初恋twilight(終)~斜陽の空と急展開


「ファレリア。わたくしは本日生徒会室に詰めていますので、クランケリッツは貴女の護衛につけなさい」


 密会から数日。

 アルメラルダ様がそう言って生徒会室にこもった日は、珍しく私とアラタさんの二人で行動する時間となった。


 どうやら生徒会、色々締め切りがヤバいらしい。フォートくんも別室で缶詰である。

 休日だっていうのにかわいそうに……。


 ……まあ生徒会室の周辺は学園内でも守りが強固だ。

 生徒会長の色男や、他生徒会メンバーには第二王子や不思議くんもいるし……なにか変なことは起きないだろう。あの人ら普通に強いしな。

 ゲームしてた時は「なんか身分高くてキラキラしてるイケメン」という認識の他はあんまり実感なかったんだけど、イベントなどでちょいちょいその実力の片鱗を目にするとビビる。それぞれ少年漫画の主役も張れるよ多分。


 そういったわけでアルメラルダ様の心配はしなくてすむのだが……むしろ先日立てた推測からすると、未だ姿を見せない謎の転生者(仮)が狙うとすれば以前仕留め損ねた私とアラタさんのはず。


 特別教諭が言うには星啓の魔女候補が一度祓った呪いへの耐性は高くなるという検証結果が出たので(こいつ、今後のため! とか言い張って一年かけてアラタさんに別の呪いをかけては解かせてかけては解かせてと実験しやがった)、以前のように容易く操られることは無いはず……とのこと。


 それもあって、こうして呪いを確実に除去できるアルメラルダ様から離れて行動も出来る事には出来るのだが。狙われてる邪魔者二人がセットで歩いてるのは、流石にカモがネギしょってる案件。

 出来るだけ人通りの多い所を通ったり、取り巻きーズにくっついてやりすごした。

 ここ最近はあまり相手の動きが無いだけに、逆に不気味なのよね。




(あ、でもこれって! 好きな人と二人きりで過ごせる絶好の機会……!?)


 間抜けなことにそれに思い至ったのは夕方になってからだった。

 な、なんてこった! あたりさわりなく一日を過ごしてしまった……!


「あ、あの! アラタさん。ちょっと食堂で茶でもしばいていきませんか!」


 せめて楽しくおしゃべりして終わるくらい許されてもいいのでは!? と、過ぎてしまった時間に焦りを覚えながらお誘いをしてみた。修羅場ってるアルメラルダ様とフォートくんには申し訳ないけれど、ちょっとくらい年頃乙女なイベントをだな!


 アラタさんは私の提案に少し考えた後……頷いた。

 やった! 密会以外だと護衛初期以降は堅物真面目護衛キャラを崩さなくて、ほとんどしゃべってくれないからなアラタさん。親交を深めるための、なかなかにレアな機会である。


「ファレリアって時々言葉の選び方が昭和? だよな。前世いくつ?」

「しばきますよ。アラタさん自身を」

「悪い、悪い。冗談」


 堅物真面目キャラ中でも、時々こういった素直に笑えない冗談をこぼしてくれる程度には親しくなれたと思うんですけどね。親しくなりたい方向性が違うんですよ。ライクでなくラブがほしいんですよこっちは。



 ともかくOKが出たので、内心スキップしながら目的地である食堂へと向かった。


 この学園の食堂はいつでも解放されており、料理人も給仕も常時在中。贅沢である。

 今日は休日のため生徒たちの利用者は少ないはずだから、人気ひとけがありつつ好奇の目を気にしなくてよい穴場とも言えた。

 そんな食堂の中でも比較的人に会話を聞かれない場所に陣取った私たちなのだが……。





「アルメラルダ様は攻略対象の中で誰が好きだと思う?」

「それなー!」





 好きな人との会話の第一話題が他人の恋バナなの、自分でもどうかと思う! けど気になってしまい、ついノリノリでアラタさんの話に食いついてしまった。

 アルメラルダ様の前じゃもちろん話せないし、密会の時はフォートくんもいるからなかなか話しにくい話題なのだ!


「あ、先に言っておくがこれは好奇心だけで聞いているわけでなくてだな。犯人の動向を知るうえで重要な……」


 しかし話題を振ってきたくせにアラタさんの態度が言い訳がましい。


「建前も本心も理解してるので隠さなくて結構ですよ」

「建前ではないが!?」

「ええい、まったく! 今さら隠すなカプ厨!! そういうのが好きだってもう知ってるんですからね。私とフォートくんのこと取り巻きーズに聞いていたのも知っていますよ!」

「取り巻きーズって……あの三人のことそんな風に呼んでるのか? だから友達出来ないんだよ」

「公に呼んでるわけではないですし「だから」ってなんですかだからって! 友達くらい居ますが~?」

「え……?」

「心底不思議そうな顔をしないでください」


 ちなみにこのやり取り、器用に小声で行っている。

 見た目も真面目堅物護衛騎士と無表情伯爵令嬢なので、まさか周りもこんな会話をしているとは思うまい。


「というかですねぇ~。ずっと好き好き言い続けている私に対して、もっとこう……なにか無いんですか? 湧き上がってくるものというか。ドキドキとかしないんですか?」

「いやぁ……。ファレリア可愛いし、正直最初は少しぐらついたこともあったんだけど……それより不信感が勝ってたし……」

「あー! それ、聞こうと思ってました! なんですか? 私に抱いていた不信感って。この際だから教えてください」


 雑談の中で思わぬ機会が巡ってきたので勢いで聞いてみた。

 しかし。


「俺に告白してくる女がいるとかおかしい」


 返ってきたあまりにもあまりな内容にテーブルを拳で叩きそうになった。いえ、耐えましたけどね? 代わりに小声で叫んだ。


「もっと自分に自信を持て!! かっこいいですよアラタさんは!」

「ええ~?」

「本当に~? みたいな顔しないでくださいよ。この一年好きなところをあげて褒め続けた私の努力、なんだったんですか」


 突っ込みつつも……いざ話し始めれば、やっぱり私とアラタさんの相性悪くないよなぁと感じる。

 フォートくんの時と違ってどんどん会話が湧き出てくるのよ。内容はともかくとして。


 アラタさんも時と場合に寄るとはいえ、随分気さくに話してくれるようになった。最初からノリが良い人とは思ってたけど、やっぱり決定的だったのは一年前かな。

 最初は私を刺してしまった罪悪感によって不信感がふきとんでいたっぽいが、その後……大団円を共に目指す、といった目的以外に犯人探しまで加わって同志としての意識が強くなったのである。


 雨降って地固まる、というやつかしら。危うく降りかけたのは血の雨だけれど。



 しかし仲こそ深まったものの、色気らしいものがあるかと言われると、まったく。残念なことに。



「んー、でもさ。ここ最近だと、見守る気持ちの方が強くなっちまって。不信感とかでなく、恋愛対象としては見られないというか……」

「ガチめの振る理由やめろ。え、え、なんです。妹的な?」

「……推しカプに、なってしまったので……」

「おいおいおいおいおいおいおいおい」


 カプ厨とは言ったけども。言ったけども!!

 引っ叩いていいかな?

 もうこれ、アルメラルダ様の思惑を言っちゃっていいだろうか。


「でもアラタさん、私との結婚は舗装されたようなものなので好きになっちゃった方がお得ですよ?」

「は? なにそれ怖い! どういうことだ?」

「あ、やっぱり聞いてません? ここ一年のアルメラルダ様のしごきが婿教育だって……」


 アラタさんがテーブルに頭を打ち付けるように突っ伏した。うおっ、馬鹿。周囲の視線が集まるでしょうが!


「……聞いてない。護衛としてまだ頼りないから鍛えるって……」

「それも事実ですけど。……まあそういうわけで、もう一度言います。好きになっちゃった方がお得ですよ、と」

「推しカプの片方と俺が!? それは……NTRなのでは!?」

「NTRは寝てから言えや! ……こほん。NTRの解釈についてはまた今度話しましょうか」


 何故私は好きな相手との会話中にNTRなんて単語……単語? を出さねばならないのか。

 そのしょっぱさに顔をしかめていると、アラタさんは顔の前で激しく手を振っていた。さっきからリアクション大きいな!


「や、でも。無理無理無理。今でさえ推しキャラの近くに自分が居ることが解釈違い過ぎて爆散しそうなのにこれ以上とか無理。塵も残さず滅散しちまう」

「めんどくせぇ男ですね!」

「というかあれだけ分かり易く好意を寄せられてファレリアはフォートに対して何も思わないのか!? 自分が好きだって分かってる相手の前で別の男にって鬼畜にもほどがあるだろ!!」

「言うなぁ!! 思うから困って……あ」




 あれ、今私。勢いで余計な事口走らなかった?




「……ほう~? 思うから困って……ねぇ」

「ぐ……」


 堅物面を崩してにやにやし始めたアラタさんに、私は言葉を詰まらせる。

 更に追い打ちも来た。


「……これはずるい言い方だが。こういうノリで俺と話してる時点で、俺はファレリアにとっての恋愛対象ではないだろ。結婚相手として都合がいいのは、わかるけどさ」

「……でもちゃんと、一目惚れでした」





 何気なく始めた会話。

 ぽんぽん進んで、その終着駅は思いがけないところへたどり着く。



(ああ……。終わっちゃう、なあ)





 納得が心に落とされようとしている。


「……本当に俺に惚れてくれたのなら、ありがとう。でも今は違うんじゃないか?」

「……優しい声でそれを言うのは、反則です」

「ごめん。こういう経験なくて。俺も何て言っていいかわからない」



 窓の外から西日が差しこむ。

 斜陽の空を見て、私は自分の今世での初恋が終わろうとしていることを理解した。



「しっかり目の失恋をした……」

「ごめんて。でも次の恋を、俺は応援するからさ」

「それ死体蹴りって言うんですよ」


 というかですねぇ……。応援されたところで、どうすれば。





 しかたがない。話題を変えるか。





「えーと。最初はなんでしたっけ? アルメラルダ様の好きな人について、でしたよね」

「ん、ああ」


 脱線しまくった末に失恋するというアクロバティックかましてしまったが、最初の話題はそこだった。

 アラタさんも乗ってくれたし、もうこのまま話題を戻させてもらおう。しんみり失恋を噛みしめるのは気分じゃない。


「近くで見ている限り、誰かに恋してるって感じは無いんですよねぇ……。だからマリーデルに対しての感情も、対抗心はあっても恋愛面での嫉妬心は無いんですよ」

「そうなると犯人が望むであろう"悪役令嬢アルメラルダ"の破滅はどうあっても無理だな。俺としては大歓迎だが」

「あ、そうそう。一番恋とかそれっぽかった挙動って、アラタさんが誤告白した時でしたよ。アルメラルダ様すっごく落ち着かなかったし、ずっとアラタさんから逃げてたし」


 アラタさんがコーヒーを吹き出した。おいヤメロ目立つ。


「ふん!」


 気合と共に魔法を発動させて吹き出たコーヒーをアラタさんの口に戻す。

 ふっ、私の魔法もなかなかのものになったわね……。


「ごふっ。げはっ、がはっ!!」


 むせてから荒く息を繰り返すアラタさんに恨みがましく見られたけど、先ほどのお返しである。ちょっとくらい大目に見てほしい。……言った事に嘘は無いのだし。


「……ま、原作だのゲームだのキャラクターだの。そんなの私たちが勝手に言ってるだけで、人間ですからね。誰を好きになるのも自由。必ず攻略対象を好きになるわけでも無し。これに関しては犯人にとっても私たちにとっても未知数の領域です。与太話で済ませておきましょう。……というか、誰も聞いてないにしても話しすぎましたね。ここまでにしますか」


 そう言って締めると、何やらアラタさんが虚をつかれたような顔をしている。


「なにか?」

「いや。当たり前のことを当たり前に言われると、自分ではいくら考えても納得できなかったこともすんなり受け入れられるんだなと……そういうことを、今納得している」

「?」

「いや、これは俺の事情だから気にしなくていいよ」

「そうですか」


 アラタさんは私よりも十年ほどこの世界の先輩だ。生きていく中で思い悩んだことも多かっただろう。

 もしも今の会話の中で、その一つでも解決したのなら……うん。私の失恋も、なにか意味はあったのかな。

 関係ないかもしれないけど、せめてそう考えておこう。私の心の健康のために。


(ま、聞かれたくなさそうですし? 追及はしないでおきましょうかね)


 さて、夕方を過ぎてそろそろ日も陰ってきた。夜の天幕はもう間近に迫っている。


 二人きりの時間をデートで絞めようと思ったら失恋記念日となってしまったけれど……こうなったら夜はそれを吹き飛ばすくらいの楽しい時間といたしましょう。


「では、アラタさん。生徒会室に寄って缶詰しているアルメラルダ様とフォートくんを夕食に連れ出しましょう」

「そうだな。……食欲はあるのか?」

「馬鹿にしないでください。失恋くらいで減退する食欲なんて持ち合わせていません」

「これは失礼した。でもな、それは今は他に本気の恋があって、俺のはそうでなかったから軽ダメージなだけで……」

「だから死体蹴りやめろ」

「ごめん」


 フった男とフラれた女とは思えない会話だな。

 そうは思いつつ、なんとな~く、色々終わった後でもアラタさんとの関係は続いていくのだろうなと予想した。




 その関係性が男女のものではなかったとしても、こうして軽口を聞ける相手が貴重であることを……口にせずとも、私もアラタさんも理解していたのだから。







 そんな一幕を挟みつつ、生徒会室へ向かった私達だったのだが……。本日の大イベントは、私の失恋だけでは終わらなかったらしい。


 というか、あまりの急展開に言葉を失ってしまった。









「汚らわしい!」

「ッ!」


 心底相手を嫌悪しているような声に、鋭く響く打撃音。それが今まさに私たちが目的地としていた部屋から聞こえた。


「!?」

「今のは」


 嫌な予感を胸に抱きつつ生徒会室へと駆け込む私とアラタさん。

 目に飛び込んできた光景は、頬から血を流し座り込んでいるフォートくんと、それを手にもった扇で成したであろうアルメラルダ様の姿。

 周りには色男も不思議くんも第二王子も居たが、みんな一様に困惑しており動けなかった様子が見て取れる。



「あ、アルメラルダ様……?」



 どくどく心臓が鳴るままに声をかけると、アルメラルダ様がこちらを向いた。





「なん……」


 なんで。


 感じるデジャヴ。





 ……呪いを打ち払えるはずの星啓の魔女候補。


 そのアルメラルダ様の美しいエメラルド色の瞳は、以前操られたアラタさんのように……ドロリと濁っていた。


 







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