文化祭(重松視点)

 彼女と一緒に文化祭をまわるのが夢だという男子は多い。


 そりゃそうだ。堂々と人前でイチャイチャできるうえに、みんなに羨ましがられるんだから。


 他にも、クリスマス前や修学旅行前などは急ごしらえのカップルが増加する。だが、そんなカップルはイベントが終われば、あっさりと別れたりするものだ。


(そうはなりたくないけど、文化祭、誘ってみようかなあ。香坂は図書委員で読み聞かせをやるって言ってたから、終わったあとになにげなく誘えばいいんじゃないか?)


 ドキドキしながら図書室に行くと、香坂は忙しそうに準備をしていた。後ろの方に座ってその様子を見ていると、青井が俺を見つけて近寄ってきた。


「重松くん、来てたんだぁ。そりゃあ、来るよねえ」

「そういう言い方すんなって言ってるだろ」


 こいつは俺の気持ちを見透かしていて、いつも遠回しにからかってくるから、たちが悪い。


 青井は俺の隣に座り、「楽しみだね。葵の朗読」とご機嫌だ。

「ああ、そうだな」と俺も同意する。

 ふたりとも彼女の声が好きだから、推しが被ってるようなもんだ。


 香坂が読むのは宮沢賢治の『よだかの星』か。

 ホワイトボードに本の題名と読む人の名まえが書いてあった。


「どんな話か知ってるか?」


「知らない。あんまり本読まないもん」


「だよな」


「重松くんは知ってるの?」


「まあ、一応図書委員だったし」


「じゃあ、簡単に教えてよ」


「そうだな……主人公のよだかっていうのは、ものすごく醜い鳥で、みんなにいじめられてるんだ。一番ひどいのが鷹で、よだかと名まえが似てるのが気に入らないから、名まえを変えないと殺すぞって脅かすんだ」


「ええ、ひどおい。鷹って嫌なやつだね。じゃあ『よだかの星』っていじめの話なの?」


「うーん、そういう差別の問題もあるけど、よだかは、自分は鷹に殺されるけど、自分だって虫を殺して食べてるんだってことに気づいて、すごく辛くなるんだ。

 宮沢賢治は食物連鎖に抵抗があったみたいで、彼自身はベジタリアンだったって村上先生が言ってた。

 それで、生き物を殺して食べることが嫌になったよだかは、空に向かって飛んでいくうちに力つきて最後は星になる。そんな感じの話だ」


「ん? ちょっとよくわかんない」


「はは。まあ、そうだよな。俺もよくわかんねえ。香坂の朗読を聞けば少しは理解できるかもな」


「そうだね」


 小さい子どもたちに向けた読み聞かせは、絵を見せたり、質問に答えたりしながら楽しく進んでいく。

 いくつかの話のあと、香坂の出番になった。もう一人の図書委員と一緒に前に出てきてお辞儀をした。少し表情が硬い。見ている俺まで緊張してきた。


 香坂が本を手に、冒頭部分を読み始めた。


『よだかは、じつにみにくい鳥です。

 顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています……』


 ある程度読んだところで、もう一人が簡単にあらすじを話し、また香坂がいい場面を朗読する。そんな風に話は進み、いよいよクライマックス。


 よだかが星になる場面では、意味がわからないはずの子どもたちまで、香坂の迫力のある朗読に飲まれたように真剣に聞いている。もちろん、俺も。


 ああ、やっぱりいいな。こいつの声。

 素直で、しっとりとしていて、胸に直接響いてくる。

 ここにいる人たちはみんなそう感じてるはずなのに、本人にまったく自覚がないのが不思議だ。



『そしてよだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。今でもまだ燃えています』


 最後の一文が終わった。


 客の反応に香坂が不安げな表情を浮かべている。

 物語の余韻に浸っていた俺たちは慌てて拍手をした。つられたように拍手が大きくなっていく。

 鼻をすすっている人が何人かいた。


「うっ、ぐすっ」

 隣を見ると、青井が涙をぬぐっていたのでぎょっとした。


「なんだよ、おまえまで」

「だって、すごく良かったんだもん。あんたもそう思ったでしょ」

「そりゃまあ……」

「葵、女優さんとか向いてるんじゃないかなあ。好きな人が小説家なんだから、将来貴志くんの書いたドラマに出たりして。むふふ」

「まだ小説家じゃないだろ」


 まったく、とんでもない妄想をしてくれる。

 でも、こいつがそう言うってことは、香坂はまだあいつのことが好きなんだな。


 

 読み聞かせと朗読が終わり、客が帰っていくのを眺めていると、香坂が親子連れに捕まった。どうやら感想を言われているらしい。


「すごく良かった」という言葉が聞こえた。香坂も嬉しそうだ。

 俺もそろそろ――と思ったら、青井に先を越された。


「ほらっ、みんな感動してたでしょ!? やっぱり葵の朗読はいいんだよ!」


 興奮して香坂に抱きついている。羨ましい……。

 誘うのは、ふたりが喋り終わってからにするか。 

 なんて言おうかな。


 ――これから一緒にまわらないか?

 ――ちょっと付き合えよ。


 うーん、悲しいことにいい返事が返ってくる気がしないな。 

 あ、また誰かが話し掛けてる。

 あれ? もしかして香坂の母ちゃんか? 似てるなあ。

 

 またしても声をかけそびれていると、香坂がいきなり廊下に走り出た。


「え、ちょっと待って」

 急いで追いかけると、なんと廊下に小説家志望の男がいた。


(しまった! まさか学校に来るとは思わなかった)


 そうか。同じアパートに住んでるんだから、葵の母ちゃんとも知り合いなんだ。

 また一歩、あの男に引き離された気がした。


 しかも、青井と香坂の母ちゃんはいなくなり、香坂はあの男とふたりでどこかへ行ったしまった。


 くそぉ、出遅れた……。

 香坂を目で追うと、すごく楽しそうに笑っていた。


 そうだよな。ずっと好きだった男と文化祭デートなんて最高だよな。

 よかったな、香坂……。


 俺は香坂に背を向け、とぼとぼと歩き出した。


 


 





 

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