最終話 人生はいつだってhardmode(終)~井の中の蛙、大海を知り空をも目指す

 補佐官。



「…………」

「…………」



 そのあまりに予想外の内容に私もフォートくんも面食らったまま硬直した。

 い、今。アルメラルダ様……何て言った!? 聞き間違いとかでなく!?



 星啓の魔女とその補佐官。

 それはゲームにおいては攻略キャラと関係性を築いていくための単なる前提条件にすぎないが、実際のところこの国においてその役割はひどく重要だ。

 補佐官を伴侶とする必要はないが、ある意味一生を預ける星啓の魔女の仕事仲間である。


 その役目を今、アルメラルダ様はフォートくんに命じたのだ。




 ぽかんとしたままの私たちを前に、第一王子が「驚くのも無理はない」と笑いながら捕捉をしてくれる。


「アルメラルダの力はすでに他の誰と競うまでもなく、星啓の魔女として仕上がっている。……その精神もまた、輝かしく力強いものだ。それはあの場に居た全ての者が認めるところだろう。未熟なところも多いが、それ以上に冥王と対峙しても微塵も臆することなく立ち向かったその姿はこの国の先を預けるに足るものだった」


 ああ……うん。それについて異論はない。アルメラルダ様めっちゃ補佐官候補引き連れて先陣きって攻撃ぶちかましていたし、あれみたら皆さんも「あ、頼もしい……!」ってなるでしょうよ。


「だからフォート。これから君の姉を国外から呼び戻し、アルメラルダと競わせるつもりはない。……これについて、君はどう思う?」

「それは……。正直、ほっとしています。姉は元々強かですし、アラタが整えてくれた環境なら自分の力で幸せになれるでしょう。星啓の魔女になれる可能性は栄誉なのかもしれませんが、それが姉に必要だとは思えません」

「そうか。ならばそれについての話は終わりにしよう。……いずれ本物のマリーデルに会ってみたくはあるがな。君が演じて来た彼女はとても魅力的な女性だった」

「……!」


 第一王子の言葉に息をのむフォートくん。それを見た第一王子が「悪い悪い」と眉尻を下げて謝罪した。


「まあ、そう深刻に受け取らないでくれ。ほんの好奇心だ。……だが本当に君は、姉の事が好きなんだな」


 それを言う第一王子の瞳は優しいが、どこか憂いを帯びている。彼もまた兄弟を信頼し愛してきた人だからこそ、でしょうね。それを考えると少々やるせない。


「ともかくだ。そういうわけで、アルメラルダが星啓の魔女となることは我々補佐官候補も満場一致で納得しているからほぼ確定だ。今後それなりに手順は踏むが、そう覆ることはないだろう。……そして。そのアルメラルダに相応しい補佐官はだが」


 第一王子はじめ、全員の視線が一気にフォートくんへと集まる。それにたじろぐように、フォートくんは一歩後ろへと下がった。


「それは彼女とこれまで対等に渡り合ってきた、君以上に相応しい者はいないだろうと我々は考えている。これもまた、満場一致の意見だよ」

「だけど、僕は」


 はいそうですか、と納得できる規模の話ではない。フォートくんが戸惑うのは無理もないし、私も話についていけていない。

 というかこんな話が出るあたり、皆様はもう私たちの前世の記憶だのゲームだのフォートくんが男だのって理由は受け止めたってこと? 順応力高いな!


 しかし置いてけぼりの私たちの事など気にせずに、第一王子はつらつらと述べる。


「そもそもだ。優秀さに加えて、いざとなれば君は特異魔法で一時的にでも星啓の魔女と同じ力を発揮できるのだろう? そんな者をみすみす逃しては歴代一の愚かな王だと笑われてしまう。……フォート。君は、次期国王と次期星啓の魔女二人からのスカウトを断るというのか?」


 それは実質脅しなのでは。そう思うも、第一王子の言い方はどこか茶目っ気を含んでいる。

 アルメラルダ様は言うだけ言って満足したのか「ふふん」と得意げに胸を張ってフォートくんの様子を見守っていたが……。


「アルメラルダさん、最初は自分の弟にするって言っていたんですよ~」

「先生!? それは、ちょっと口を滑らせただけで……!」


 灰色髪教諭の言葉に途端に慌てだしたアルメラルダ様である。


 ……は、いやいやいや。え、弟!?

 確かにどんなに優れていようとフォートくんには後ろ盾が必要となってくるだろうけど、まさか身内にまで受け入れるつもりだったと……!?

 いつのまにかそんなにフォートくんのことを気に入ってたのかアルメラルダ様……。




「だって、そうなればファレリアとその子が結婚したら、わたくしとファレリアは姉妹に……」



 ……?

 なにか今、ものすごく小さな声でアルメラルダ様が何かを言っていたような。



「ああ。だがさすがにそれはエレクトリア公爵家に力が偏り過ぎるからな。他に後見人となる意思のある者はいるか、と問うたらほぼ全員が手を上げた、というわけだ」


 焦った様子を見せるアルメラルダ様を気にせず第一王子がそんな捕捉をする。

 するとオレンジ髪の不良もどきくんが口を開いた。


「……言っておくけど、俺はパワーバランスだとかどうのこうのって理由で手を上げたわけじゃねぇからな。ただそいつの才能が埋もれるのがもったいないと思っただけだ。一年でこれなら、この先もっと伸びるだろ。身分が無いだけで去らなきゃいけねぇのは馬鹿みてぇだ」


 次にぼそっと話したのはピンク髪の不思議くん。


「ボクは……マリーデルになにか、してあげたくて。これまでたくさん、助けてもらったから。……きみはファレリアが好きなんでしょ? だったら、後ろ盾はひつよう」

「ぼんやりしてるかと思ったら、急にまともなこと言うよなぁお前。ま、俺も似たような口だ。特に両思いだなんて聞いちゃな。本気の恋を前に身分だなんだは野暮だしわずらわしいだろうが、その子と結ばれたいっていうなら必要な事だよ。誰でもいいから、甘えとけ。こっちにも利益がある話だし気にすることもない」


 ニヤニヤ笑みを浮かべるのは生徒会長だ。

 それらを皮切りに次々とフォートくんの後見人となりたい理由を述べていく補佐官候補達。

 ……それは一見第一王子が言っていた「取り合い」に見える。でもそのどれもに、「フォートの力になりたい」という気持ちが存在した。


 私にも彼らのその気持ちは分かる気がする。

 そう考えて思い出すのはマリーデルちゃんを演じつつ、私への仕打ちが許せなくて助けてくれたフォートくんとの最初の出会い。私もあれがきっかけで、彼らを……彼のことを手伝いたい、力になりたいと思ったのだ。


 どんなにフォートくんが「マリーデル」を演じて、アラタさんに聞いた詳細をもとに「イベント管理」を行ったとしても相手は生身の人間。心労でいつもへとへとになるくらい、彼なりに補佐官候補達と真剣に向き合ってきたのだと思う。本人は斜に構えてそんなこと無いとでもいうような、一線引いたふりをしていたけれど。

 以前補佐官候補達を「いい奴ら」って称していた時点で、一線なんて引けていないんだよなぁ……。





 フォートくんがこれまで築き上げてきた努力と彼の人柄が、今の状態を引き寄せた。

 私がこう考えるのもちょっと変だけれど、なんだか誇らしい気持ちである。






 ただし善意と好意が多い中でも特別教諭は除く。あいつは絶対に自分の興味本位だろ。






「今まで騙してたのに、なんで、そんな」


 フォートくん本人としては未だ理解できず戸惑っているようだけど、アラタさんといい本当に自己評価低いと思う。もっと自信もっていいのに。


「さっきから「なんで」ばっかりだね。そんなの、みんな君の事が好きだからに決まってるだろ? 僕は失恋したけど。……いや、もういっそ男でも……」

「おいおい、おやめよ。先ほど素晴らしい愛の劇場を見たばかりじゃあないか!」

「ちぃッ!!」


 腹黒童顔が何やら本質を突いたっぽい発言をしたと思ったらすかさず不穏な事を言い出した。すぐに演劇部のナルシストに突っ込まれて呻いていたけど。

 ところでマジで皆様何処から見てたんですか……!? 場合によっては爆発四散しますけど……!?


「でも! そんな、都合のいい……! いたっ」


 戸惑うフォートくんの頭をぴしゃりとアルメラルダ様の扇が打った。


「あら。元の生活に戻っていた方がマシだったと思えるくらい、働いてもらうつもりなのだけれど。いつまで都合が良い、だなんて言って居られるのか見ものだわ」

「……それ、もう僕が補佐官になるって確定事項として言ってない?」

「だから、そう言ったばかりよ。これまで騙して申し訳ないだのと思うなら、その一生を馬車馬のように捧げるのね!」


 そういって高笑いするアルメラルダ様だったけど、その頬は微妙に赤い。言っている事も本当だろうけど、照れ隠ししてるのも丸わかりなんですよね。








 ……いやしかし、えっと。

 …………。

 んんんんんんんん???



 さっきからこんな場所(私の自室)で話していい内容では無くない!? などと考えつつ聞いていたわけだけど、ふと思い至った。



「あの。……もしかして、フォートくんは学園を去らなくてもよくなった……んですか?」



 これまでの話を総合すれば簡単に出てくるはずの答えに、今さらながらたどり着いた。それを聞いたフォートくんもまた、ようやくはっとした顔になる。

 顔を見合わせて間抜け面を晒す私たちを、アルメラルダ様が間に入ってぐいぐいと引きはなした。


「当然でしょう! わたくしの補佐官となるのですから、これまで以上に多くを学んでもらわねば。明日からの魔法訓練には貴方もアラタと一緒に参加でしてよ!」

「俺への訓練も継続なんですか!?」


 青くなって硬直したままだったアラタさんが再起動して叫んだ。


「? 当たり前でしょう。というか貴方、第二王子があのような状態では職にあぶれてしまうのではなくて。だからこれからも、わたくしの護衛をなさい」

「えっ」

「……構いませんか?」

「ああ、君の好きなようにするといい」


 アルメラルダ様が確認をとったのはアラタさんでなく第一王子だ。彼は新たに「いいよな?」とばかりに視線を送った後でにこやかに頷いだ。

 思いがけず自分の今後まで決まってしまい目を白黒させているアラタさんである。

 私とフォートくんも人の事は言えないんですけどね。白黒しすぎてパンダになりそうです。いや何言ってんだ。


「……ともかく、明日から覚悟する事ね! マリーデル……いいえ、フォート・アリスティ!!」


 アルメラルダ様はびしぃっっと扇をフォートくんに突きつけてそう宣言した。


 これでもかと悪辣な顔をしておきながら、彼女の紡ぐ言葉はどこまでも「未来」を思い描いている。そしてその中には当然のようにフォート君が居て……。






 諦めたくないと思った。

 だけどこれまで怠惰に生きてきて、いざ望むことが出来てもそれを叶える手段を持ち合わせていなかった私。

 その私の前に未来さきを示してくれたアルメラルダ様。


 その姿に覚えたのは憧憬と……愛しさだ。




――――ああ、私。とんでもなく素敵な人の取り巻きになってしまっていたのかもしれないなぁ。





 鮮烈で穏やかな春風が舞い込んだような気分を感じながらぽけっとしていると、アルメラルダ様はさらに語調を強めてフォートくんを見つめる。


「今のままでは、ファレリアを任せられませんわ!」

「アルメラルダ、それって……」

「きいぃ! だから呼び捨てにするのではないですわ! 昨日から無礼でしてよ貴方! ……それに、勘違いしないことね! わたくしが認めるまで、交際など認めませんからね! ああもう、先走ってはしたないったらないですわ! あんな、その……もう!」

「!!」


 あ、アルメラルダ様、今なにを思い出して赤面しているか後で詳しく教えてもらっても!? 本当に何処から見ていました!? ねぇ!!


 ……駄目だ。考えるとドツボにはまりそうだから、これはいったん置いておこう。



 つまり今のアルメラルダ様の発言。裏を返せば認められさえすれば、私とフォートくんがこれからも一緒に過ごしていくことを認めてくれるということ。許してくれるということ。









『あなたに相応しい男であるとわたくしが認めない限り、交際など認めませんわ!!』






 そう言われて「これどうすっかな」と天を仰いだ日が遠い昔に思える。たった一年前の出来事だ。

 しかし昔と今ではそれを言われて抱いた気持ちは、まったく別物で。





 私は我慢しきれなくなって、アルメラルダ様とフォートくんの二人に抱き着いた。


「わぷっ、ファレリア!?」

「わっ! ファレリア……!?」


 そんな私を見てアルメラルダ様とフォートくんは顔を見合わせ……まるで犬でも撫でるみたいに私の頭をくしゃくしゃにする。


「まったく、仕方のない子ね」

「僕が感動するタイミング、なくなっちゃうだろ」

「へへ……」


 呆れられながらも二人の言葉が心地よくて、笑ってしまった。


 その後しばらく二人に撫でられて(頭は鳥の巣みたいになった)満足して離れると、アルメラルダ様はその気高い美貌と煌めくような瞳を私に向けて告げた。


「もちろん、ファレリア! 貴女も更に研鑽し自分を磨きますのよ!」


 この少しの間に彼女が何を見て、何を考えてこの結論に至ったのか。まだその全てを私は聞いていない。

 だけど力強く私へ命令したあと、少し拗ねたように視線を伏せ口を尖らせたアルメラルダ様。その様子がたまらなく愛しい。


「……言っておきますけどね。それはフォートのためでなく……わたくしの隣に相応しいように、ですわよ」


 ああ、まったく。この方は、なんでこう可愛いかな。


 少し遠慮がちに差し出された手に自分の手を重ねる。





 きっとこれからゲームなんて目じゃないほどの、慌ただしく未知の人生が待っているんだろう。

 "井の中の蛙大海を知る"。そんな諺が私の前世に存在したが、今まさにそんな気分。これからも想定外のことばかりではなかろうか。

 井戸の中から見上げることが出来たはずの空の蒼さだって、ついさっきまで知らなかったんだから。


 彼と彼女。二人の隣に居続けるのは、おそらくとっても大変だ。

 

 だけど私の幸せを願ってくれて、私もまた幸せになってほしいと願う相手がすぐそばに居るのなら。それがどんなハードモードであったとしても、次に訪れる最期は笑って迎えられるのではないかしら。





 ぬくぬく狭い世界に引きこもるのは潮時。

 私はエメラルドグリーンの大海を知り、青い空を見上げてしまった。

 今はちっぽけなカエルでも、せいぜい広大な海に溺れながら何処までも続く空に手を伸ばそうじゃないか。



 ……だから。




 薔薇が咲き誇るような笑顔を前に、私もまた……心からの笑顔を浮かべた。

 





「ええ。おおせのままに、アルメラルダ様。私は一生、あなたのそばにおりますわ」






 















【悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話】

第十二話 人生はいつだってhardmode~井の中の蛙、大海を知り空をも目指す


【完】  


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【完結】悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話 丸焼きどらごん @maruyakidragon

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