない)


 すると貴志くんから思いがけない言葉が。

 

「うち、来る?」

「いいの!?」

「うん。散らかってるけど」

「そんなの、全然平気!」


 貴志くんはクスッと笑い、わたしのために部屋のドアを開けてくれた。

「どうぞ」

「お、お邪魔します」


 久しぶりだからなんか緊張する。それに今日はふたりっきりだし……。

 相変わらず本の量がすごいけど、部屋の中は意外と片付いている。

 

(そういえば、最近は散らかってると集中出来ないって言ってたもんね。掃除や片づけがいやじゃないなら、共働きでもうまくやっていけそう。料理はわたしがするけど、後片付けはやってもらって……)


 妄想が止まらないわたしを余所よそに、貴志くんはバタバタと準備をしている。


 窓を開けて換気をし、暖房を入れ、床に置いてあった本をどかし、大きなクッションをローテーブルの前に置いた。


「ここに座って」

「うん」


 クッションの上に正座をすると、斜め前に坐った貴志くんがテーブルの上のパソコンを開いた。


「やっぱり、発表はまだだな。何か飲む? 葵ちゃんのお母さんにもらったやつが色々あるよ」


 貴志くんがきれいな缶を開けると、中にスティックのミルクティーやココア、カフェオレなんかが入っていた。


「この缶可愛いね」


「これ、葵ちゃんたちがDランドに遊びに行ったときのお土産だよ。中身はクッキーだったけど」


「そっかぁ。なんか見たことあると思った」


「あの頃は休みの日になるとどこかへ出掛けてたよね」


「うん。お母さんひとりで大変だったと思うけど、遊園地とかプールとか水族館とか、いろんなとこに連れてってくれたなあ」


「いいお母さんだね」


 そう言われるとちょっと照れくさい。

 わたしは缶の中からココアのスティックを取り出した。


「わたし、これにする」

「僕はカフェオレにしようかな」


 部屋の中にココアとカフェオレの甘い香りが立ちのぼる。

 熱いカップで手を温めつつ、ゆっくり飲むと、身体がポカポカしてきた。


 ああ、幸せ。

 好きなひとの部屋で、ふたりっきりで、あったかくて。

 まだ気持ちも伝えてないし、貴志くんの気持ちもわからないのに、なんでこんなに幸せなんだろう。


 そんなことをぼんやり考えていると――


「なんかいいね。こういう時間も」

 と貴志くんが小さな声で呟いた。


 もしかしたら、貴志くんも同じ気持ちなのかな。

 にやける口もとを隠すように、マグカップをそっとくちびるに押しつけた。













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